ツンデレババア
若い子たちの話題についていけなくなった時に自分の年を意識し始めた。
流行りの化粧品、衣類は身に付けない。
それらはもうやり飽きたからだ。今は安定したものへ走っている。
安値で確かな品質。
化粧室でメイクを直しているときに若い子に流行りの化粧品を勧められたこともあり、自分が出遅れていると確信した。
通勤中にSNSを見ていたときに知り合いが結婚したのを知った。
だが、何の感情も浮かばなかった。
写真に写る彼女は幸せそうだが、それを祝福も僻みもしない。
それが普通になっているからだ。
もう結婚してもおかしくないし、子がいる同期も珍しいことではないからだ。
なら、私は?
ふと自分を省みる。
彼氏が一切いなく処女を貫いているわけでもない。
アニメや漫画に没頭し、浮き世離れしているわけでもない。
大学時代はそれなりに遊び彼氏も何人かいた。
しかし、最後に付き合った彼とは地元に就職するのを期に別れた。
それから数年。
仕事にはなれたが、色恋の沙汰はない。
そもそも出会いがない。というのは言い訳だろうか?
仕事に疲れた身体ではアフター5を楽しむよりも
『おうち帰ってゴロゴロしたい』
が何より優先される。
毎日の通勤ラッシュをパンツスーツ姿で通う。
たまに感じる男性の視線に『なに見てんだ変態』よりも『よし、まだ女として見られてる』
なんて思ったり。
「あの、先輩」
新入社員がまぬけ面を下げて営業資料を持ってきた。
まだ入って間もなく要領がわからない彼は度々質問や相談をしてくる。名前は佐藤君だったかな?
「資料だとこの金額なんですが、HPだと差額が出てるんですよ」
「それはネット会員だから。この前の会議でネットメインに移行するって話してたでしょ?」
「そうでしたっけ?」
「話はちゃんと聞いときなさい」
持ってきた資料で頭を叩くと、佐藤君は嬉しそうに笑う。
「所で先輩今夜どうです?」
「今夜?」
「前LINEで飲み連れてってやるって言ってたじゃないですか」
そうだっけ?
わざと見せるようにスマホを取りだし、履歴を見た。
確かに私の方から誘いは出している。
「でしょ?」
「でしょ、じゃないの!お願いいたしますくらい言えないの?バカ」
「おなしゃす」
「お願いいたします、ね」
資料がまた佐藤の頭を跳ねた。
仕事を終えると佐藤君は主人を待つ犬のように出口で待ち構えていた。
こちらに気づくと尻尾を振ってついてくる。
「おまちしてました!」
「うるさい、おっきな声ださないの、本当バカなんだから」
今は頭を叩けるものがないので叩きはしないが、代わりに声で叱る。
「じゃ、いきましょ!」
スキップでもしかねないご機嫌さで横を並んで歩いた。
大抵は飲み屋だが、佐藤君は何を思ったか小洒落たバーに案内した。
「先輩きたことあります?」
「あんまりないかなぁ」
「よかったぁ!先輩美人だからこうゆうとこ居そうと思ったんですよ!」
「いちいちうるさい」
今度は拳でなぐってやった。
互いに酒が進んだ頃だった。佐藤君は以外にも酒に強く、最初は潰してやろうと思ったが今は私が潰れていた。
「先輩は彼氏とかいないんですか?」
「いねーよ!もう若さも消えかけてるし、お先真っ暗だよう」
かけている、の部分がまだ若いと自負している傲慢さを表した。
「先輩美人なのになぁ。世話も焼いてくれるし、優しいし」
「それだけじゃ駄目な年なのよぉぉ」
泣いた。後輩の前だけど。
本当は結婚や子を持つ同世代をうらやましく思っていた。
売れ残りにはなりたくない気持ちが、無感情を作り上げていた。
今はアルコールと一緒に蒸発して、感情が溢れてしまう。
「俺、先輩のこと好きですよ?」
ふいに出た言葉に一瞬頭が覚めた。
「なにいってんのよ、ばぁか」
「本当に。俺、先輩のことが好きになっちゃったんです」
目の前のグラスを空にするとマスターに同じものを注文した。
「アンタなんか別に」
「先輩がどう思おうと、俺が好きなんです」
酔わない眼差しは真剣に私を見ていた。両手を膝にのせて、何をかしこまってんだ。
でも。
「俺と付き合ってください」
あ、きちゃった。
何て言おうか迷った。
でも、私の天の邪鬼は素直にイエスと言わない。
バーを出る帰り道、街頭に揺れる影は来たときよりも近く寄り添っていた。