第16話:この次、どうしましょう?
薄暗がりの中で希は自分のより大きくて冷たい手に口を塞がれ、左手は背中に回された手に押さえられていた。かろうじて右手は開いているものの、男が希の口を塞いでいる手に持っているナイフが希の首へと向けられているため抵抗する事はできなかった。
「…………。」
「………。」
木佐原希もとい、キシャーラ・アゼイル。現在何者かに捕らわれております。
ど、どうしましょう…?
てか、この人の動き速っ!捕まるまであっという間でしたよ。
5秒くらいかな?私の脱走時間。
「あなたは………。」
頭上から声が落ちてくる。
声が少し高い。
顔はフードに隠れて見えないけれど、その下は私と同じくらいの年の人だと思う。
「………男?」
………ほぅ?
コレが恋人だったら抱きしめてるっていわれる格好なのに分からないと?
背中に手を回しているのに背中の贅にk…げふんっげふん…女らしい柔らかさが分からないと?
これだけ密着しているのに、ささやか過ぎて胸の膨らみも分からないと!!??
ムッとしながらできるだけナイフから首を反らせて男の言葉を聞く。
「こんな筈は……。いや、あなた、女を知らないか?黒髪の。」
ふん、口から手を離さないくせに聞かないでほしいですよ!答えられるわけがないでしょうがっ!
それに女の人なんてゼラしか見てませんよ。という事で首をナイフに当たらない様に横にふる。
「左の鎖骨の下らへんに傷跡のある女……子供なんだけれど。ちょうどあなたのような。」
首を振っていた動きがぴたっと止まる。
『左の鎖骨の下らへんに傷跡のある女』。
それは肩に近い位置にあって滅多に他人には見られないはずの位置にあるもの。
仲の良い友達だって知らない。
私の傷跡。
どうしてそれをこの人が知ってるの?
頭の中が真っ白になる。
「どこに居るんだ?もしレオールから口止めされているならそれは心配しなくていい。」
レオール。嫌な予感がする。あの人が何を口止めしたの?
何が起こっているの?なんで私の傷跡を知ってるの?
なんで?
不安が胸を満たした。
「そいつは―――」
耳元でささやかれた言葉に力がふっと抜けた。
「レオールが必要ないと判断したんだ。」
必要ないという言葉に含まれた響きに
ぞっとした。
足ががくがくと震えてくる。
この感じを私、知ってる。
ベッドにナイフを投げられたときには感じられなかったのに。
だからナイフをあてられても平気だったけど。今は、無理。
これは、殺気。
一撃で獲物をしとめるような気迫。
獲物は、誰?
「俺は、夜の王なんだ。これがどういう事か分かるだろう?」
乙女を殺した夜の王。
それを聞いて悟った。
この人は私を殺しに来たんだ。
『乙女なんでしょ?』
王子の言葉がよみがえる。
『私なんでこの世界にいるんでしょうか?』
『うーん。ごめん、わからないんだよね。』
今思えば、王子の言葉に私についてのはっきりとした発言は無きに等しかった。
王子に、裏切られた訳じゃない。
此処に居ていいなんて、王子は一言も言ってない。
元の世界に戻れる、なんて事も聞いていない。
王子から命の保障なんてされてない。
私が、一方的に勘違いしてただけ。
私が異質の存在だから、この世界に必要ないから。
それは間違ってない。
だから―――
頬を一滴、雫がつたった。
(バカみたい。)
はしゃいでいた、さっきまでの自分を自嘲した。
くっと涙をこらえ、目の前の男を見上げると、ナイフが首を掠めた。
小さな痛みが、これが現実なのだと改めて教えてくれる。
(帰れるなんて一言も言われてないのに…。もう、帰れないかもしれないのに……。)
ぽろぽろと涙があふれ出た。
「…うっ……えっぐ…う、ぅううう…」
つられるようにして嗚咽がもれる。
滲んでいく視界の中で男が驚いたようにピクリとしていた。
それでも
(この世界は…私の世界じゃない……。)
今更気づいた喪失感に涙が止まらなかった。
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「……落ち着いた?」
心配げに声をかけてくれた。
「もう、平気…。」
目じりに残っていた涙をはらった。
悪い人ではない……と思う。
泣き始めた私をベッドに座らせ、危害を加えるつもりはなかったと懸命に謝っていた。
自分を殺しに来た暗殺者に優しく声をかけられている内に、何かおかしくない?と気がついた。いくら私の事を探している乙女だと気づいてなくても夜の王がこんな事するかな?
「何であなたが泣くんだよ。」
ぽつりと困ったようにつぶやいた男に不信感がつのる。
この国の闇を消しさってきた夜の王なら、人の涙を見る事なんか頻繁にあるんじゃないの?
なのに、涙が苦手なんて暗殺者が言うような言葉じゃないと思う。
やっぱりこの人は、夜の王じゃないのかもしれない。
「涙は苦手ですか。」
ちょっと皮肉を込めて言った。
涙は止まっても、気持ちは沈んだままだった。
「………死を前にして、恐怖に泣く者、喜びに泣く者、人を哀れみ泣く者……そういった人たちはたくさん見てきた。…けど、あなたみたいに喪失感で泣く人は初めて見た……。」
喪失感とぴったり言い当てられたのに腹が立った。
違う世界に一人って事がどんな事かわからないくせに!
どうせ泣いても喚いても私が乙女だって分かったら殺すくせに!
暗殺者のくせに!なんで、なんで…人の気持ちを分かったように当てちゃうの!?
また、目頭が熱くなってきた。
「黒髪の女なんか知りません。王子様に此処だと聞いたのなら間違いです。」
こんな奴の前でもう泣くもんかと涙をこらえ、きっぱりそう言ってやった。
声が少しだけ震えた。
「いや、此処だと聞いたわけじゃないんだけど……。」
暗殺者のくせにしどろもどろしてるのも気に食わない。
「じゃあ、何で此処にきたんですか!?」
いらいらがつのり、思わず叫んだ。
男は一瞬怯んだかと思うと、負けじと声を荒らげた。
「俺がそいつをこの部屋に運んだからだよ!!それで今日の仕事も終わったし、様子を見に来るついでにレオールの所に寄ったら、『気にいったのなら、あげるよ』って言われて。だから殺しに来たんだ!!」
………は?
急に子供っぽくなった口調にも少し驚いたけど、それより言っている内容が理解できない。
この人が私を運んだ?
この部屋に?
「…どういう事?」
「だからっ!そいつが昨日入り口の庭の噴水近くで倒れてたからこの部屋に運んだんだよ。」
入り口の庭って昼間の?じゃなくて!!
「そうじゃなくて、王子様がなんて??」
「『気に入ったのなら、あげるよ』って言った。」
「それだけ?」
「それだけ。」
………。
「えっと…『殺せ』とは言ってないわけ?」
「あぁ。」
……嘘でしょ!?
てか、だったら何で私の事殺そうとしたんですか!?
王子様『あげる』しか言ってないじゃん!!
あまりの衝撃に不快感なんて消えうせてしまった。
「『あげる』が一体どこで殺す事に?」
「それは……『あげる』という事は、自分が『要らない』からって事じゃないのか?」
首をかしげて聞いてくる。
レオールが要らないと感じたらそいつを消すのが俺の仕事。
「……信じられない…。」
がっくりとうな垂れる。
男の考え方に憤りを通り越して呆れを感じる。
(絶対、この人夜の王じゃない。口調からして偽者だ。)
「何がだ。」
むっすーっとした声でふくれているのがよく分かった。
あのねぇ、とため息をつく。
「王子様がその人の事を気に入らないからって、その人を必要としてないからって消すのは違うでしょ!?絶対に、間違ってます!第一にその子の事を『あげる』なんていった王子様もおかしいとは思うけど、そこで、はい分かりました。っていうのが一番おかしい!!」
むしろ、『あげる』と言われたなら―――
「貰ったものは大切にすべきです!!」
「………………。」
暫くの沈黙が続いた。
そこではっと気づく。
………この人私を殺しに来た人でした。
調子乗りすぎた!?もしかしてグッサリ刺されちゃうパターンですか?
でも、私の事乙女って気づいてないっぽいし大丈夫だよね??
お説教しちゃったよ…。
何も応えない男にびくびくしてると、急にベッドに腰掛けている私の前に方膝をついた。
そして―――
「俺と、結婚してくれないか?」
「あ、それいいと思うよ。」
「よくありませんわっ!!」
「お、お前っ!ルノ!?」
一人のプロポーズと、三人の声が響いた。
はいぃーーーーーーーーーー!!??
なんでッ!?