(2)
「でも鬼頭くん、あたし思うんだけど、ツルちゃんほど脳天気じゃないにしても、きっと大丈夫だよ」
自信満々に請け合う茉莉花を櫻李は顧みた。
「夜桜さんは鬼頭くんの戸惑いをちゃんと感じとってると思うし、なにより、鬼頭くん自身の人生も人格も、尊重してると思うんだぁ」
「そう、かな……」
「うん、そうだよ。こないだも言ってたじゃない? こういうことにならなかったら、自分がこうしておもてに出てくることもなかったのにって。あ、もっと色っぽい言葉遣いだったけどぉ」
言って、茉莉花は茶目っ気たっぷりに笑った。
「でもきっと、前世の自分が、鬼頭くん自身とは存在を別にして覚醒しちゃったこと自体、夜桜さんにとっては想定外だったんじゃないかなぁ」
あらためてそんなふうに言われると、ここしばらく、なんとなくざわついていた気分が落ち着く気がした。
「あたし、好きだなぁ」
「……え?」
「夜桜さん。きっと、年齢はあたしたちとあんまり変わらないんだと思うけど、すごく大人で落ち着いてて、それから凄味みたいなのも感じられるのに、とっても優しいの。こっちの世界とはちょっと違うみたいだけど、でも、あたしたちの世界にも存在した、遊郭で生きた女性たちとおんなじくらい、つらい思いも大変な思いもしてきたっていうのは一緒でしょ? だからそのぶん、人間としての深みも違うし、懐の大きさも違うんだと思う。鬼頭くんはだから、きっと夜桜さんに護られてるんじゃないかなぁ」
思いもしなかった茉莉花の言葉に、櫻李は目を瞠った。そんな櫻李を見て、茉莉花はあらためてニッコリとする。
「夜桜さん、だから出てこないんだよ」
「俺のために?」
「うん。でも、鬼頭くんのためでもあるし、自分のためでもあるのかなぁ。鬼頭くんが鬼頭くんらしく生きることが夜桜さん自身の幸せにも繋がる――なぁんて、あくまであたしの勝手な思いこみなんだけどねぇ」
「いや、でも間違ってはいない気がする」
「普段はおもてに出てこなくても、こないだみたいに鬼頭くんがほんとに困ったときは、きっと助けてくれるよ」
そうなのかもしれない。納得する櫻李の横で、斗真が感心しきりの様子で「ほえ~」と奇妙な声をあげた。
「すげえな、真野ッチ。なんか、むっちゃくちゃ難しいこと考えてない? いつもとキャラ変わってんし、口調も違ってんぜ? いっつも、もっとポエ~っとしてんもんな」
「フッフッフッ。ツルちゃん甘ぁい! 女はいくつもの顔を持ってんのよぉ。一面だけ見て全部知った気になってたら、痛い目見るんだからぁ」
茉莉花は得意げに胸を張る。そんなサークル仲間に、斗真は「へへ~」とひれ伏す真似をした。
「サクラさん」
ちょうどそこへ、梅の木のそばで話しこんでいた禅と蓮爾が戻ってきた。
「あ、どんな感じ?」
「うん、サクラさんが事前にお兄さんに説明しておいてくれた内容に、足りないぶんをちょっと捕捉しておいた。あとは、やっぱりこのはなさんに対する佐平次さんの想いがお兄さんに強く影響しちゃってるから、サクラさんと夜桜さんに手伝ってもらって、佐平次さんを後悔の呪縛から解き放ってあげる必要があると思う」
相変わらず薄い表情で淡々と語る禅の後方に、やや蒼褪めた様子の蓮爾が立つ。櫻李が話して聞かせた段階では話半分に思っていた蓮爾も、こうなってくるとオカルト好きが高じた女子大生のエセ霊媒などと軽く見ているわけにはいかなくなったのだろう。
「サクラちゃん、レン兄ちゃま」
遠慮がちに声をかけられて振り返ると、家の中から菊姫が興味深そうに顔を覗かせていた。
「あのね、ママがお茶入れましたって」
「ああ、うん。了解。いま入る」
櫻李が応えて、禅に確認の視線を向ける。
「どうしようか? こないだみたいに俺の部屋? それとも兄貴の部屋のがいい?」
「できれば、あの木が見えるお兄さんの部屋のほうがいいかも。あと鏡があれば」
「兄貴の部屋のクローゼットも、扉の一枚が姿見になってる」
「ああ、それは理想的」
禅の答えを聞いて、櫻李は後方の兄を顧みた。
「兄貴、いいかな?」
「ああ、うん。もちろん……」
浮かない顔で、それでも蓮爾は了承する。そして皆を促し、踵を返した。
「兄貴、平気かな」
ポツリと呟いた櫻李を見て、禅はこともなげに頷いた。
「佐平次さんが解き放たれれば、お兄さん自身やその周辺に起こってる問題も解決するから大丈夫。それに、サクラさんが置かれてる立場より全然深刻じゃない」
暗に夜桜のことを言ったのだろう。痛いところを容赦なく突かれて、櫻李はぐっと詰まった。その櫻李に、禅は小声で尋ねた。
「夜桜さんのこと、お兄さんに話した?」
「あ~、いや、じつはあんまり……。なんかちょっと、説明しづらくて」
「わかった。でも、かえってそのほうがいいかも。霊現象に加えて前世とか生まれ変わりとかまで関わってきちゃうとなると、それこそお兄さんもキャパオーバーになっちゃうと思うし」
「たぶん、いまの時点でも相当いっぱいいっぱいだと思う」
「そうだね。じゃあ、そのへんにはあまり触れないように、なんとかやってみる。わたしもサクラさんと夜桜さんの関係性については、まだ話してないから」
「できる?」
「絶対、とは言えないけど、細かい事情には触れなくても、夜桜さんに協力してもらうことはできると思う」
櫻李の中に夜桜が存在していることは、必要に応じて、必要なタイミングで櫻李が話せばいい。多くはない言葉数の中に、それこそ必要な意味合いだけをこめて禅は告げた。




