10:魔王ちゃん、励む
壮麗たる霊峰ノースリンドの斜面を、目覚めたばかりの曙光が撫でる。
現在の時刻は午前5時前。
魔王ちゃんの朝は今日も早い。
「すぴー、すぴー、むにゃむにゃ」
失礼。今起こそう。
「起きろや駄目魔王!」
寝ている魔王ちゃんの布団を無理矢理剥ぎ取る。
甘やかさないと決めた以上は徹底的に人事を尽くす。
それが俺の流儀である。
「ひぇっ、さ、寒い!」
だろうな、この地方は季節に関係なく朝は寒い。
そういう場所なのだ。
逆に考えれば、走り込むには丁度良い気温とも言える。
体は資本。
故にまずは体力から鍛えてもらおう。
「走り込みだ。湖5周するまで家の中に戻る事は許さん!」
「はぁ?何時だと思ってるんだぉ」
「四天王にアレをバラすぞ?」
「ぐぬ!?」
勇者との再戦は無かった事にしてある。
理由付けは適当、「勇者留守だった!」で誤魔化せた。
だれも嘘だとは思っていないようだ。
魔王ちゃんよ、四天王の緩さに救われたな。
「勇者に為す術も無くボコボコにされたと」
「く!はいはい、起きますよ!ふぁ〜」
うんうん、こうして本人もやる気に満ちているのだ。
できる限り厳しく指導させてもらおう。
〜午前6時:走り込み〜
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……何故に魔王である私がこんな真似を……」
「大丈夫!君なら出来る!」
〜午前8時:滝行〜
「おぉ〜ぃ!こんな寒いのに滝行とかムリぃ〜〜ヘプチッ!」
「大丈夫!君なら出来る!」
〜午前10時:薪割り千本〜
「どんだけ薪割りすればいいんだよぉ〜〜」
「大丈夫!君なら出来る!」
〜午後2時:遠泳〜
「ま、また水攻め、いやいやムリだし!」
「大丈夫!君なら出来る!」
「いや、本当に!腕の力だけで向こうまで泳ぎきるなんてムリ!」
「大丈夫!君なら出来る!」
「それしか言ってないじゃん!?」
〜そして午後4時〜
「どうした!息が上がっているぞ!
まだこれからスクワット666回を控えているんだ!立て!」
駄目魔王改善計画は順調に進んでいる。
今は場所を自宅に移しトレーニングを続行中だ。
必死な形相で腕立て伏せに励む魔王ちゃん。
それを物珍しそうに眺める四天王の二人と一匹。
いつもと変わらないメンバー、いつもと同じ客間。
それも昨日までの話しだ。
ここはもう戦場、一切の甘えは許されない。
俺は室温が少しずつ上がっているような錯覚に陥る。
「ひぃ、ひぃ、んな事言われても、私には、も、限界っ」
「そんな事で勇者に勝てると思っているのか!」
泣き言を許すつもりは無い。
俺は激しく叱咤する。
その様子を眺めていたチャネルライトさんが、ここで口を挟む。
「でもカンベエさんだって一度も勇者と対峙した事ないですよね」
切り込んだ指摘を受け、俺は思わず固まった。
「うーん。言われてみれば確かに。
カンベエは最古参の幹部ですよね?
何で一度も勇者と戦った事がないのですか?」
ガルガントリエもチャネルライトさんの指摘に追従する。
うん、確かに俺は勇者と戦った事はない。
いつか指摘されるだろうと思っていたが、存外早かったな。
これは俺も出るしかないかなー。
「ま、待て!カンベエは駄目だ!」
と思っていたら、魔王ちゃんが会話に割り込み、制止の言葉を投げかける。
なんだ?俺を庇ってくれるのか?
どんだけ甘ったるいんだよ。
まぁ、その優しさにいつも救われている訳だが。
けどそれじゃ逆効果だぜ。
「何故ですか?」
「それは……他にやってほしい事がいろいろあるし!」
「やって欲しい事とは?」
「転移で各地の情報を調べたり!転移でパン買って来たり!いろいろだ!」
「勇者達の居場所はわかってますよね?パンなら私が作れます」
「とにかく!カンベエだけは駄目だ!駄目ったら駄〜〜〜目ぇ〜〜〜!」
チャネルライトさんはただ純粋にわからないといった表情で言葉を返す。
淡々と並べられた一語一句は、ただそれだけで魔王ちゃんを追いつめる。
なんだか俺がいたたまれない気持ちになってきた。
「お話になりませんね。
別に配下全員を平等に扱えとは言いませんが。
それにしたって魔王様はカンベエさんに甘過ぎる」
「なっ、そ、そんなことはない!」
「でも確かに、カンベエって魔王様に対して口が悪いよね。
なんで魔王様は平気なの?ボクだったら普通に怒ると思うけど」
「それは……えと」
「少なくとも筋の通る説明だけはしてほしい、と思う私は我が儘でしょうか?」
張りつめた静寂が重くのしかかる。
誰もが、何も言えずにいた。
仕方ないとばかりにチャネルライトさんは続ける。
「では質問を変えましょう。
魔王様がカンベエさんを特別扱いする理由。
それはもしかして、カンベエさんが人間だからですか?」
驚愕の表情で答えを返す魔王ちゃん。
なんだ、もうバレていたのか。
そう、俺は人間だ。
魔王ちゃんは人間の俺を初めての眷属として傍に置いたのだ。
然しものガルガントリエも呆けた顔を晒し驚いている。
犬は、まぁいつも通りだ。
そしてチャネルライトさんは……。
「答えられないのであれば、今日、私はここを去ります」
真っ直ぐ魔王ちゃんを見据えて返答を待っていた。
俺はここらが限界だと感じた。
だから。
「いいよ、やろう」
覚悟を決めた。
いや、本当はもうずっと前から決めていた事だった。
「しかし!」
「いいんだ、俺は……ノアの眷属だから」
魔王シャムノア・シャンメリー。
この人を生涯の主に決めた時、俺は自分の心に誓った。
己の魂が擦り切れるまで、共に進むと。
口では辞めるだの逃げるだの言ったって、結局のところ俺は、魔王ちゃんと離れるつもりなんて更々なかったのだ。
なら俺がすべき事は一つ。
「魔王様は配下に特別扱い等しない。
勿論、俺も勇者と戦えるさ。何か問題あるか?」
「ふふふ、いいえ?それなら何も問題はありません」
そう言うと、チャネルライトさんは蠱惑に笑ってみせた。
爛れた心に悲鳴を捧げ穿った未来だ。
ここで退くくらいなら、彼方まで堕ちてくれようか。
さようなら小さな尊厳。
「勇者は俺が殺すよ」
こんにちは、悪の華道。
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・今日の魔王ちゃん いつになくシリアス!
・魔王ちゃんの軌跡
最短戦闘時間:00分00秒(戦う前に城ごと爆破)
最長戦闘時間:08分59秒(ただし相手は人間の子供)
累計戦闘時間:23分15秒
ノア=魔王シャムノアの愛称