(1)
斗真を通じて鈴原禅を紹介された数日の後。
双方のスケジュール調整の末、蓮爾の次の非番に合わせて、禅にふたたび自宅に足を運んでもらうこととなった。
「すごぉい! やっぱりお兄さんも男前ぇ」
「兄弟そろって美形とか、嫌味か! ってか、やっぱおまえと似てんなぁ」
梅の木をまえに禅と話す蓮爾の様子を見ながら、茉莉花と斗真が感歎の声をあげた。その傍らで、櫻李はやれやれと嘆息した。
「……なんでまた3人? 鈴原さんしか呼んでなかったはずだけど」
呆れる櫻李の肩を、斗真がなれなれしくまあまあと叩いた。
「いいじゃねえの。細けぇこと気にすんなって!」
「ごめんねぇ。あたしがゼンちゃんから聞き出して、ツルちゃんに情報流しちゃったのぉ。そんで、ここまで首つっこんだからには、やっぱりあたしたちも最後まで見届けないとねぇっていう結論に達しまして、独断により押しかけて参りましたぁ。迷惑だったら帰るね?」
「いや、べつにいいけど……」
もはや、いまさらもいいところである。だが、茉莉花はそこで、思いがけず真顔になって付け加えた。
「あのね、本当は図々しいってわかってたんだけど、やっぱりすごく気になって、押しかけずにはいられなかったの。このはなさんと佐平次さん、どうなっちゃうんだろうって、夜桜さんの話聞いてから、ずっと気になってたんだぁ」
命懸けの恋の結末が、悲しい終わりかたであってほしくない。そう願わずにいられなかったという。
「つらい境遇の中で、たったひとり愛する人と巡り会えたのに、自分の命でしかその想いを貫く方法がなかったなんて悲しすぎるじゃない? どれほど真剣でつらかったのかなぁって思ったら、なんだかいたたまれなくなっちゃって。せめて最後くらい、報われてほしいなぁって。だから強引にゼンちゃんについてきちゃったんだぁ。ほんと、ごめんねぇ」
「ああ、いや。むしろ巻きこんだのはこっちのほうだし」
自分より余程真剣にふたりを思いやる茉莉花に軽い驚きをおぼえつつ、櫻李は応えた。
「急にバタバタ予定が決まったから、都合つくかわからなくて声かけなかっただけだから。そんなに気にしてくれてるなんて思わなくて」
「ほんと? よかったぁ。不愉快に思われちゃったらどうしようって、ほんとはちょっと心配だったのぉ」
「ダイジョブダイジョブ、気にすることないって、真野ッチ。こいつ、そんな心の狭い奴じゃないからさ。な、櫻李?」
「おまえが言うな!」
思わず声を荒げた櫻李の肩に、斗真は今度は腕をまわしてニッと笑った。
「けどさ、彼女ひとりよか、俺らも一緒だったほうが家の人にもカモフラージュになっていいんじゃねえ? おまえも誤魔化しやすいだろ、こないだのメンバーでまた集まったってことにすりゃ」
ばっちり計算済みというあたりが小面憎いところではあるが、実際そのとおりなので反論のしようもない。ついでに、自衛隊で一般学生を対象に意識調査をするという、帰省理由のための蓮爾の作り話も、これで信憑性を帯びることとなる。家族の手前、辻褄合わせに都合がいいと言えば言えなくもなかった。
「で? おまえのほうはその後、どうなのよ?」
「どうって?」
「例の着物の美女――夜桜さんだっけ? あれ以降、普通に出てきたりすんの?」
興味深そうに訊かれて、櫻李はべつにと素っ気なく応じた。
「なんとなく気配は感じるけど、自分から出てくるとか、そういうのはないから」
「呼んだら出てくるかな、こないだみたいにさ」
「さあ」
「なんでだよっ」
じれったそうに訊かれても困る。自分の中に別の人間が同居しているというだけでも当惑しきりだというのに、それが前世の自分だったと言われれば、あっさり納得して受け容れられるものではない。ひょっとすると多重人格の一種なのではないかと自分でも疑ったほどなのだが、そうすると説明できないことがひとつ出てくる。
「俺だったら、あんな美女が呼び出しに応じて現れてくれるんなら、日に何度だって鏡に向かって話しかけちゃうけどなぁ」
これである。
多重人格ならば、主人格を中心に、ひとつの身体を複数の人格が共有するわけで、そのときどきに応じてそれぞれの人格が入れ替わるだけで外側までが変化するわけではない。人格ごとの好みや性格で服装や顔つきが変わることはあったとしても、基本、他者の目から見て、肉体までが変容するわけではないのだ。
だが櫻李の場合、自分の姿はそのままに、外観そのものがまったく異なった別の女が鏡越しに現れた。それどころか、それを第三者まで目にすることができるというのだから、精神障害のレベルとは完全に話は違ってきてしまう。それでも顔かたちがまったく似ても似つかないというのであれば多少救われる部分もあるのだが、なまじ二卵性の双子程度には似通った容姿をしているだけに、余計始末が悪かった。なんというか、女装をして念入りにメイクし、さらには画像処理を施したような感じに見えてしまうため、まったくの他人として客観的に割りきることが難しいのである。
「俺はおまえみたいに単純には生きられない」
憮然と答える櫻李を見て、「ツルちゃんみたいにお気楽だったら、みんな悩まずに生きられるのにねぇ」と茉莉花が笑った。