(1)
「え~、やだぁ、うっそぉ! 超豪邸なんだけどぉ!」
唐突にはしゃいだ声をあげたのは茉莉花である。
カフェで鈴原禅が発した衝撃のひと言により、櫻李は即刻彼女に自宅までの同行を頼むことにした。紹介だけ済ませたら仲介役は早々に引き上げる。事前にそんな話も出ていたはずだが、こうなるともはや、斗真も茉莉花も気を遣うどころの話ではない。他人のプライバシーに思いっきり首をつっこむことに対する遠慮や気後れもなんのその。好奇心まる出しで当事者以上に盛り上がり、結局、なし崩し的にそのまま全員で櫻李の自宅に向かうこととなった。
カフェにいるあいだにことのあらましをざっと説明した櫻李は、移動中にも足りない部分を捕捉し、その合間に自宅に電話を入れて、友達を連れて帰宅することを菊乃に伝えた。念のため、今夜は夜勤のはずの兄にも、ひょっとすると話が少し進展するかもしれない旨LINEで一報しておく。そして到着した自宅のまえで発したのが、茉莉花のいましがたの一声、というわけだった。
なにが『イヤ』で『うそ』なのかよくわからないが、その様子から察するに、驚きと称讃が半々に入り交じった感想であるらしい。
「おおおっ、すげえ! これがおまえんちかよ。お坊ちゃまってのはマジだったんだな。なんか武士でも出てきそうな門構えじゃねえ?」
斗真までがハイテンションで意味不明なことを口走っている。なにを言ってるんだかと軽く嘆息しつつ櫻李は門をくぐり、そのまま一行を促して中庭へと移動した。
「これなんだけど」
くだんの梅の木まで案内役を務めた櫻李は、足を止めて振り返った。鈴原禅は少し離れた場所から示された木をじっと眺める。それから櫻李を顧みた。
「触ってみても?」
「ああ、うん。どうぞ」
やや緊張気味に櫻李が見守る中、禅は梅の木にゆっくりと近づいた。腕を伸ばせば幹が触れる位置まで近寄って立ち止まる。そして、その場でもう一度、眼前の幹、頭上の枝葉、足もとの根をじっくりと眺め、やがて幹に手を伸ばして静かに目を閉じた。
なんともいえない張りつめた静寂が、あたりに漂う。櫻李はもちろん、そのすぐ後ろで様子を見守る斗真と茉莉花も、息を詰めてその様子をじっと見守った。
時間にして、数十秒と言ったところだろうか。不意に目を開けた禅は、パッと振り返ると蓮爾の部屋のほうへ視線を向けた。相変わらず感情の読み取れない無表情で覆っているが、その眼差しに、これまでにない勁い光が宿っていた。
ややあってから、禅が梅の木から手を離す。それから、小さくホッと息をついた。
「……ゼンちゃん、なんかわかった?」
囁くような声で、茉莉花が遠慮がちに離れた場所からそっと声をかけた。禅は女友達を顧みると、「うん」と応じながら小さく頷いた。
「大体わかったけど、ここで説明しちゃっていい?」
「あ、もし場所を移動して差し支えなければ――」
「やだあ、櫻李くん。どうしてみんなでそんなとこにいるのお?」
場所を移動しても差し支えなければ家の中で、そう提案しようとしたところで、まさにその家の中から飛んできた別の声が櫻李の言葉を遮った。
「あ、菊乃さん、ただいま」
「ただいまはいいけど、そんなとこでなにしてるの? せっかくいらしてくれたんだから、お友達、入っていただいたら?」
「あ、うん」
曖昧に頷いて、チラリと後方を顧みる。確認を取るような眼差しを向けた櫻李に気がつくと、禅は小さく「中でも大丈夫」と答えた。
「じゃ、いまから玄関まわる」
菊乃に今度こそはっきりと返事をして、櫻李はふたたび皆を促し、玄関のほうへ移動した。