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夢一夜~幽明に咲く花~  作者: ZAKI
第1章
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(2)

 大学3年、21歳。

 都内でもそこそこのランクの私大に通い、家柄も社会一般で見ればそれなり。性格も特段、噂されるような鬼畜、傲慢、非情といったこともなく、むしろ面倒ごとや争いごとを煩わしく思う温厚な平和主義者。派手に目立つことより、その他大勢の中にまぎれているほうが気楽といった、いたって地味な堅実家タイプ――というのが自己評価なのだが、周囲がそれを是としないところがあった。原因は先述のとおりで、地味で控えめが基本人格の主軸を成しているにもかかわらず、その外観は中身に反してかなり人目を引く、いわゆる異性が放っておかないタイプ。一般的に見て、相当恵まれた容姿を持ち合わせていたためである。

 それゆえのひがみ、そねみ、ねたみ、やっかみ、逆恨み……。


『おい、聞いたかよ。鬼ザルのヤツ、また記録更新したらしいぜ』

『またっ!? マジでっ? ってか、あいつ、自分で樹立した新記録、ひとりで更新しまくってんじゃん。あそこまであからさまに付き合ってるオンナ、とっかえひっかえなんて、あり得なくねえ?』

『どうせ早々に棄てるなら、何人かでいいからコッチまわしてほしいよなぁ。なんであいつばっか、ひとりでイイ思いしてんだよ』

『名前のとおりだろ。世の中Mッ気の強い女ばっかそろってんだよ。鬼頭のキは鬼畜のキ~ってな』

『クソウッ、鬼ザルめ~~~っ!』


 あるいは。


『ねえねえ、聞いた~? チナミってば、結局鬼頭くんとうまくいかなかったんだって』

『ええ~っ、破局すんの早すぎ~! まだたったの一ヶ月じゃん。だからあれほどやめとけって忠告しといたのにぃ。あいつと関わったら、絶対泣き見んのは女のほうなんだからさぁ』

『あいつの女癖の悪さ、超有名だよね。ホント許せない。世の中の女、全部自分のモンとか勘違いしてんじゃないの?』

『全っっっ然、悪びれてないとこがまたムカつくよねぇ。イチオー女にフラせましたって体裁とってはいるけど、カケラも傷ついてる素振りもないしさあ。あたしら女は使い捨てマスクかっての!』

『あ~、なんか聞いてるだけで腹立ってきた。超ムカつくぅ~。鬼ザルのヤツ、いますぐ天罰下れ~っ』

『地獄に落ちろ、エロザル~ッ!』


 などなど。



 もちろん、さすがに面と向かって『鬼ザル』呼ばわりする学友はいまのところひとりもいない。皆、紳士的かつ淑女的であり、礼節を弁えた社会人一歩手前の大人でもあるので、上か下、どちらかの名前を敬称付きか、はたまた親しみをこめて呼び捨てるかして、表向きは終始愛想よく、感じのいい笑顔をもって接してくれていた。

 彼らが『鬼ザル』と口にするとき、当事者である櫻李がその場に居合わせることは決してない。悪意か揶揄か軽蔑か、もしくは恨みつらみかどす黒い憎悪かやっかみか。とにかくそういった、非常によろしくないニュアンスを単品なり複数混ぜ合わせるなりしたものをこめて、吐き捨てるように、あるいは下衆このうえないニヤニヤ笑いを浮かべて秘やかにネタにするのが暗黙の了解だったからである。


 それなのになぜ、その場にいないはずの櫻李がそれらの会話の内容を知っているのかといえば、たまたま通りすがりにうっかり小耳に挟んでしまったり、もしくは数少ない悪友――自称親友――が親切心などとうそぶいて、おもしろ半分に知りたくもない情報をわざわざ知らせてくれたりするからである。

 しかし当然のことながら、それで話題のすべてが網羅できるはずもなく、むしろ悪口雑言の大半は当人の知らないところで吐き捨てられていると思ってまず間違いなかった。にもかかわらず、そこそこの頻度で櫻李の耳にも入ってきているということは、やはりそれだけ頻繁に、そういったやりとりがあちこちで繰り返されているからなのだろう。

 いろいろ面倒なので、それならばいっそ話題になる事態は避けてしまおうと申し出を断れば、それはそれで『鬼ザルのくせに生意気な!』となる。理不尽極まりないことこのうえない。


 そんなわけで、断って恨まれるくらいならば、とりあえず受け容れてしまおう、ということで、基本、断る理由がなければ即オッケー。断る理由については、相手ないし自分、もしくは双方に付き合っている相手がいないこと。あとあと揉めること必至の筆頭事由であるふた股、浮気だけは除外することにした。


 だがしかし。


 決して不誠実ではないしマナーが悪いわけでもない。とりたてて相手に引かれるような変な趣味があるわけでもなく、些細なことで腹を立てたり相手を怒らせたりといった揉めごとのタネを作るようなこともいっさいしない。ひたすら紳士的に、なおかつ少しでも相手が喜んでくれるよう誠意をもって良好な関係を築く努力をしているというのに、どうしても長くつづかない。なぜか一方的に別れを切り出されてしまう。そして泣かれる。別れたくないし大好き。だけど、もう限界!と。理由を問うても、だれひとり、きちんと答えてくれた者はいなかった。

 中学時代はお互い幼かったのだからやむを得まい。高校時代は私立男子校ゆえに、まったく機会がなかったわけではなかったものの、それでもまあ、頻度としてはさほどでもなかった。問題は、大学に入ってから――


 ――女としての自分に自信がなくなっていく。


 最初は別れ話を切り出される都度、くわしく事情を訊き出そうとした。だがそれも、ほどなく諦め、尋ねることはしなくなった。相手はひょっとすると、しつこくくい下がって理由を問い糾し、引き留めてもらえることを期待しているのかもしれない。というより、間違いなくそういう期待をおおいに抱いているのだろう。だが、毎度判で押したようにおなじことを聞かされるほうにしてみれば、ああまたか、というのが正直なところである。それゆえの淡泊な反応。そして去る者を追わないがゆえの悪印象。ふた股はかけないが、フリーであれば断られることはないと知っている女たちからの素早いアプローチによって早々に決まる、次のカノジョ。結果、モテるのをいいことに調子にのっている。片っ端から乗り換えている。好きなだけとっかえひっかえ。という悪評は、さらに巨大化してひろがりつづけるという悪循環の無限ループ。


 悪しざまに言われていい気分なわけはないのだが、それでも新しいカノジョの立候補者が現れれば受け容れる。断っても悪く言われるなら受けてしまったほうが楽だし、断った相手に恨まれることもない。そして次こそは、という思いが、櫻李自身にもひそかにあることは間違いなかった。

 そう。これまではダメだったけど、次こそはうまくいくかもしれない。いままではわからなかったけれど、次こそは『原因と理由』がわかるかもしれない。本当に今度という今度という今度という今度こそ――

 そして結局、これで何度目の正直かもわからない悪夢は再現された。



 知らず知らず、櫻李の口から重く深い嘆息が長々と漏れ出た。

 自覚している以上に気が滅入っているのかもしれない。まあ、フラれてウキウキと、心軽やかに幸せ気分になれるわけもないのだが。


 ひょっとして相手の『女として』以前に、自分のほうにこそ男としてなにか問題やら、重大な欠陥でもあるのではなかろうか……。


「あら、櫻李くん、おかえりなさい。随分早かったのね」


 物思いに耽りながら帰路につくうちに、いつのまにか自宅の門をくぐっていたらしい。玄関前で掃き掃除をしていた義理の母、菊乃(きくの)とばったり遭遇して声をかけられた。


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