第2話
初めての飛行練習を行った日はまともに飛べてはいなかったが、何とか空中に浮くことまではできた。
母親鳥も安心したのか、三羽分の餌を調達していた頃より顔色が良いことにアルクは気づいていた。
母親鳥が安心した理由は簡単だ。三羽の息子が全員、飛ぶことができるようになったからである。渡り鳥は長距離を飛んで移動しなければならない。飛ぶことができなければ生きていくことは困難だからだ。
その日の夜、大樹の巣の中で母親鳥はアルクに話しかけた。
「アルク、よく聞きなさい」
「なぁに、母さん」
「あなたはこれから、たくさんのことを経験すると思うわ。私たち以外の多くの生物のこと。また愛を知ったり、そしてこの世界を。その経験をあなたの一生の宝にするのよ」
「じゃあ、母さんもたくさんの経験をしたんだね」
「ええ、そうよ。この世界はとても美しい。でも危険でもある。あなたはそんな世界で生きていくのよ」
話を聞いている途中でアルクは眠りについてしまった。初の飛行練習ではしゃぎ過ぎて疲れていたのだろう。
母親鳥もそんなアルクを抱きしめるように眠りについた。
翌日、アルクは再び飛行練習を始めた。
アルクの成長速度はとても早く、もう獲物を捕らえることができるまで飛べるようになっていた。
アルクは改めて飛ぶことを楽しく感じた。
「母さん見て見て!もうこんなに飛べるよ!」
「今日は風が強いからあまり高く飛んじゃダメよ!」
「わかってるよ母さん!」
森の中を飛んでいるアルクは、ふと頭上から光が差していることに気がついた。
それは太陽だ。その太陽は雲と雲の間から下界を除くように光を差していた。
普段、森の中の大樹の中の巣で育ってきたアルクには、空というものも太陽というものもわからなかった。
「あの眩しい光はなんだろう」
アルクは太陽の光に誘われるように上へと飛んで行った。高く飛んでいる途中、母親鳥の言葉を思い出したが、少しなら大丈夫だろうとアルクは思っていた。
やがてアルクは森の木々の上空にたどり着いた。
その景色にアルクは驚嘆した。
遥か彼方まで見えるその世界はアルクの世界に対する好奇心を揺さぶった。
巣がある大樹の少し遠くに滝があり、また湖もあった。とにかく、自分が育ってきた巣の近くにこんなものがあったのは初めて知った。
アルクはさらに高く飛んだ。しかし、その途中、頭上から差していた光が消えた。
太陽が雲に隠れてしまったのだ。その途端、急に風が強くなった。アルクの身体は軽く風に流されやすかった。なので、アルクは森の中に戻ろうと下降を始めたが、遅かった。
アルクの身体は持ち上げられるように風に流されてしまった。アルクは羽を羽ばたかせ抵抗したが、その抵抗も虚しくどんどん流されていった。
そしてアルクは気がついた自分が流されていく先に竜巻が発生していたのだ。
「母さん!母さん!」
アルクはそう何度も叫んだ。しかし、かなり高く飛んでいたアルクの声は森の中にいる母親鳥には聞こえていなかった。
アルクは竜巻の中に巻き込まれてしまった。
竜巻の近くで雷鳴が轟き、荒々しい突風の中をさまようアルクは意識を失ってしまった。