序章 本日は晴天なり 前
本日は晴天也。
雲一つ無い青空を悠然と鳥が飛んでいく。
―――低く唸るディーゼルも、高く鳴るエンジンも、煩くも心躍らす広告塔の音さえも・・・遠くからツクツクボウシの鳴き声が聞こえる。
日に焼けたコンクリートが寄りかかる背を焦がす。日陰であっても残暑はまだまだ厳しいようだ、だが少し前よりは格段に過ごし易くなった今日この頃。
光化学スモッグも、騒音も、振動も無い。遅く目覚めた蝉の鳴き声が一際大きく響く。
―――今日は、いい天気だ。
「おーい・・・何を黄昏ているんですか、Gさん?」
Gと呼ばれたのは、中肉で背の高い、そして右目が妙に細く鋭い青年―――は、大げさに両手を掲げながら振り向く。
「いーや、ミスターI、まだ昼だァ・・・黄昏るには早い。ただ、まあ絶好のピクニック日和だと思ってね。実に静かで、空気もいいさな。」
「ええぇ!?それはちょっと同意しかねますねぇ。まあ、確かに息抜きできる時間は有り難いけれども・・・」
Iと呼ばれた痩せぎすで、柔和な表情のこれまた背の高い若い男は苦笑いし頬を歪める。
「・・・ピクニックとは流石に呼べませんよ、空気は相変わらずですし。それに、これからまた暑苦しい思いをしないといけないじゃないですか」
そう言いつつIは少しげんなりとした表情でフェンスまで歩いていき、追従するようにGもまた身を乗り出す。
此処は街の一角、とあるビルの屋上、眼下に見下ろす風景は―――――
「いやあ、全くひどいもんだァ。火が納まっただけ随分とマシだが・・・ああ、それでも元気な連中はいるか」
「そうですねぇ、全く嫌になりますよ・・・『ゾンビ』達には」
Iの苦笑交じりの言葉にGは眉をひそめて反論する。
「その『ゾンビ』という表現は正確じゃないがな。『ゾンビ』とはヴードゥーの司祭によって蘇らされた『死体』だ。だが奴さんの状態は『死』では無く・・・」「人間としては死んでますよ、それに、それじゃあなんて呼ぶんですか?」
遮るようなIの言葉に細い右目をさらに鋭くして悩む。
「うーむ・・・やっぱり器質性意識水準低下症候群、かねェ」
「はははっ、それは呼びにくいんですって。通称でも『ゾンビ』が分かりやすくていいじゃないですか」
「まあ、そりゃそうだがなァ。でも奴さん方、腐っているわけじゃ無いからなぁ、確かに臭いけれども。」
「変なところにこだわりますねぇ」
「そうともさ、俺はこだわりある男なのさァ」
Gの奇妙な態度を笑うI、それを冗談で返すG。あまりにも茶番な一場面ではあるが、存外に馬鹿に成らない。腹の足しにもならない軽口や下世話なジョークこそ、ここでは必要だった。
他愛の無い雑談を続けていると、ピーピーという小さな機械音が、だが、静かな空間にはそれなりに響いた。
「・・・へーい、こちら三河屋、ご注文は?」
『休憩は終わりだ、G。注文は・・・たまにはカップ麺もいいかもな』
「おっとそいつは贅沢だなァミスターK!・・・まァ今回の目的とは別だが見つけたら善処しよう・・・さあて、お仕事に戻るとしますかねェ」
そう言って動き始めた男達の姿は異常であった。全身を覆う防護服、サージカルマスクの上に防毒マスク、ただし缶はついておらず空気穴には変わりに活性炭フィルター並びに防疫用マスクから取ったフィルターを取り付けてある。
チャック付きポリ袋から使い捨て手袋を取り出すと注意しつつ手に嵌める。スポーツドリンク入りのアルミパウチの口を開け、手早く飲み口をマスクに開けられた小孔に突き刺す。パウチを押しつつマスク内のストローからも勢いよく内溶液を吸引する・・・フィルターが途中で咬ませてあるためにそうしなければ中々飲めないのだ。ちょっとした労働に息を少し乱しつつも水分補給を終わらせる。
気合を入れるため両頬を叩くと一角に事前に配置してある装備を手に取った。
多少なり保冷剤が溶けてしまっているクールベスト、その上に防護服を着込む。さらにPBO繊維性の手袋、アームガード、ヘッドギア、防弾防刃チョッキ、レッグガード等々を入念に装着していく。
安全ブーツを履き、これまたPBO繊維性の防災布を加工して作った灰色のポンチョで全身を覆う。様々な便利道具がぶら下げてある作業用ベルトを装着し、最後にその頭にそっとベージュ色のストローハットをのせた。
一年以上ぶりに新しい作品を書いて見ました、この作品は多分王道モノでは無いのでご注意を・・・
週に2or3話投稿予定です。