(4)
持つべきは友。
午後の講義もそこそこに、櫻李は即刻斗真に連絡を取り、先方と会って話を聞いてもらう段取りをつけてもらった。
可能ならば今日中にでも。
事態は一刻を争う。遠慮などしている場合ではない。冗談ではなしに、兄の命がかかっている。礼儀や体裁も、この際二の次だった。
なりふりかまわずといった櫻李の様子に、さすがにただごとではないと察したのだろう。斗真は手際よくアポを取りつけ、橋渡しをしてくれた。
待ち合わせ場所は、大学最寄り駅前のカフェの2階。時間は4限終了後の16時半。相手はおなじ大学の史学科の学生だという。
俺も行くから~という言葉どおり、指定時間の20分前に櫻李が待ち合わせ場所に出向くと、先に来ていた斗真が2階席の窓ぎわから手を挙げて合図をよこした。
「悪いな、面倒かけて」
近づいて、いつになく大真面目に謝辞を述べると、斗真はいいっていいってと手を振りながら鷹揚に笑った。
「いや、自分でもまさかそんな都合よく身近で見つかるとか思ってなかったんだけどさ。まえにサークルの飲み会で、チラッと話題になったことがあったの思い出したんだよ」
「じゃ、おなじテニス・サークル?」
話を聞きながら、向かいの席に座る。そして、水を運んできたウェイトレスにアイスコーヒーを注文した。
「話題にしてたのはテニサー仲間の同級生だけど、本人は無所属っつってたかな。そのあと、どっか入ったかまでは知んねえけど」
「ふうん」
「俺もチョクの知り合いじゃないんで、向こうもそのテニサー仲間が付き添いで同行するっつってたから。邪魔になるようなら、俺らは顔合わせだけ済ませたら席はずすな」
「いや、それはべつにいいけど……」
「ま、俺も又聞きなのはアレだけどさ、とりあえず史学科の同級生のあいだではそこそこ有名らしいから」
ということは、相手もおなじ3年ということになるのだろうか。
思ったところで、階段を上ってくる足音が聞こえた。
「あ、いたいた! すご~い。ほんとに鬼頭くんだ~っ!」
階段を上りきったところで、こちらを見てはしゃいだ声をあげたのは、服装、雰囲気ともにファンシー系な印象の女子だった。向かいの席にいた斗真が、その人物に向かって「おー、こっちこっち」と手を挙げて声をかける。
いったん向かい合って席に着いた櫻李だったが、相手が異性とわかって内心身構えた。だが、なにくわぬ顔でひとまず席を立ち、通路に出て、突然の呼び出しに応じてくれた相手を出迎えた。
「悪ぃな、真野ッチ。いきなりでさ」
「いいのいいの。今日、ちょうど暇だったしぃ」
『真野ッチ』と呼ばれたふんわり系女子は、軽やかな足取りで近づいてくるとキラキラとした眼差しで櫻李を興味深そうに見上げた。
「あ、こんにちは。はじめまして、鬼頭です」
「はじめましてぇ。ツルちゃんとおなじサークルの真野茉莉花ですぅ」
明るめに染めた髪が肩先で綺麗にカールし、おなじくクルンと持ち上がった人工の長い睫毛が、髪と同色のカラコンを入れた大きな目の周りでさらに大きさを強調する演出をしている。自分の可愛い貌立ちを充分わかったうえでの人形めいたメイクとファッションといったところか。『ツルちゃん』というのは、斗真の苗字、『御劔』の『ツル』だろう。
「すごぉい。本物の鬼頭くんとナマでしゃべっちゃったあ」
可愛らしい声と口調で嬉しそうに言った茉莉花は、クルリと斗真に向きなおると親しげに声をかけた。
「ねえねえ、ツルちゃん、鬼頭くんと友達ってほんとだったんだねえ。あたし、ずっとウソだと思ってたあ」
「だからはじめっから言ってるじゃんか。なんでそんな疑うんだよ」
「だってぇ、ツルちゃんて調子いいから、女の子の関心集めるのにおなじ学部っていうだけで鬼頭くんの名前利用してると思ってたんだもぉん」
「ひでえな、それ。俺、そんなゲスい真似しないから」
「うん、わかったあ。サークルのほかのコたちにも言っておく~」
「って、真野ッチだけじゃねえのかよ!」
思わずつっこんだ斗真に、茉莉花はテヘッと小さく舌を出した。
「わ~、でも、ついでにみんなに自慢しちゃお~っと。鬼頭くんとこーやってナマで会えちゃうなんて感激ぃ。近くで見ると、やっぱり超イケメェン。だけど、噂と違ってすごい紳士的だし、全然鬼畜じゃない感じぃ」
はじめて会った女子にまで面と向かって言われる羽目になろうとは。しかも、口調と態度がおっとりしているだけに、攻撃力が殺傷レベルに感じられた。
どう返したものか反応に困ってそのまま沈黙していると、茉莉花の真後ろに立っていた人物とふと目が合った。人形のように華やかで可愛らしい茉莉花とは対照的に、地味で飾り気のない、いかにも真面目そうな女子学生だった。
ショートよりやや長めのストレートの黒髪と無地の白いシャツに膝丈のデニムスカート。機能性のみを重視したと思われる白のシューズ。化粧気のまるでない顔には、シンプルな服装同様、いたってシンプルな細フレームの眼鏡が装着され、そのレンズの向こうで、意志の強そうな瞳がじっと櫻李を見据えていた。