19:魔王ちゃん、負け惜しむ
ぬあーーーすみませんでしたああああ。
予告より遅くなりましたが、2話分の文字数はあります。
評価ありがとうございます!頑張ります!
「……チャネルライトか」
鉄格子の向こう側、薄暗い監獄の外で揺れる白金色の輝きを見た。
その身には、見慣れたはずの狐耳や金毛の尻尾はないが、
そんな些細な事で私が彼女を見間違えるはずもない。
だって彼女は私が見つけた、私の四天王なのだから。
「っ〜♪ なんやなんや?随分と綺麗な姉ちゃんが来なはったなぁ!」
「チッ。勇者共はいねぇのか?嫌みの一言でもくれてやるのによぉ!」
チャネルライトの出現に対し、思い思いの反応で迎える三人の魔王。
アザトが口笛を、ボーガスが舌打ちを。
そして私は……。
「随分とつまらない顔をするようになったな。
出会ったばかりの頃の方が幾分かましな顔だったぞ?」
「……っ!」
一匙の嫌みを掬い、チャネルライトにふりかけた。
清々しいくらい気持ちよく裏切ってくれたのだ。
どうせならそんな辛気くさい表情じゃなくって、
もっとゲスな笑みを浮かべて登場して欲しいものだ。
「おんやぁ?お座敷ちゃんと知り合いなん?
なんや、訳ありってやつかいな。おもろいな〜」
返す言葉もなく眉をひそめたチャネルライトをアザトが冷やかす。
が、チャネルライトは逆にここで余裕を取り戻し、
涼しい表情で挑発の言葉を受け流した。
「封印指定対象A、口を慎みなさい。さもなくば、痛い目を見ますよ?」
「お〜、こわっ!夢に出てきそうや!夜も眠れませんわコレ。
てか、いつから魔王は記号を並べ呼ばれるようになったんやろなぁ」
「知るか!おいクソ尼!勇者はどこだ!殺してやる!」
「勇者様達は今、封印指定対象Dの討伐に向かわれております。
そもそも。勇者様がこんな場所に訪れる訳がないでしょうに。
それに、固有能力を封印された貴方に何が出来るのですか?
封印指定対象B。それとも、こう呼んだ方がよろしいですか?
今や火花を散らす程度にしか能力を使えない、種火の魔王さん?」
「……いつか啼かす。ビィビィと」
横槍を入れた爆業炎の魔王氏、撃沈!
何、あいつ。
種火とか呼ばれてるよ?
もしかしてボーガスって、とっても弱いのかな?
私より弱い魔王がいるなんて、ニヤニヤが止まらないんだけど!
見られてないかな?暗いし、見えてないよね?
よし!存分にニヤけよう!
ニヤニヤ ニヤニヤ ニヤニヤ ニヤニヤ
「おい、お座敷、今、笑っただろ?」
ギク!
何故バレたし!?
こっちからは顔が見えないのに、あっちからは見えているのか!?
いや、きっと違うな。
ボーガスは自身に向けられた負の感情を鋭く察知できる。
そういう野性的なタイプの魔王なのだろう。
うむ、これからは気をつけなければな!
よし、早速心のメモ帳に刻んでページごと破り捨てて火に焼べよう。
種火だけに(笑)
ニヤニヤ ニヤニヤ ニヤニヤ ニヤニヤ
悦に浸る私に向けて、憐憫の視線が突き刺さる。
チャネルライトだ。
「少しはご自身の心配をされた方がよろしいのではないですか」
「我は死にましぇ〜ん」
挑発。その瞬間、背筋が氷壁に埋もれるような錯覚を覚え身震いする。
チャネルライトがこちらに向けるあの表情。
祭事で使用する面のように感情が見えず、けれど何故か威圧的な表情。
カンベエ曰く、能面顔と呼ぶ特殊戦闘術らしい。
その恐ろしい表情で一言。
「試してみましょうか?」
「すみません、調子に乗ってました」
たまらず土下座した。
「「弱っ!!」」
魔王ABコンビの声が重なり反響する。
弱い?私が?心外だな。
反抗するばかりが強さではない。
時には流れに身を任せ苦難をやり過ごすしたたかさ、これぞ真の強さ!
つまり私は強いのだ!
……強く生きてるよ?
「自身の固有能力を過信しているようですが無駄ですよ?
かなり特殊な方法ですが、ちゃんと封じる手段はあります」
どうやら土下座は成功したようだ。
チャネルライトは意味不明な話題を私に振り始めた。
「固ぉ……有?なんじゃそりゃ?
そんな意味不明なお菓子は持っていないわ!」
「隠しても無駄です。こちらでも大凡の見当はついていますから」
「隠すくらいなら食べてるし!」
「いや、一旦お菓子から離れましょう」
「そっちが言い出したのだろ!」
「えええぇぇ、言い出してないですけど!?」
チャネルライトが狼狽え出した。
何故だ!寧ろこっちが狼狽えたい気分だし!
え?お菓子の話しじゃないの?
もう!何を言っているのかさっぱりわからん!
魔封じの結晶魔具をつけたのはそっちじゃん!?
何もできないことをわかっていて、あえて挑発しているの?
それとも濃ゆい農力?とやらは、詠唱が必要な普通の魔法とは違うわけ?
そんなの持ってたら速攻で勇者に使うわ!
あ!もしかして、難しい話しをして私を混乱させる作戦か?
その手には乗らないから!
「兎に角!心配なんてこれっぽっちも必要ないの!
だって我にはカンベエがついてるんだもんね!
あいつが来たらこんな暗くて埃っぽい場所ともおさらばよ!」
「カンベエさんは助けには来ませんよ」
ピシャリと言い放たれた否定の言葉に衝撃を受ける。
カンベエが来ない。
その言葉から導き出される自身の未来を想像し、
頭の中が真っ白に塗りつぶされる。
カンベエが来ない。ずっとこのまま、ひとりぼっち。
暗い。寒い。つまらない。
孤独。無力。永遠。恐怖。
————寂しい。
「彼の処分には王国騎士の最高峰、
剣聖の称号を持つリッツェル様が向かわれました。
生きているかどうかすら怪しいものですね?
仮に生きて剣聖様から逃げ仰せたとして、この堅牢な地下監獄の守護を破って、
ここまで到達できるとは到底思えません。
そうそう、言い忘れていましたが、ここには転移妨害が施されています。
頼みの転移は何の役にもたちませんよ?
勿論、ガルちゃんだってここまで1人で辿り着く事は不可能でしょう。
では他に誰かいますか?
まさか犬なんて言いませんよね?
残念、あの犬は元々は勇者様の飼い犬です。
すでに回収して機関員が保護しています。
ま、そもそも犬に何かが出来るとも思えませんが。
他には?当然ですが私は助けませんよ?
他は?誰か助けに来ますか?……ほら、もうおしまいですよね?」
矢継ぎ早に繰り出されるチャネルライトの弁舌。
何かを言い返す事すら許さない、鬼気迫る勢いに押され、私は沈黙する。
事を見守る魔王ABも口を噤んだまま時が流れ、静寂が空間を支配した。
「だから、取引をしましょう」
「取引?」
やはりと言うべきか。
沈黙を破った者は静寂を創り上げたチャネルライト自身だった。
チャネルライトが表情を緩め、透き通った、清らかな微笑を浮かべる。
暗い牢を包んでいた緊迫に、光を灯し照らすように、
彼女は先程までとは打って変わって、優しい声音で語り始めた。
「はい、取引です。それもお互いが損をしない、最高の交換条件です」
知ってるぞ。
取引ってのは持ち出す側の方が得をするように出来ている。
と、カンベエが言っていた!
「このまま事が進めばどうなると思いますか?
まず、そこで転がっているAとB同様、固有能力を封印されます。
その後、より厳重な警備に守られた監獄塔に身柄を移送し、
意識のみを残し五感と共に力の一切を封印、その身は塔に幽閉されます。
あとは人類が続く限り、未来永劫の時をそこで過ごす事になるのです。
自ら死ぬ事すら許されない暗い世界。
それが本来、貴方に与えられる予定の未来です」
「……もしかして、そこに、お菓子は……ない?」
「……お菓子どころか、味覚すら機能しないかと」
「お、鬼か!!!」
今日一番の恐怖を覚えたわ!
え?カンベエ?
よくよく考えたらあいつが死ぬわけないじゃん!
まったく、少しだけ心配して損した気分だよ!
「……こほん。えーと、そ、そう!そこで取引です!
私達の組織、【英知の書】に所属し、共に魔王達と戦ってください!
貴方の力は人類にとって脅威とはなり得ませんが、
味方に引き入れれば話しは別。
まだ半数以上野放しになっている魔王達への、強力な切り札となるはずです!
今回の一件で私の功績は、上層部に大きく認められるはず。
私が口添えすればきっと悪いようにはなりません!きっとです!」
うんうん、確かにな。
言いたい事はわかる。
「つまり、最強魔王である私が味方につけばお前達は安心なのだろ、ん?」
「ぇ……ぃゃ。そうですね!ええ、そうです!
取引に応じていただけるならお菓子だって好きなだけ食べられますよ!」
「え!ほんと!?」
「経費でなんとでもなります!それにガルちゃんや、
もし無事だったらカンベエさんも組織に加えられるように掛け合います!」
「またみんなで一緒に?」
「そう、そう!一緒ですよ!」
「そうか!なるほど!すごいな!断る!!」
「えっ」
瞳に輝きを宿す彼女の笑顔が一転する。
恐らく、何を言われたのか理解出来ていないのだろう。
本人は善かれと思って提案したつもりなのだろうけど、
私としてはそんな甘えを許すつもりは毛頭ない。
「チャネルライトよ。別に我を裏切っても構わんぞ!
それがお前の幸せに繋がる選択であれば、我はそれでいい。
騙された!卑怯者!と罵ってそれでお終いだ。
馬鹿だ阿呆だと罵られてそれでさよならだ。
だけどね、自ら切り捨てた選択に縋る事は許しません!
中途半端は駄目なのです!これ、魔王の常識!」
返す言葉がすぐには見つからないのか、
チャネルライトは口を半開きにした状態で固まってしまう。
まったく、仕方の無い奴だなぁ。
「で、用事はそれだけか?」
「いや、だって!!いいんですか?このままだと魔王様は……」
「あー、何をそんなに必死になっているのだ?
状況は人間側にとって有利に進んでいるのだろ?」
「貴方こそ……何故そこまで落ち着いていられるのですか!?」
だーかーらー!
何度も言っているじゃないか!
まったく、チャネルライトは本当に頭が固いなぁ。
よし、ここはいっちょビシッと決めておくか!
「そんなの決まっているだろ。カンベエを信じているからだ!」
私はチャネルライトに人差し指を突き出し、声高らかに宣言した!
大きく目を見開いたのは一瞬、チャネルライトは表情に影を落とす。
「……私の話しを聞いていましたか?」
「よーく聞いていたさ。
すごい強い人間がカンベエの前に立ちふさがる、という話しだろ?
正直、剣聖とやらがどこまで強いのかは皆目見当もつかんが、
なんやかんやで意外にカンベエは勝ってしまうかもしれないぞ?」
「まともに剣聖様と戦って勝てるはずがありません!」
「そうかなぁ?
例えば、カンベエがいつにも増して絶好調だったとするだろ?
そんな時に限って剣聖は昨日食べたフレル貝が当たって絶不調!
お腹がピーピーで剣すらまともに握れないよぉ〜〜〜。
なーんて事があったりするかもしれない。
例えば、勝負する前に剣聖の頭上に隕石が墜ちてきて直撃!死亡!
カンベエ不戦勝!なんてことがあるかもしれない。
例えば、1万回に1回のまぐれで剣聖の攻撃を回避出来たとして、
その隙に繰り出した10万回に1回のラッキーパンチが急所に当たるとする。
そこから100万回に1回出るか出ないかの、
必殺の一撃をお見舞い出来るかもしれない!
そしたらカンベエの勝ち!はい、論破!」
「そんな理屈は通用しません!このままでは全てを失ってしまいますよ!」
その言葉、そっくりそのまま送り返してやろうか。
チャネルライトが私の事を敵として持て余しているのは、
なんとなーくわかっていた。
だけどね。
何か得るためには何かを選択しなきゃ駄目なんだよ。
何も選ばずに得た結果なんて夢の中のプリンみたいなものさ。
この場合は人類か、それとも私か。
ちゃんと選ばなきゃ。
本当に自分が手に入れたい物を見誤っちゃいけないんだよ。
それでも全てを欲するのであれば。
選ぶ事ができなかった選択肢に未練を覚えるのであれば。
それはもう、決死の覚悟で世界を征服するしかない。
誰も見た事の無い、なし得た事の無い夢の先を目指すしかないのさ。
今のチャネルライトにはきっと理解してもらえないんだろうな。
だったら、返す言葉は……こんな感じで良いだろう。
「結果が出るまで、結末は誰にもわからない!」
「負け惜しみを!」
負け惜しみ?
私が?
そうか、チャネルライトにはこれが負け惜しみに聞こえるのか。
じゃ、その間違いを正してあげないとね。
「馬鹿だなぁ、チャネルライトよ。
負け惜しみ、というのはな!負けてから言うものなのだぞ!!」
「だから!もう貴方に勝ち目なんかないじゃないですか!」
チャネルライトの悲痛な叫びを、
否定するかのように、
嘲笑うかのように、
突如、爆発は起こった。
ドオオオオオオオオオオオォォォォォオオオォーーーーーーーンン!!!
牢に挟まれた通路、そこへ奔り舞い上がる粉塵、そして響く轟音。
「え?はっ?」
「なんやなんや?」
「ケホッ、んだよコレ、畜生!」
予期せぬ展開に誰もが困惑する中。
私だけが、あの日交わした他愛のない会話を思い出し、静かに笑っていた。
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『魔王様。登場シーンの練習よりも戦闘訓練をした方が良いのでは?』
『な、何を言うか!?
最初にガツンッ!と我の威厳を見せてやれば、
相手も萎縮して普段の実力を発揮できないかもしれないだろ!
むしろまだまだ派手さが足りないくらいだ!
爆発と共に登場する位の演出は欲しいよな!こう、ドオォーーーーンと』
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塵芥の霧が晴れ、少しずつ視界がクリアになっていく。
崩れ落ちる瓦礫の欠片と、天井にぽっかりと開いた穴が見える。
そしてその穴から、私が待ち望んだあいつが降りてきた。
「よう、ノア。約束通り無傷で戻ったぞ」
「遅い!けど……大義であった!」
ほらね?カンベエは助けに来てくれた。
さぁ、どうする?
チャネルライトよ。
"賽"はすでに投げられた。
私にとっての"勝ちの目"は、天を仰いだぞ!
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・今日の魔王ちゃん 久しぶりのカンベエにニヤニヤ
・魔王ちゃんの軌跡
最短戦闘時間:00分00秒(戦う前に城ごと爆破)
最長戦闘時間:08分59秒(ただし相手は人間の子供)
累計戦闘時間:23分50秒
次回からカンベエ視点に戻ります。
お久しぶりですね、カンベエさん。




