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夢一夜~幽明に咲く花~  作者: ZAKI
第5章
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(2)

 兄の打ち明け話から1週間。

 翌週帰ってきた蓮爾は、かつてないほどやつれ果て、見事なまでに憔悴しきっていた。ここに来て、状況がかなり深刻化してきたのだという。


 これにはさすがの家族も本気で蓮爾の健康状態を案じはじめた。しまいには、失職疑惑まで浮上する始末である。職場でなにか、大きなトラブルでも抱えているのではないか。それが原因で、責任を問われる事態にでもなっているのではなかろうか。


 蓮爾にしてみれば、帰省しているあいだに少しでも気を休めておきたい、というのが本音だっただろう。そのついでに、唯一事情を打ち明けている櫻李にもくわしい内容を知らせておきたいという目的もあったわけだが、いくら問題はないと説明しても、家族の心配を払拭することはできなかった。大丈夫だと言う本人の顔が、げっそりと窶れて面変おもがわりしているのだから当然だろう。

 やむを得ず、組織をあげて大々的に一般学生の意識調査をすることになったという架空のイベントをでっちあげた。そのための準備に追われている。その関係で櫻李にも協力を仰がなければならなくなった。だからこうして、たびたび帰ってくるようになった、という、ムチャクチャすぎる理由をこじつけることとなった。

 まずないこととは思うが、万一職場に問い合わせでもされようものならマズいことこのうえない。だが、蓮爾としても、もはや背に腹はかえられない状態まで追いつめられていた。


 櫻李のほうでも、来年必須となる卒論で使う資料が難解な英文で書かれているため、その内容について語学堪能な兄に助言を請う必要がでてきた、という苦しい言い訳を捻り出した。

 ふたりで部屋に籠もって話し合っても不自然ではないように。そして、できるだけほかの家族を遠ざけて、話の内容を聞かれずに済むように、という配慮からだった。


 大の男がふたりで部屋に引き籠もって、家族の目すら盗むようにコソコソと話す内容が幽霊話とは情けないにもほどがある。だが状況は、笑い話にすらできないところまできていた。

 蓮爾がわずか十日足らずのうちに憔悴しきった理由。それは、声の主の思念に引きずられるようにして、白昼夢のようなものまで見えはじめてきたことが原因だった。



「それってまさか、飛んでるときも?」


 おそるおそる尋ねた櫻李に、蓮爾は苦りきった様子でかすかにかぶりを振った。


「さすがに任務中は集中を切らせることはできないからな。ただ、それでも意識を持っていかれそうになる瞬間はある」


 これはいよいよ冗談では済まなくなってきた。

 ほんの一瞬の気のゆるみすら大きな事故に繋がるどころか、命取りにさえなる。そんな現場で意識が危うくなるなど、シャレにならないどころの話ではなかった。

 一気に背筋が冷えた櫻李は、意を決して蓮爾に提言しようと口を開いた。


「あのさ、兄貴、怒んないで聞いてほしいんだけど……」

「脳のMRIならもう撮った」


 遠慮がちに切り出した櫻李の言葉尻を奪って、蓮爾はきっぱりと断言した。


「え?」

「ついでに心療系のカウンセリングにも行ってみた」


 そして、苛立ちを隠しきれないぶっきらぼうな口調で、「どっちも異常なし」と告げた。


「念のため何カ所かで受診してみたが、結果はすべておなじだった。櫻李、俺は正常だ」


 だからこそ余計に怖い。兄の顔にはじめて浮かんだ苦渋の色が、そう物語っていた。


「そんな状態なのに、帰ってくるとやっぱり、症状は消える?」

「消える」

「基地内の、幽霊騒動のほうは?」


 櫻李の問いかけに、一瞬、重い沈黙が流れた。

 おさまったのだろうか。変わらずなのだろうか。それともさらにひどくなっているのだろうか。

 わずかな沈黙のあいだにさまざまな答えがよぎる。だが、直後に兄が口にした答えは、意外すぎるものだった。


「女が現れる」

「……女?」


 唖然と口を開けた櫻李に向かって、蓮爾は繰り返した。女が目撃されるようになったのだ、と。


「たぶん、例の男の相手だろうな」

「それって、ふたりそろって出るようになったってこと?」

「男のほうは、ターゲットを完全に俺ひとりに絞ったようだ」

「え……、じゃ、男はもともと執着してた兄貴以外のまえには現れなくなって、かわりに女がひとりであちこちに出没するようになったってこと? それって、兄貴も見た?」

「俺は見てない。最初の騒ぎ同様に、あちこちで目撃情報はあるんだがな」


 兄の言葉に、今度は櫻李のほうが押し黙った。

 これは本当に、MRIやカウンセリングなどでは埒が明かない。あらためてそう確信した。


「櫻李?」


 胡乱うろんげに自分の様子を窺う兄の顔を、櫻李はまっすぐに見返した。


「たぶんそっちに出てるのは、本体じゃないと思う」

「え?」

「兄貴、その女、俺、たぶん見てると思う」

「なに? なんの話だ。いったいどういう――」

「こないだ兄貴が帰省したあとから、菊姫が俺と一緒に寝るようになった」

「なんだ、それ。菊姫が?」


 夜、突然部屋を訪ねてきた妹は、なにかに怯えた様子で櫻李にしがみついた。どうかしたかと尋ねた櫻李に、菊姫は真剣な表情で頷いた。

『よくわかんないけど、なんか怖いの。すごく変な感じがする』

 そう言って、もう一度兄の躰にしがみついた。

『でも、サクラちゃんのそばだと全然平気。だからヒメ、サクラちゃんと一緒に寝る』

 以来、菊姫は毎晩、櫻李の部屋を訪ねてくるようになった。


「それとさっきの女と、いったいなんの関係が……」

「俺も夢を見るんだよ。あの梅の木と、それから、その女の。菊姫が一緒に寝てくれって言うようになったあたりから。毎晩」


 きっぱりと告げた櫻李に、今度こそ蓮爾は絶句した。


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