(2)
「俺、見てくれがこんなだし、ひろまってる噂も噂だから余計誤解されるんだけど、結構内向的だし、おひとりさまのほうが気楽なんだよね」
「でも、周りがほっとかない?」
「まあ、ありがたいっちゃありがたいのかな」
ぼやくように言った櫻李に、禅は納得したように頷いた。
「そっか。サクラさんは気遣いの人なんだね」
「いや、そんな人格者っぽい感じでもないけど」
答えた櫻李は、ふと心づいて禅に尋ねた。
「ひょっとして鈴原さん、そうやって構内で見かけてたときから、俺の中のもうひとりの存在に気づいてた?」
櫻李の問いかけに、禅はわずかに考えながら口を開いた。
「はっきりわかったのは、今日、喫茶店で間近にサクラさんを見たときかな。普段は、あまり開かないようにしてるし」
「開かない――持ってる能力とか、心の目、みたいなもの?」
「うん。全開にしちゃうと見なくていいものまで見ちゃうし、そういうのって、精神的に結構疲れるから。だからサクラさんのことも、まえは、あ、なんかちょっと違うかなって、違和感をおぼえる程度くらいだったかも」
「じゃあ、今日はじめてはっきりわかったから、それで呼び名も、夜桜との兼ね合いも含めて『サクラさん』になったんだ?」
なるほどと頷いた櫻李に、今度は禅のほうが驚いたように目を瞠った。
「ごめん。そういえば、あんまり深く考えてなかった。自然にそう呼んじゃってたから。なれなれしすぎて不愉快だった?」
「いや、全然。っていうか、違う意味でちょっと驚いた」
「違う意味?」
「そう。最近、うちの妹も俺のこと、『サクラちゃん』って呼び出したからさ。本人に聞いても、ただなんとなくそう呼びたいだけ、としか言わないし」
禅は得心したように「ああ」と応じた。
「彼女、すごく感性が鋭いみたいだから、それで直感的になにか感じとったのかも」
「鈴原さんみたいにはっきりわかったわけじゃなく?」
「違うんじゃないかな。持ってる能力の種類が違うから」
「それって、あいつにも、なんか特殊な能力があるってこと?」
「あ、ごめん。ちょっと語弊のある言いかただった。妹さんの場合は、最初に言ったのが正解。感性が鋭いとか直感力に優れてる。そんな感じだから」
「じゃ、とくにどうこう、ってことでもないんだ?」
「うん。能力があるのは、自覚があるなしに関係なく、むしろサクラさんのほうだから。妹さんのほうは、もしかすると、あと何年かしたらなくなるかも」
「えっ!? 感性がなくなるってこと?」
「うううん、そこはそんなに心配しなくて大丈夫。突出した部分が落ち着いて普通になるっていうだけの話だから。幼い年齢のうちに妙に鋭敏な子っているけど、大抵思春期がはじまるくらいまでに自然に落ち着いちゃうことが多いから。そういう意味」
「ああ、そういうこと」
胸を撫でおろした櫻李を見て、禅は今度こそはっきりと口許に笑みを閃かせた。
「え? いま、なんかおかしかった?」
「うううん、いいお兄さんなんだなぁって思って」
「俺が?」
「うん。すっごく心配性で、妹さん思いのお兄さんの顔になってた」
「あ~、いや。年離れてるし、末っ子だから……」
バツが悪くなって言葉尻を濁す櫻李に、禅はなおもクスクスと笑った。
「表面的なかっこよさだけじゃなくて、サクラさんのこういう部分もちゃんと見てくれる人がいるといいのにね」
大学での評判のことを言っているのだと気づいて、櫻李は自嘲めいた笑みを零した。
「俺の印象、ずっと最悪だったでしょ」
すると禅は、真面目な顔で思案するように宙を見据えた。
「どうだろう。言われてるほど不誠実な感じはしないのに、とは思ったけど、それでも毎回違う女の子を連れてるのは不思議だったかも」
「断るの苦手で」
ポツリと漏らした櫻李を、禅は顧みた。
「断っても結局なんだかんだ言われるし、フリーだとそれはそれで、『じゃあ、次は自分と』って、ひっきりなしだから、それだったらだれかひとりでも『特定』がいたほうが楽、みたいな?――って、やっぱ不誠実か。感じ悪いな、俺」
困ったように言う櫻李に、禅は生真面目に言った。
「サクラさんはやっぱり、気遣いの人なんだね」
「いや、たぶん、あんま自分がないだけ。流されやすいっていうか、面倒なのがイヤ、っていうか」
「相手が傷つかないように、自分が悪者になってるだけだよ」
「『カノジョ』っていう楯になってもらってるとこがあるんで、せめてそのぐらいは俺が矢面に立たないと。女の子だしね。悪い評判は立たないに越したことはない」
「だからかわりに自分が?」
「俺に悪評が立っても、いまさらって感じだから」
苦笑する櫻李に、
「それがサクラさんの強さと優しさの現れだと思う」
禅がきっぱりと断言したところで、前方から呼ばれた。
先に駅に到着していた斗真と茉莉花が、少し遅れたふたりを待っている。
「あ、俺、家まで送ろうか? もう遅いし」
「大丈夫、そんなに遠くないから。駅からもわりと近いし」
答えたところで、券売機のまえで待つふたりに追いつく。
「鬼頭くん、今日は本当にありがとう。はじめて会ったのに、図々しくお宅まで押しかけちゃってごめんねぇ」
「いや、全然。世話になったのはこっちのほうだし。いろいろありがとう。助かった」
「いえいえ、あたしはなんにもしてないからぁ。でも、これからときどき、ランチとか一緒にしようねぇ」
「あ、うん」
誘いの言葉に応じる櫻李に、茉莉花が思わせぶりな視線を向けた。
「え、なに?」
「ん~、べつにいいんだけどぉ、あたしも一応、お年頃の女の子なんだけどなぁ。帰りの心配するのは、ゼンちゃんだけぇ?」
追いつく直前のやりとりを、バッチリ聞かれていたらしい。
「あ、いや、ごめん。その……送ってく?」
茉莉花は途端に吹きだした。
「鬼頭くんてやっぱり優し~。ごめんねぇ、いまの冗談。大丈夫、あたしもそんなに遠くないから。頼めば車出して迎えにきてくれるカレシもいるしぃ」
おかしそうに笑う茉莉花を見て、「真野ッチって、マジ小悪魔系だよなあ」と斗真が漏らす。茉莉花はイタズラめいた顔でペロッと舌を出した。
「でも、これで完璧、構内にひろまってる噂は根も葉もない嘘だったって証明されたねぇ。鬼頭くんはとっても優しい紳士。今度妙な噂流れてきたら、片っ端から誤解だって訂正してあげるねぇ」
ニッコリする茉莉花に、返答に窮した櫻李は曖昧に相槌を打った。
「あ、あとねぇ、ツルちゃんともいま、ずっと話してたんだけど、今日のことはだれにも言わないから安心して?」
思いがけない言葉に、櫻李はわずかに目を瞠った。
「友達のこと、おもしろ半分にネタにしたりしないよ? ゼンちゃんはこのとおり口も硬くて信頼できるコだから安心だし、あたしたちももちろん、今日のこと、気軽に外で話題にしたりしないからね?」
「信用第一。ま、普段バカやってても、さすがにそのへんは弁えてるってな」
斗真もニヤリとする。
「なにはともあれ、次はお兄さんのほうだな」
「うん」
「ゼンちゃんとのやりとりがメインになると思うけど、あたしたちでなにか手伝えることがあったら、いつでも連絡してねぇ」
「経過とかもマメに教えろよ。ここまで首つっこんだら、今後の展開、すげえ気になるし」
連絡先を交換して今後の段取りをざっと確認した後、3人は櫻李の見送る中、それぞれに挨拶を交わして改札の向こうへと消えていった。