第12話:お茶の時間に致しましょう
中盤から視点が変わります。
暖かくふんわりとした風に包まれる。それは日本の春を思い出させる香りを含んでいた。
そろそろ太陽が真上に昇るころだろうか、やさしい光が迷路のような庭と四人に降り注いでいた。
「まったく、何で貴方は部屋にこもるという事ができないんですか?」
「ちゃんとこもってただろー?それに、外に出ないと分からない事もあるんだよ。」
ぶすっとふて腐れて文句を言う少年の横でベイルが首をほぐす。
「書類つくるのに外に出る必要はありません。いい加減に仕事してください、仕事。」
肩辺りまでの身長しかない少年に叱られる大男という構図はなかなか面白い。
ていうか、やっぱり仕事してなかったんですね、団長さん。
「息抜きするのは勝手だけれど、人に迷惑をかけんないでほしいよな。」
私の隣を歩いていたシュゼにちらりと見られる。
「何だよ、お前も敵か。かすり傷ぐらいでうるさい奴らだな。」
少し歩みの速度を落として、私の横に並んだベイルはくいっと私の顎をつかみ上を向かせ、首をすっとなでる。
「っ…!」
なでられた所がひりひりと痛い。
そっと手を首に当ててみれば、少し盛り上がった一本の線があった。
これって、さっきの?
……団長さん、かすり傷が問題じゃないんですよ。初対面で傷をつけるその行動が問題なんです!!
少年よ、君の言っていた団長は危険人物発言に激しく同意するよ。
この人はアウトです。
「傷見せてください。僕はヴィクリアス・メラ・ヘルツです。」
「ヴぃ、ヴィクゥリエ…?」
駄目、無理、難しい。
フルネームなんて舌が回らないの分かってるから言うつもりないから言えなくてもいいけど、名前がそれだと困る。きっと発音とかいろいろ違ったんだろうな。
だって、ヴィなんとか君顔引きつってるもん。…おぉ、すごい!口の端ピクピクしてるよ!!
……そんなにひどい発音だったでしょうか?
「……ヴィク、でいいです。」
渋々といったようにヴィクが言う。
「ヴィ…ヴィク君。」
「………君は結構です。」
うん。だよね、
なんか、クと君の間にフシュって音が入ったし。
「よろしく、ヴィク。」
「えぇ、よろしくお願いします。」
にっこり笑ってヴィクが手を差し出す。
ヴィク……目が笑ってないよ?
握手をしようと、手を伸ばして途中で止めた。
……大丈夫だよね?抱きつき(というか絞め殺し)とかないよね?
ヴィクは普通そうだし…。
直前で止まった私の手をすくうようにしてヴィクにつかまれた。
うん。普通だ………ん?
手のひらを返してみれば小さな蛇のようなものがさわさわと手から滑り落ちてヴィクの足元へと這っていった。
ギャーーーーー!!!!
何アレ!?
気持ち悪っ!どっからでてきた??
まさかのスパ〇ダーマン的に手首から……ってないか。
……一応手首確認するけど。
そろりと手首を確認したけどなんともなかった。
「安心していいぞ。ちょっと気を診ただけだ。」
はははと笑いを零しながらベイルが教えてくれた。
「……不思議な気をお持ちですね。でも魔力に耐性はあるようですから、治しておきました。」
さらりと言われたので一瞬何のことだか分からなかったけれど、すぐに思い立ち、首に手を当てる。
(治ってる!!すごい!これって、魔法?だよね……。)
「ありがとうございます。」
頭を下げるといいえ。と返される。
「それで、貴方一体ゼラさんとはどういった――!?」
むがっとベイルがヴィクの上にのしかかり口を塞ぐ。
「ったく、ゼラ信者め。嫉妬か?嫌われるぞ。あいつ、嫌いな奴はとことん嫌いだからな。」
「好き嫌いがはっきりしているなんて素敵じゃないですか!!だって、ゼラさんとはぐれるなんていくらここが入り口の庭でもありえないじゃないですか!!」
ぶはっと口を覆っていた腕をどけてヴィクが主張する。
ありえない……な。
ポツリと隣でシュゼが漏らす。
(………?)
「あーもう、ギャーギャー騒ぐなうるさい。」
あー、と耳を両手で塞いだベイルにヴィクがまだ何かぶつぶつ言っている。
ヴィクってゼラの事大好きなんだねー。わかるよー。
ゼラのかわいさは半端ないもんね!!
わいわいと騒ぎながら四人は団長室に向かって進んでいく。
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ティティティ、トポポポポポ……
しんっとした部屋に水音が響く。
ティーカップを暖めるためにカップに注がれたお湯がはねる。
むわっと湯気があがり、ポットを持っていた手が暖かさに包まれた。
顔をあげると白い湯気が目前に広がっていた。
まるで、霧のように―――。
生ぬるい風はこの時期特有のもので吐き気がする。
男の腕に抱えられた少女はすでに固くなっていた。
顔にかかる美しい黒髪を払えば白く愛らしい顔が姿を現す。
女と同じエメラルドグリーンの瞳はもう見開かれる事はない。
ゆるやかにウェーブした髪の毛先には血が、黒く変色して髪にこびりついていた。
一体私はどこで間違えたのだろう。
『なぜ!?なぜ彼女が……!!』
透明な雫が少女の頬を濡らす。
愛しい男の腕に抱えられ、幾度となく叫ばれる少女の名に答える者はない。
『っく……!あなたの……あなたのっ、ぜいだっ!!あなたのせいでリルはっ…!』
紫の双眼はまっすぐにそばで立ち尽くす女を射抜く。
どれほど頼んでも決して動かなかった女を。
大丈夫だと、少女を助けなかった女を。
少女が大好きだと言っていた、彼女の――姉を。
ねぇ……目を開いて。
いつものように笑って。
私の、かわいい、かわいい妹。
霧が行く手を遮る。
女はただ、走り続ける。
もう、どこを走っているのかすら分からない。
足が動いているのかさえも。
体が沈む。
―――お願い。
後に聞こえるのは精霊たちの死の叫び。
頬をなでる風には死の臭いが混じっている。
吐き気が、する。
女が纏うのは死と魔力。
制御のきかない溢れた力。
制御しようとしない力。
自らの後に残るのは死のみ。
走り続けた先にあるのは死か生か。
女は願う。
―――――『私を殺して。』
一瞬の静寂の後に聞こえた返答。
『生かす。』
走り続けた先にあったのは生き地獄への宣告。
頬を伝う雫は一体誰のためのものなのだろう。
恐怖と歓喜と絶望と。
絡めとるように流れていく。
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シュー……――
掠れた音がお湯が沸いたことを告げる。
人数分のカップに紅茶を注げばふわっといい香りが広がる。
ガチャ
「お、いい香りだな。」
「よかった。こちらにいらして。」
扉をくぐるようにして入ってきたこの部屋の主の横を黒髪がするりと通り過ぎ、一直線にゼラの元にやってくる。
「ゼラ、ごめんね。はぐれちゃって。」
申し訳なさそうに紡がれる言葉に希の髪をやさしく梳きながらこたえる。
「気にしないでください。もとはといえば団長が悪いんですから。」
ゼラの行動が意外だったのか、少し動揺していた。
「なんだー?悪いのは全部俺かよ?」
「そうです。ゼラさんに迷惑をかけないでください。」
間髪入れないヴィクに希がくすくすと笑う。
あぁ。
笑ってくれた。
黒髪をゆすって笑うその姿に頬がほころぶ。
「あ、そうだ。ゼラさん、お二人は一体どういった関係でいらっしゃるのですか?」
ゼラと希を交代に見ながらヴィクが尋ねる。
「お茶が冷めてしまいますわ。お話は飲みながらに致しましょう。」
久しぶりに一緒にお茶をしましょう。
私の、かわいい、かわいい妹。
活動報告はまた後ほど