とある末端諜報員の憂鬱な回顧録2
もう少し続きます。
「今日は顔合わせのみでいいだろう!本格的な活動は明日からとする!
各員、しっかりと休息を取るように!それでは解散!!」
おざなりな自己紹介もそこそこに解散を宣言する魔王。
途中、魔王の眷属(カンベエと言うらしい)の視線が私に刺さった時は、正体がバレたかと思いヒヤヒヤしたが、何故か魔王のフォローが入り事無きを得た。
それにしてもこのカンベエという男。
どこかで見た事がある……ような気がする。
うーん、どこだったかなあ。
名前の響きも特徴的だし、何か切っ掛けがあれば思い出せそうな気がするのだけれど。
などと考えている間に、魔王とその眷属の話しは寝所の問題へとシフトしていた。
猪男はいつの間にかいなくなっていたが、まぁアレは放置で問題ないだろう。
「ボクは小柄なので、そこのソファーで充分です」
ラピッドクロウはソファーで眠るらしい。
さて、私はどうしようか。
「私は女だし、魔王様と同じふとんで寝てもいいですか?」
「うむ、まあそれでいいだろう」
駄目で元々、と頼んでみたが案外上手く事が運んだ。
絶対にベッドで眠りたい、という訳ではない。
当然、狙いは別にある。
夜逃げだ。
魔王の隠れ家とその配下についてここまで情報を得られたのだ。
もう手柄としては充分だろう。
同じ寝所で魔王の就寝を確認したら……犬を連れて逃げる!
魔王を暗殺する!などと欲張った事を言うつもりは毛頭ない。
諜報員は引き際を見極める事が大切だ、と先輩も言っていた。
ボロが出る前に逃げよう。
それがいい。
ラピッドクロウはちょっと怖いしね!
「じゃあ俺は、転移魔法で犬と一緒に自宅に帰りますね!」
「「「え?」」」
カンベエさん!それは駄目ぇ〜〜〜〜!!
犬は!犬は置いて行って!!
「まも……ごほんっ!カ、カンベエ!お前、家持ってたのか!?」
「え?ああ。かなり前に買ったんですけど……
城が完成してからは週1くらいしか戻っていなかったし、
久々にゆっくりさせてもらいますね、魔王様!」
「いや、家があるならそっちに行こう!ここじゃ手狭だし!」
魔王の提案にすご〜〜〜〜〜く嫌そうな表情で応えるカンベエさん。
私としては犬さえ置いて行ってもらえれば何も問題はないけれど。
それを言ったところで、何故?と返されたら答えられない。
犬の確保が最優先任務である以上は、犬を見失う訳にはいかない。
そうなると取るべき行動はただ一つ。
「えーと、私もカンベエさんのお家、見てみたいかなぁ」
「え、でも初対面の女性を家に泊めるのもなぁ」
魔王の腹心のわりには、貞操観念だけはしっかりしているようだ。
というか、その言い方だとまるで私が淫乱みたいじゃない!?
諜報員なんてやっているけど私はまだ……じゃなくて!
あ〜〜〜もう!とにかく今、ポメ助を見失う訳にはいかないの!
「ははは、私みたいな素性のわからない女を家に上げるなんて、嫌ですよね?」
「うぉおおおいカンベエ!チャネルライトが泣いたぞ!
まさか女を泣かせてまで我等を拒むとは!真に罪な男だな!」
「え、ええぇ!?いや、そんなつもりで言ったんじゃ……。
ああ!ごめんなさい!俺の家で良ければ歓迎しますよマジで!」
男は裾にナイフを、女は瞳に涙を。
機関の教訓に従いいつでも泣けるように訓練してきた。
これくらいの小芝居なら朝飯前である。
とは言え任務達成への道のりはまだ遠い。
ここからはより一層、気を引き締めて事に当たろう。
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その家は、霊峰ノースリンドの麓にあった。
この辺りの魔物はそこそこ凶暴だ。
私一人ではポメ助を守りながら人里に辿り着く事は困難だろう。
「ここが俺の家です」
へぇ。
これはなかなか。
視界に映るのは、静かな湖畔を眺めるように佇む、小さく白い上品な家だった。
家の前にはこれもまた小さく手入れの行き届いた庭園が客人を迎える。
景観を意識した立地、鮮麗された建築様式、ガーデニングの美的センス。
どこを取っても申し分のない素敵な住まいだ。
だからこそ疑問を覚える。
果たして、魔族が人族の文化を真似、そこで庭いじりなどするだろうか?
そんな話しは聞いた事が無い。
少なくとも機関の資料にそのような記述は無かった。
ん?……機関の資料?
ああ!カンベエさんの顔!
どこかで見た事があると思ったら!
確か機関の資料に載っていた……えーと、何だっけ?
何の資料か思い出せない。
けれど一つだけ思い出した事がある。
カンベエさんは人間だ!
あの資料に魔族に関する記述は一切なかったはず。
でもなんで人間のカンベエさんが魔王の眷属を?
ここで一つ、推測を立ててみる。
私が見た資料は機関員の名簿だった。
カンベエさんは魔王の情報を集めるために潜入捜査をしている機関員である。
うん、きっとそうだ!そうに違いない!
魔王の側近としての地位を確立しつつ、情報を横流しする凄腕諜報員。
なんて大胆な人なのだろうか!
きっと幼少時から厳しい訓練を重ねてきたのだろう。
そういえば、あの長距離転移魔法もすごかった。
転移魔法は習得が難しい。
常人なら黙視できる範囲内での転移が精一杯だと聞く。
だけどこの人はケロっとした顔で長距離転移を成功させた。
しかも私達を一緒に連れた状態で、だ。
世が世なら複数人の転移が行えるだけで宮廷魔術師団の長になれるだろう。
何より正体がバレてもすぐに逃げられる。
これは諜報員にとって大きなアドバンテージだ。
だからこそ、こんな大胆な潜入捜査が行えるのだろう。
しかしそうなると、困った事に私が足を引っ張っている事になるのでは?
カンベエさんほどの諜報員ならポメ助に関する情報を知らないはずがない。
私がムリについて来ると言わなければ……。
今頃カンベエさんはポメ助を逃がせていたのではないだろうか?
私は悶々とした気分を引き摺り、招待されるままに玄関を潜るのであった。
客間に通された一同はソファーに腰をかける。
座り心地は……うん、悪くない。
「みなさん、何か飲みます?」
「我はミルクティー砂糖増し増し」
「ボクはミネラルウォーターで」
「コーヒーがいいです。ブラックで」
飲み物の注文でその人の性格がわかる、と言っていたのは誰だったか。
まったくくだらない迷信である。
注文を聞き届けたカンベエさんはキッチンへ向かおうとして、ふと足を止める。
おそらく、原因はこの二人。
魔王とラピッドクロウに違いない。
自分が目を離した隙に、ポメ助に危害を加えないかが心配なのだろう。
「大丈夫ですよ。見てますから」
私はカンベエさんに微笑みかけた。
この二人がポメ助に危害を加えないよう、しっかり見張っておきます!
そうメッセージを込めて。
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あれから、一週間の時をこの地で過ごした。
時には皆で庭の手入れをし、時には皆で食卓を囲み、
時には皆で星を数え、寄り添うようにして眠りに就いた。
沈む夕日を7度も送れば、見えて来る景色もまた変わる。
私は魔王一行に関するいくつかの認識の誤りに気がついていた。
その1。
魔王様……こほん、失礼。
魔王Sは弱いということ。
悪逆非道の限りを尽くした歴代の魔王と比べると、
その行動は人畜無害と例えるより他にない。
その2。
ガルちゃん……こほん、失礼。
ラピッドクロウの魔族は当初想像していたほどの脅威ではなかった、ということ。
ポメ助もよく懐いている。
迷信は所詮迷信だった、という事か。
その3。
カンベエさんは諜報員ではなかったということ。
何度か合言葉を送ったけれど、まったく反応がなかった。
正直、少しだけショック。
人族なのは間違いないと思うのだけれど……いったい何者なのだろうか。
魔王の眷属を自称しているけれど、どちらかと言えば魔王の保護者にしか見えない。
そして最後のひとつ。
これは私にとって最も遺憾で、出来れば一生気がつきたくなかった事実だ。
その4。
それは、この生活を……以外に悪くないと思っている自分がいる。
ということである。