(1)
『姐様、見ておくんなんし』
『おや、このはな。桜でありんすか』
『あい。お使いから戻る途中で、佐平次さんがとってくれんした』
『それはようおざんしたな。佐平次も粋なことをしなんす』
『姐様へのお土産にって』
『そうかえ?』
『あい。桜は、姐様の花でありんすから』
『……ほんに満開の枝振りが見事だこと。道中では、ゆっくり眺めている暇もありんせんからなぁ。さっそくに活けて、飾るとしんしょう。このはな、茶箪笥の下の抽斗から懐紙をとっておくれ』
声をかけるその指先が、枝の中からいちばん形のいいひと房を選んでつまみ取る。渡された懐紙を多めにとってあいだにそれを挟み、押し花にすると、金の花唐草が描かれた漆塗りの小物入れにおさめて差し出した。
『……姐様?』
『お使いを果たした、お駄賃え』
ふっくりとした笑みを向けられた途端、茫然としていたあどけなさの残る顔が不意にくしゃりと崩れた。
『ありがとうござりんす、姐様。とても、嬉しゅうありんす。大切にいたしんす』
『おやまあ、天下の三浦屋夜桜の新造ともあろう者が、そねいに泣き虫でどうしんす。せっかくの器量が、台無しでありんすえ。このはな、お泣きでない。笑いなんし』
『あい、姐様。あい……』
――可愛いこのはな、おまえには笑顔がよく似合う。笑いなんし。そしてどうか、幸せに、なっておくれ……。
夢の中で、だれかが秘やかに願う声を、聴いた気がした……。
【注釈】
※道中…花魁道中。呼び出しを受けた花魁が、禿や振袖新造を引き連れ、見世と揚屋、引手茶屋を行き来すること。
※新造…水揚げまえの見習い女郎。