第9話:日本人に対する接し方は0点です
「さてと、じゃあとりあえず話も終わったし、騎士舎に行っておいでよ。」
アントニオ○木ありがとう!!と両手をあげて叫びたい気分の私の耳はしっかりと王子様の声を聞き取ることができなかった。
……きしゃ?
もしかして騎士舎ですか!!?
「行きます。行きたいです。行かせて下さい。」
きっぱりと主張すると王子様にくすりと笑われた。
「女の子には申し訳ないけど、やっぱりあそこが一番安全だし、シュゼやゼラもいるからね。」
そう言って上品に椅子から立ち上がる姿が格好よくて思わず見とれてしまった。
だから
「僕は用事があるから一緒には行けないけど、喜んでくれてるならよかった。」
でも……と続ける王子様の顔が目の前に迫ったときには何も言うことができなかった。
「シュゼとばっかり遊んでちゃだめだよ。」
耳元で囁かれた言葉は頬にあたる柔らかい温かさできえた。
「おぉぉぉっぉおう、ぉう王子様!!?」
頬に手をあて椅子から勢いよく立ち上がる。
手にじわじわと熱が伝わってくるのを感じる。
何してんですかぁ!!??い、今ほっぺにき、きききキスしましたよね!?
あの、しっとりとした感じ!いくらぼーっとしててもそれぐらいわかりますよ!!
……ま、まさかそのばーっと顔が物欲しそうにみえたとか!?
いいえ、欲しがってませんから!!……
本日二回目のびっくり体験に脳内が下手をすれば運動会でも始まるのでは?というほど大騒ぎしていた。
「レオール・バシュ・クイスピス。レオって呼んで。あと、普段は敬語なしでいいからね。」
そんな私の脳内なんか露知らず、私にキスをした張本人はいたって普通に、じゃあね。と軽く私の頭をぽんぽんと叩いて部屋からでていった。
視線を横にずらせば、ゼラとばっちりと目が合った。
ゼラはにっこりと微笑んでくれたが、いたたまれない。
いつのまにか出窓に腰をおろし寛いでいたシュゼに目線の先を変えるが、特に何も。といった無表情な顔でわずかに首をかしげた。
…まさか、コレが普通なんでしょうか!?
初対面の人にちゅっちゅするのが!?
確かに、ここは欧米風だから文化も似ている可能性があるからありえないということはないとは思う。
でも、こちとら伊達に17年間日本人をやっているわけではない。
羞恥心は深く心に根付いているのだ。
「何?照れてるの?」
視線の置き場をどこにしようかときょろきょろする私にシュゼが口の端をちょっと持ち上げてフッと鼻を鳴らして問う。
あ、今鼻で笑ったな…。
「そんな事ありませんが?シュゼの時はちょっと驚いただけで、私の世界にもキスをする習慣ありましたし?」
私の国じゃないけどね。と心の中で付けたしながら、少し見栄を張る。
「あれ?さん付けじゃなくなった。」
ふーんとさして興味なさそうな返事をしたシュゼは気になったであろう疑問を口にした。
「あなたは敬称付けで呼ぶ人物ではないと認識されました。」
淡々と事実を述べる私にえー、と講義の声をあげるシュゼ。
最初のさわやかお兄さんはどこへ行ったといわんばかりの変わりように首をかしげる。
「大体なんでそんなにキャラが違うんですか?最初は……」
さわやかで、イケメンなお兄さんだったのに!!…なんて初対面で言いませんよ?
私は人との距離感はつかめる日本人ですから。
「だから、はじめまして。って挨拶しただろ?」
出窓の階段になっているところに腰掛け、自分の膝にひじを立てて頬杖をつきながらにやりと反応を伺われる。
うん。やっぱり敬称いらないね。
つかつかとシュゼの前に足を運ぶ。
頬杖をやめ、目の前にたつ私を見上げるシュゼの手をとる。
腕を引かれるようにして立ち上がったシュゼににんまりと笑ってみせる。
そして、つないだ手を持ち上げ、勢いよくしならせながら下ろす。
「いっ!!」
肩を押さえ、恨めしげに見つめてくるシュゼに笑顔でかえす。
「挨拶は、握手からが基本ですよね。」
その笑顔がレオールのものとよく似ていたことを知るのはシュゼだけだった。