第3章 責任
禁煙男は断首刑に決まりました。
街の広場にギロチン台が設置されました。
断首刑の当日、街の広場は多くの見物人で溢れ返っていました。
その中に禁煙男の老母もいました。
老母は夫を失い、息子も失おうとしているのでした。
老母に身寄りはありませんでした。
老母は天涯孤独の身になろうとしているのでした。
老母は思いました。「息子に禁煙をすすめるのではなかった」
老母も老父も大の嫌煙でした。
ふたりとも生まれてから一度も煙草を吸った事がありませんでした。
ですから一日中煙草を吸っている息子に、何度も禁煙をすすめました。
その息子が禁煙したので、ふたりは「よかった、よかった」と手を取り合って喜んだものです。
老母は考えました。「息子が禁煙していなければ?」
断首刑の直前に、情の深そうな関係者が、禁煙男に向かって煙草を一本差し出しました。
けれども禁煙男はキッパリと断りました。
禁煙男は幼虫に戻る気はありませんでした。
禁煙に成功した禁煙男は、さなぎから孵化して蝶になり、大空に羽ばたいたのです。
確かに誤った方向に羽ばたいたかもしれませんが、間違いなく蝶になったのです。禁煙に成功したのです。
また幼虫に戻って、煙草を吸いたいとは思いませんでした。
禁煙男は晴れ晴れとした表情で、笑みさえ浮かべて、ギロチン台の階段を昇りました。
その笑みを見た瞬間、老母は心の中で叫びました。
「狂っている!」
(つづく 最終更新日13年02月19日)




