表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水の都の乙女  作者: 姫青
第1章
15/22

第14話:恐怖と歓喜と絶望と

今回はレオール視点です。

生ぬるい風が体を包み込む。

人によっては吐き気がするほど嫌いなこの風がレオールは好きだ。

頭が重く感覚が鈍くなるこの感じがたまらなく好きだ。



クイスピス国第一王子、レオール・バシュ・クイスピスは好きな風に包まれながらバルコニーの手すりに肘をもたせ寄りかかるようにして空を仰ぎ見た。

暗い夜空に何十億もの星が散らばって力強く瞬いている。

静かな夜だった。

こんな夜は騒がしい事が多いのに歌もささやき声も何も聞こえない。



何も、見えない。

それは、来訪者がいることを告げている。



レオールはゆっくりと目を閉じる。

耳から聞こえてくる音に集中すれば、コツリ、という音が聞こえた。



静かに、しかし深く息を吐く。



うっすらと目を開けると、部屋から漏れた明かりが届かないバルコニーの端に立っている。

暗がりにその姿を隠して。

その足先を確認してレオールはまた目を閉じる。






「気に入ったのなら」



静かな空にレオールの声だけが響く。






「君にあげるよ。」







生ぬるい風がザザザッと木を揺らして吹き抜けた。

ふいに、どこからかささやき声が聞こえてくる。





星空に照らされたバルコニーにはレオールが一人、風にあたっていた。





*********************************




コンコン、とノックの音がして入ってきたのはゼラだった。


「失礼します。」

一礼して入ってくる姿になんとなく寂しさを覚えた。

「堅苦しいなぁ。シュゼみたいに接してくれたほうが嬉しいんだけどな。」

「殿下とそんな軽々しく話せるのはあの馬鹿くらいのものですわ。」


王子様……ゼラが僕の事をそんな風に呼ぶようになったのは2年前からで、それまではゼラもシュゼと同じように僕の事をレオと呼んでいてくれた。

本当は前と同じように呼んでほしかったけれど、一度決めた事を覆すようなゼラじゃないって事も知っているからね。


「シュゼはあの子のところにいるの?」

「はい。キシャーラ様は眠っていらっしゃるので隣の部屋に待機させてますわ。」

「シュゼにアレ、あげたの?」

だったらかわいそうだなーと思いつつ聞いてみる。


「もちろん。」

にっこり笑って言うところがやっぱりゼラだよね。


「キシャーラってあの子の名前?」

「ちょっと発音が違うらしいですけど。こちらではキシャーラ・アゼイルという名で呼んでかまわないと。」


アゼイル…


「アゼイルって誰の案?」

「シュゼですわ。」

「ふーん。」



その名の本当の意味を知ったとき、シュゼはどうするかな?


あ、そういえば。



「今朝もボロボロにしてたね。」

シュゼの腕、変な角度に曲がってたからきっと折れたんだろうな。



「……ちゃんと治しておきましたわ。……キシャーラ様を部屋に一人にしたのは私のミスですわ。申し訳ございません。」

ゼラがすまなそうに俯く。


「いいよ。気にしないで。それに、扉の傍で第一部隊のトップの二人がじゃれてるのに、気づかれずに部屋に忍び込むなんて僕くらいしかできないだろうし、魔よけディジュバもあったしね。さ、座って。」

ソファへと促しながら、それに…と続ける。



「シュゼ、守護のキスしてたしね。あれが原因なんでしょ?」



僕があの子の傍に寄ったとき、小さなまじないが掛かっていた。もちろん、すぐにつぶしちゃったけどね。だって、あの子にはシュゼの守護なんて必要ないからね。


「えぇ、キシャーラ様はそれに驚いた拍子に魔よけディジュバに頭を打ってしまって気絶なされたのですもの。本当にあの馬鹿はどうしょうもありませんわ。」

はぁ、とゼラがため息を一つつく。

その様子がしようのない弟の話でもしているかのようで、羨ましかった。



ゼラはシュゼと僕にとってお姉さんだった。

年が近かったせいか僕ら三人はいつも一緒にいたのを覚えている。

ゼラに叱られた事だってあった。

今だってよくシュゼは怒られているしね。




僕らはゼラの事を慕っていた。

けれど、ゼラは震えていた。






僕に対して。




『私は……』

それは、震える小さな口からつむがれた。







『あなた様が恐ろしいんですの。』







ゼラが僕の事を王子様と呼び始めたのはそれからだった。





「それで、キシャーラ様のことなんですけど、あなた様にお会いしたいと。」

あの時と同じ小さな口が動く。



「どうして?」

「どうして?じゃありませんわ。キシャーラ様を一体どうするおつもりですの?あの子も不安がっていますわ。」

責める様なゼラの口調に口角が少し上がる。




たとえ、どんなに僕の事が恐ろしくても




僕にとって



ゼラは。



シュゼは。





大切なひと。




だから





「それは、彼しだいかな。」

抑えられなくなった笑みが漏れる。



「彼?」





君にも、と





「今日は珍しく、精霊たちが静かだったよね。」

「はい。先ほどこちらに来るときに感じましたが…。」

ゼラが眉をひそめる。





願わずにはいられない。




「……!!まさか、あの人がっ!?」

何かに思い当たり、ガタッと立ち上がったゼラは驚愕の表情を浮かべている。


「あげたんだよ、あの子を。」



「あ、貴方様という人はっ!!」

静かに告げる僕に憤りをあらわにしたゼラはそう言うと急いであの子の元へ走っていった。





一瞬だったけど、僕には見えた。




ゼラの小さな唇が震えていた事を。




だって





己の影のごとく黒い衣服と。夜の暗がりにその色を潜める髪と目と。



身に纏う







彼こそが王だから。






*********************************




カーペットを踏みしめて





寝息の聞こえるベッドへと向かう





暗がりに月の光が反射する白刃を




握るその掌から溢れるのは









恐怖と歓喜と絶望と。







シュゼとゼラのじゃれあい=ゼラによる一方的なシュゼいじめですw

【彼】については活動報告をどうぞ


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ