13話 賢者の隠れ家
到着っ!
赤い花、ヒガン・フラワーの草原を抜けた先にある家。
多分、あそこがエルフ爺さんの家だろう。
久しぶりに見た家にちょっと興奮。
俺はアースドッグから降りる。
「ワンワン」
「よしよし」
頭を撫でると、アースドッグはしっぽをふって待機する。
扉は人間サイズだから、アースドッグは入れない。
指を立ててドッグに指示をする。
「いいか、アースドッグ。ここで待てだ。用事があったら帰ってもいい」
「ワン、ワン」
よし!
多分意思疎通できたはずだ。
トントン
振り返って扉をノックする。
しかし、何の返事もない。
「あのー、誰かいませんか?エルフのお爺さんに言われてきたのですが・・・」
シーン
特に返事はない。
この家ではないのかもしれない。
ガチャッ
何気なくドアノブに触れると・・・開いた。
開いちゃった・・・
それじゃー中に入りますかな。
一応招待を受けているので。
俺は扉をくぐって中に入った。
短い廊下を抜けると、応接間に出る。
高級家具のような物が置かれている。
「あのー、誰かいませんか?」
シーン。
再び誰の返事もない。
ボーン ドカッ!
むむ?
部屋の置くから爆発音が聞こえてきた。
モフモフ
何かあったのだろうか、白い煙が部屋に入ってくる。
「ゴホッ、ゴホッ」
扉が開き、一人のエルフ爺さんが登場。
あっ。
アニマ神殿であったエルフだ。
「お爺さん、久しぶりです」
「おっ」
こちらを見て、ポカーンとするお爺さん。
目をパチパチしている。
「誰じゃ?」
えっ?
あれ?
あれれ?
俺の事を覚えていないだろうか。
普通に会話したと思うのだけど・・・
「ほら、つい先日、アニマ神殿であったと思うのですが」
「あー、そっち系か」
ふむふむと頷くエルフお爺さん。
んん?
あれ?
なんか俺、痛い奴と思われてない?
違うよ。
本当にあったはずだから。
「あのー」
「分かっておるのじゃ。アニマ神殿のワシはただの幻影魔法じゃ。
メッセンジャーみたいな者だな。あそこに来た者をこの家に呼ぶための」
ほうほう。
だから霧の様に消えたのか。
謎が一つ解決。
「だがお主、アニマ神殿に入れたととなると・・・やはり転生者か?」
どうなのだろうか?
具体的な記憶がないので分からないが・・・
日本にいた事はなんとなく分かるし、この世界が元の世界とは違う事はなんとなく分かる。
「多分・・・そうなんだと思います」
「そうかそうか。ワシはエルじゃ。エル爺でも賢者でも構わん。
多くの人はそう呼ぶからのう。
でもお主、奇妙じゃのう・・・人には見えんが・・・」
「ベビーヴァンパイアのようです」
「ほーう、人ではないのか。ワシもエルフだからのう。名前はなんというのじゃ?」
名前・・・
そういえば、何も思い出せない。
これまで気にもならなかった。
不思議と意識が向かなかったのだ。
エル爺に名前を聞かれて初めて自分の名前の存在に気づいたかのような感覚。
名前か・・・
なんだろうな・・・
「その様子だと、名前は分からないようじゃの。
よいよい。時々あることだから心配しなくてもよいのじゃ。
しかし、とりあえず仮の名前でも作っておいた方がいいぞ」
そうだな。
前向きに考えよう。
例え思い出したところで、何か変わるってわけでもなさそうだしな。
では、何にしようか・・・
俺の名前・・・
俺の名前は・・・
その時。
ふと一つの苗字が思い浮かぶ。
『徳川』
ぱっと脳裏に浮かんだ。
それが俺の名前かもしれない。
「では、徳川で」
「分かったのじゃ。トクガワさんじゃな」
片言なエルフ爺さん。
徳川じゃなくて、TOKUGAWAに似たトクガワだ。
日本語は珍しいのかもしれない。
「しかしお主。見たところレベルは低いようじゃが。
よくここまでこれたのう・・・
アリエスの大迷宮の50層となれば、そう簡単にはこれない場所なのじゃが・・・」
んん?
50層?
今、エルフ爺さんは何気なく告げたけど・・
マジで50層?
ええええええ!
ええええええええ!
って、おい。
まさか・・・・
そんな深度だったの。
てっきり10層以下の場所かと思っていた。
「どうしたのじゃ?驚いた顔をして」
「いえ、その・・・・まさか50層とは・・・この層で生まれたものですから」
「ほほーう。それはまた珍しいのう。
ダンジョンで生まれる事などまずないし、生まれたとしても生きていけぬものじゃ。
余程幸運だったか、お主の実力が抜けていたか・・・」
「いやいや、大したことありませんよ。周りの敵もそれ程強くなく、レベルもそれ程高くなかったので」
「ぬ、レベルとな・・・お主『鑑定』持ちか・・・そうかそうか、転生者だったのう。
敵が弱いのはワシのせいかも知れぬのじゃ。
研究の邪魔だったので、魔物をだいぶ狩ったのよ。
それにヒガン・フラワーを栽培したので、多くの魔物はさっていったからのう」
やはり理由があったのか。
50層にしてはあの犬達は弱いと思った。
「となると、通常の敵はもっと強いと」
「そうじゃの・・・この階層にいる敵は幼い者と、ヒガンフラワーを育てるのに適した者だけじゃからのう」
「具体的にはどの程度強いのですか?50層の魔物は」
「上級冒険者なら魔物と戦う事は出来ても、リソース的に一人では無理じゃのう。
1対1とはかぎらず、連戦になるからのう。
中級の腕ならパーティーは必須じゃ。
そもそも人にとってはダンジョンの魔素が有害なので、長期間の滞在の方がネックだが。
深くなればなるほど、魔素も魔物を強くなるからのう」
ふむふむ。
話を聞くに、ヤバイ事だけは伝わってきた。
冒険者の実力は分からないが、かなり厳しい敵が出てくるって事だろうな。
「おっと。お主は生まれたばかりなら、冒険者の強さでは分かりにくかろう。
上級冒険者となれば、数万人に1人のレベルじゃ。
大抵の者が中級どまりじゃから・・・そこそこ強いってとこかの。
実際に戦ってみるのが一番じゃが」
「アースドッグ・リーダーはどの程度のレベルなんですか?」
「犬っころか。奴は・・そうじゃのう・・・初級冒険者の壁かのう・・・・」
あのバカでかいサイみたいな犬がそれなのか。
となると・・・他の敵の強さは・・・たまらんな!
ふぅー。
他の階層に生まれなくて良かった。
俺、多分死んでましたよ。
本当に良かった、ここで生まれて。
「あの犬で初級ですか・・・」
「ぬ、もしかしてお主。ドッグ・リーダーを倒したのか?」
エル爺さんは俺の返答から察したようだ。
「まぁ・・・はい。さくっと」
「な、なんと本当か?」
「あっはい。でも初級冒険者レベルなら当然かと」
「何を言っておるのじゃ。
生まれて直ぐのお主、ベビーヴァンパイアなら快挙じゃ!
普通は倒せる相手ではない。
初級冒険者といえども、アイテムも武器を持っておるし、倒せないものもいる。
ぐふふふ。これは将来が楽しみじゃのう。さすがじゃ。ワシの家に来ただけはあるのじゃ」
「いえいえ、大したことありませんよ」
「待っておれ。良い物をプレゼントするのじゃ。待っておるのじゃぞ」
ダダッ
エルフ爺さんが部屋から駆け出していった。
ポツンと取り残される俺。
あれ?
どうしたんだろうか、エル爺さん。
中々元気な身のこなしだった。
ハッスル爺さんだ。