1-9 自衛隊の出動
「では議決を取ります、この法案に賛成の方は起立してください!」
欠員が少し目立つ国会議事堂の衆議院議場、野党の野次や怒号が響く中で一つの法案が強行に可決されようとしていた。
「また戦前の軍政にもどす気か!」「まだ十分な審議がされていない!」
「文民統制を根底から覆すものだ!」「軍事予算を増やす気か!」「8条を守れ!!」
「えー、賛成多数によりこの法案は可決されます!!」
某日、自衛隊に対し暫定的に幾つかの権限を追加で認める特別法案が過半数を占める与党によって可決された。野党とマスコミはこぞって総理大臣並びに与党を批判した。
起立している若手の議員の一人は瞠目していた。彼は思う、この法案は、そのように捉えられる面があっても仕方が無い・・・だが、むしろもっと早期に実施すべきものであっただろう、と。それでもこの法案を必ず生じる反対を覚悟しながらも提出した今の内閣を少し見直していた。
事故の多発による警官の不足、混雑し怪我人さえ出るプラットホーム、救急医療は追いつかず、力の限り暴れる感染者を取り押さえるにも何人もの人員を要するか。――――自らの目で見てきた惨状を思いだせば多少のルール違反を犯してでもやらなければならないことである。むしろ、そのための政治家であり、処罰を後に受けようとも為すべきことを為さずして何が議会なのか?何が政治家なのか?この期に及んで野党やリベラル共は・・・。
忌々しげに煩く騒ぐ方向へとその目を向けた。
この法案によって自衛隊に一時的な拘束力と治安を守るための最低限の暴力がかなりの裁量権と共に与えられることとなった。一部の国民と野党、そして少なくないマスコミは大いに批判し、自称評論家たちは結論を言わないままに当たり前の事を小難しい言葉を使い垂れ流していたが現場で戦っている人々からはおおむね好意的に迎えられていた。
事故車両や障害物を強力な馬力で取り除く軍用車両、損壊した橋のかかる川には仮橋がかけられ通行制限はあるものの孤立した地域への物流を回復させた。救急隊からの要請を受けて衛生科の隊員が救急救命に当たった。過疎地域には救護所が設立され高齢者や身体が不自由な人への支援活動も始めた。
一方で、暴れる感染者を鎮圧したり、長い列となっている交通機関や店舗において多発している暴行事件の鎮圧にも当たった。さらに社会不安を反映してか増加する過激な宗教団体や無差別テロ、模倣犯、強盗等々が絶えず、歩哨のように警官と肩を並べ市内を巡回している迷彩服姿が見られた。
自衛隊の全力出動により多少は持ち直したかに見えたが、実のところ自衛隊にも大きな問題が発生していた。自衛隊は宿舎で集団生活を営み基地で集団行動を行う、そのせいであるのか発症者数が目に見えて増加してきていた。これは『アリゾナ病』がやはり人から人への感染性が高いことを示しており、同時に自衛隊の集団としての能力は少しずつ、だが加速度的に削られていくのであった。




