第1章 やさぐれシスター(part8)
前回は神父とソフィリアさんの出会い話が中心でした。
本日もその二人の絡みが続きますので引き続きよろしくお願いいたします。
教会を出ると先に入っていたはずのソフィリアさんが煙草をふかしながら、近くのベンチで座っていた。
彼女はわたし達を見ると「お疲れー」とだけ言った。そんな、彼女を降魔さんは咎めると思ったがそうなことはなかった。
「どうだった?」
彼女はわたし達に尋ねた。
どうだったも何も、彼女自身の記憶にあることを聞く必要性があるのか、それとも年月が経過し記憶から抜け落ちてしまったから確認したいのか、具体的な意図はよくわからなかった。
「そうですね。とても不愉快な記憶でしたね」
降魔さんは、わたしと話した時よりもさらに棘のあるもの言いをした。
「だよな」
ソフィリアさんは悪口を言われ怒ると思ったが、一瞬間を置いた後にあっけらかんと笑いながら同意した。
そのとき、わたしは教会から頂いたパンを思い出した。正確に言えば、頂いたのではなく勝手にだが……。
わたしはそのパンを当初の予定通り、彼女に手渡そうとした。
だが、彼女はそのパンを見るや否や今は煙草タイムだからと言い、受け取るのを拒んだ。
「二切れあるし、二人で分けて食べな」
彼女は新しい煙草を取り出して、再び吸い出した。
行方の分からなくなり困った手の置き場を考えていると、降魔さんはお皿から一切れのパンを手掴みで持ち上げ、そのまま食べ始めた。
わたしも食べようかと一瞬迷ったが、その時にはどうも食べようとは思えず、ポケットにそのパンを入れた。
もちろん、パンは直にではなく綺麗なハンカチで包んでだ。
煙草を吸う彼女は我々に目を合わせることなく、じっと教会の方を恨めしさと懐かしさをあわせた表情で、ただただじっと覗くだけであった。
彼女が煙草を吸い終えたちょうどその頃に教会の扉が開いた。
出てきたのは神父と神父に抱きかかえられているソフィリアさんの姿がそこにはあった。思っていたよりも早いタイミングでの登場。
それよりも、彼女が抱きかかえられている方が気掛かりだった。
何かあったのかな?
どうしたのだろう……。
そのように思っていると彼女は一言。
「心配するな。あれは単なる寝落ちだ」
「寝落ちですか……」
「ああ、そうだよ。寝落ちさ」
彼女は寝ている自分の姿を見て何を感じたのか分からないが、皮肉を込めて「本当に不愉快」と、二人の方を見つめながら蔑むように言った。
残念なことにわたしにはその感情を推し量ることはできなかった。
こればかりは、当事者にしかわからないことだろう。
わたしはそう理解する他なかった。
※※
わたし達は神父たちの後をつけた。
後をつけたと言っても、教会裏手にある小さな家までの短い距離であったため、さほど時間を要することはなかった。
神父は彼女を抱きかかえていたことから、ドアを開けるのに少し苦戦していたが、何とか玄関扉を開け二人はそこに消えていった。
わたしたちも当然、その後を追った。
家の中は生活感に溢れた、どこにでもある普通のお宅だった。
神父は家に入るとすぐに彼女をベッドに寝かしつけ、その部屋を後にした。
その際に一言「おやすみなさい」とだけ言って……。
神父がおやすみの挨拶をするのと、ほぼ同時に記憶の世界に変化が生じた。今回はかなりいきなりだとは思ったが、彼女が寝ているのなら、切り替わって当然。
寝ている彼女に話を聞く必要性はないし、聞くことも不可能だ。
※※
今度の記憶の景色は明るい時間帯のようだ。彼女の傷が開いていることや格好からも、恐らく翌朝のことだろう。
彼女は起きたばかりの体を猫のように腕をうえ一杯に伸ばしていた。だが、傷のことを忘れていたのか、思いっきり伸ばした腕は痛みで反射的に縮こまってしまった。
彼女は若いがその姿はまるでぎっくり腰で身動きの取れなくなったお父さんのような、挙動をしていた。
「あーっ、痛いー」
あまりの痛さに声が漏れていた。
痛い体を起こして立ち上がろうとしたとき、都合よくノックの音が聞こえた。ドアが開くとそこには、昨夜の神父が居た。
「やっぱり、起きてましたか?おはようございます。昨日はよく眠れましたか、ソフィリアさん」
「おっ、おはようございます……。あ、あのう、昨日……」
彼女は何か言いたげだったが、神父は手を前に出して止めた。
「大丈夫です、大丈夫ですから、とりあえず、朝食をいただくとしましょうか。まあ、朝食といってももう昼過ぎなんですけどね。一人で歩けますか?良ければ肩を貸しますよ」
その問に彼女は静かに首を横に振った。
「では、自分のペースで良いのでゆっくり来てください。もしも、無理そうなら持ってきますから。また、声を上げて下さいね」
どうやら、寝起き時の悲鳴を聞かれていたようだ。
照れ隠しをするかのように、彼女は「少ししたら必ず向かいます」とだけ、神父に伝えた。
その言葉を聞いた神父は「気長に待ちます」と満面の笑みを向けた後、踵を返した。
「相変わらず、神父さんは優しいですね」
「本当にそうですね。それに不快極まりますね」
降魔さんの神父に対する評価はどうやら、とても悪いようだ。
「ですよね、ソフィリアさん⁉」
「その通りだな。本当に、本当にな……」
また二人だけの会話を始めているようだった。二人してなぜそのような態度をとるのか、ひねくれものの降魔さんならまだしも、ソフィリアさんまで……。わたしは優しい神父さんに対していささか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
彼女は痛みを堪えながら何とか立ち上がっていた。ベッドや壁を伝いながら、懸命に神父の居る方へと一歩、一歩、ゆっくりと歩んだ。
机付近に着くと神父は彼女の身体を支えながら、椅子の方まで誘導していた。彼女が椅子に座るのを確認した後、自分も元居た場所まで戻り、改めて座りなおした。
「今日は手抜きな食事しかなくて申し訳ありませんね」
神父は手抜きと言っていたが、お皿にはパンと目玉焼きにベーコン、それにちょっとしたサラダもあった。
全くもって手抜きではなかった。
優雅な朝食のフルセットである。
豪華な朝食を前にして、彼女は食べることなくじっとしていた。
「あれ、どうしましたか?もしかして、嫌いな野菜でも入ってましたか?」
怪訝そうな表情で神父は彼女に尋ねたが、そんなことはないと言う意味か首を横に振った。
「―違う。食事前の挨拶がわからない」
彼女が食べなかった理由を理解した神父は優しく説明してくれた。
「神父の僕が言うのはおかしいですが、別に食事前の挨拶なんて気にしなくてもいいですよ。ソフィリアさんはまだ子どもです。信仰する対象を大人の僕が強制することは、ぼく個人の教義に反します。信仰は自由であってこそ尊いのです。ですから、形式なんて気にすることなく、お好きなように食べて下さい」
「で、でも……」
その説明では、彼女は納得していない様子であった。
神父はそんな彼女の表情を見ると頭を悩ませてた。「うーん」と少し考えた後、何かが閃いたのか、再び話し出した。
「それではこうしましょう!アジアの国、確か日本だったかな。そこでは、料理の前に手を合わせて「いただきます」と言うそうです。それを言うのではどうでしょうか?」
「い、いた、だきます?」
「そうです。いただきますです。この言葉は宗教とは完全に異なるとは言い切ることは難しいですが、日本では子どもから大人まで幅広く使われている言葉だそうです。それに、この言葉はいい言葉ですよ。お肉や野菜の命をいただくことに対する敬意のいただきます。食材を作ってくれた農家の方や食事を作ってくれる料理人に対してありがとうという感謝を込めた言葉なんだそうです。まあ、賢いソフィリアさんならこうも考えているかも知れませんね。子どもも大人も関係なく使っているという視点で捉えれば宗教的ではないのかと……。そうですね。否定はできません。でも、全員が全員それを言う。しかも、信仰に関係なく自発的にですよ。それは、とても素敵なことのように僕には思えるのです」
彼女は神父の話を真面目に、そして時々頷きながら聞いていた。
「ごめんなさい。せっかくのお食事が冷めてしまいますね。どうぞ、お食べになって下さい」
「―い、いただきます」
食事前に挨拶することが今まであまりなかったのだろうか、彼女は気恥ずかしそうに小さな声で言った。
それに対して、神父はそれに応えるかのように負けじと大きな声で挨拶をした。「いただきます!!!」と。
神父はとても上機嫌だった。
「いやー、嬉しいですね。まさか、ソフィリアさんも僕と同じ宗教に入信してくれるとはね」
「入信?」
彼女は言葉の意味が分からなかったのか、それとも理解した上で言っているのかは分からないが、神父に疑問符を添えて問いかけていた。
「そうです。入信です。つまり、僕とソフィリアさんは同じ宗教の仲間となったという意味です」
「仲間?」
「はい、そうです。」
説明を受けてもなお、彼女は理解できていないようであった。
「さっき、自由でいいと……」
「それは、嘘です」
神聖な職種である神父は一片の迷いもない表情でどうどうと嘘を吐いた。
「……えっ」
発言の一貫性のない神父に対して、彼女はどう反応して良いのか困っていた。一方の神父はというと悩んでいる彼女を愉しげに眺めているように見えた。
この神父なかなか良い性格をしている。
「では、答え合わせをするとしましょうか」
神父はまるで、先程の発言が学校のテスト問題であるかのように彼女に問い掛けた。
「先程、ソフィリアさんと僕は「いただきます」と、言いましたよね。つまり、そういうことです」
わけがわからなかった。
だが、賢い彼女はその一言で理解できたらしい。
「お揃いです」
彼女は笑顔で答えた。
「では、我々は「いただきます教」の所属ということで。でも、外では内緒ですよ。神父が他宗教に所属しているのがバレると大変なことになってしまいますからね」
残念ながら神父にはネーミングセンスの才はなかったようだ。
「大変なこと……」
「そうです。それは、とても、とても大変で恐ろしいことです……」
彼女は固唾を呑んでその先の発言を待ち構えていた。
「僕が無職になってしまいますからね」
当然といえば当然?なのか……。
結論として、神父の発言はいつも通りしょうもないことだった。
だが、彼女はそんな神父の冗談に冗談で返した。
「―お揃いが二つになりますね」
なんとも皮肉な発言だったが、神父は笑っていた。
「まあ、大丈夫ですよ。誰も「いただきます教」が宗教だなんて思いませんからね」
確かにそうだ。
酷いネーミングセンスはもしかしたら、わざとかも知れない。
この神父なかなかに食えない人だ。
わたし一人はしょうもないことを考えられるほどにはこの場を楽しいんでいた。
そう、文字通りわたし一人が……だ。
食事を終えると神父は教会に向かう準備をしていた。
どうやら、お昼休憩だったらしい。
準備を終えた神父は家を出る際に一言だけ彼女に言い残した。
「僕は教会に居ますから、何かあれば、いや何もなくても良いので来て大丈夫ですよ。それと、傷が癒えるまではここにいるといいです。それまでは、僕が何とかしますからね。ですから、ソフィリアさんはーいや、何でもないです。後机の上の食事は娘の分です。帰ったら食べると思うのでそのままでお願いします。では、行ってきますね」
神父は言い終えると慌てて出て行った。
その様子を察するに恐らく、遅刻ギリギリなんだろう。もしかしたら、とっくに過ぎていた可能性もあるが、後の祭りだ。
だが、あの神父に娘さんがいたとは……。これは、ちょっとした偏見に聞こえてしまうが、男一人で働きながら家ではお手製のパンを焼くような人がどれほどいるのか、と考えたら少しは納得できた。
一人になった彼女は、食べ終えた食器を手洗いしていた。だが、怪我の影響か少々動きはぎこちなく見えた。
洗い物を終えた彼女はやることが何もなくなったようで、家の外で一人、寝転びながら空を眺めていた。
ずーと、ずーと、ただボーっと。縁側のおじいちゃんのように、その時を楽しむかの如く。
「―傷が癒えるまでか……」
どうやら、彼女は神父に言われたことを気にしているようだった。
傷が癒えたらここにはいられない。そのようなことを彼女は考えているのかも知れない。
それに、神父には娘もいる。
子どもを育てた覚えのないわたしでも、一人の時の苦労と二人の時の苦労がそのままイコール二乗でないことぐらいはわかる。人数が増えると言うことは、それに応じた不確定要素も増える。不確定要素は生きる上ではかなり厄介なものだ。
なんせ、不確定だから。その全てに対処することなどできるはずがない。
考えが纏まったのか、彼女はサッと起き上がった。
起き上がった彼女は少しその場をウロウロと落ち着かない様子で歩いていた。
数分間行ったり来たりとせわしなく歩く彼女だが、その後、教会の方に寄り道をせずに真っすぐと歩き始めた。
そして、彼女は教会の入り口に着くと、また悩むようにその場を行き来し始めた。
なるほど、先程悩んでいたのはこのことか。
だが、残念なことに彼女は教会に入ることなく、悩んだ後、入口の階段を数段上った端の方に座り込んでしまった。
欲しいー。あと少しなのに、と心の中で応援していた。
彼女は教会から見える外の景色を眺めながら、時々ため息交じりの声をあげながら一人苦悶するのであった。
だが、そんな時一人の若い女性が彼女に話しかけた。
「こんにちは!お嬢さん一人」
その女性は何故かナンパ交じりの砕けた言い方をしてきたのだ。
ご読了ありがとうございました!
本日は神父とソフィリアさんのちょっとした日常の出来事を中心とした内容です。今回最後に登場した人物が今後どのような物語を展開してくれるか、乞うご期待です。
次回も読んでいただけると嬉しいです。
※ 現在のストック
第1章 やさぐれシスター(part11)
流石に不味いので、明日の投稿時までに2作品ほど制作します。できるかな……。




