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第1章 やさぐれシスター(part7)

ソフィリアさんは路地裏で生活するほど困窮しており、盗みなどを行っていた。

そんな、彼女はお腹の限界を迎えて、教会の野菜を盗もうとしたが、見つかり捕まってしまう。


今回はその続きからです。

 男性の重い拳が過去のソフィリアさん目掛けて打ち放たれた。彼女は覚悟を決めたように目を閉じその瞬間を待っているようであった。


 だが、彼女にその拳が届くことは無かった。そこには、黒い衣服を纏った中年男性が立っており、拳を制止させていた。


「駄目ですよ。こんな小さい子に手を出しては。彼女には、ここで手伝ったお礼として野菜を好きなだけ食べて良いとぼくが言ったんです。だから、彼女を解放してくれますか?」


 黒服の中年男性は、優しく男性を制止させながら説明してくれた。


 だが、男性は黒服の中年男性に食って掛かった。


「神父さんは教会に居るから、あの子をご存じないのでしょう。あの子はこの辺の商店街で盗みをしている常習犯です。だから、神父さんが(かば)う必要なんてない、悪逆非道な子なんですよ」


 どうやら、黒い服の中年男性は神父だったようだ。


 神父は男性に笑顔を向けた。


「庇ってなんていませんよ。彼女は良くここでの炊き出しに来ている子ですよ。名前だって知っていますよ」


 そういうと、神父は彼女に目線を合わせるようにするため、しゃがみながら尋ねた。


「君は確かベリンダちゃんだよね?」


 目くばせしながら神父は彼女に訊いた。


 彼女は何も答えなかったが顔を上下に頷いた。


 神父はその様子を見ると頭を撫でながら、「怖い思いをさせちゃってごめんねー」と、一言優しく問いかけてくれた。そして、神父は彼女を支えるようにしながら起き上がらせ、男性に対し合っていただろうとでも言いたげな自信に満ちた表情を向けていた。


 男性はそんな二人の様子を見るとバツの悪い表情をしており、「悪かった」と、言って足早にその場を去ろうとしていた。


 だが、神父は去り際の男性に一言問いかけた。


「少しお待ちください」


 すると神父は暗いながらも手の感触のみで野菜の状態を確認し、その内いくつかを摘んでいた。


「こちらをどうぞ。摘みたての野菜です。良ければお家で食べて下さい」


 何の屈託のない笑みを浮かべながら神父は男性にお礼を言いながら野菜を手渡した。


 男性は初め遠慮しようとしていたが、そこは神父、話術に長けていた。


「こんな夜更けに庭園の見回りありがとうございます。これは、ちょっとしたお礼ですから、遠慮なさらずに受け取って下さい」


 神父に諭されたことで、逃げ場の無くなった男性は諦めて野菜を受け取ろうとした。


 その瞬間に神父はすかさず言葉を続けた。


「もしも今度、こういった件があれば今回のように決して手は出さずに、教会まで連れて来るか、見て見ぬふりをしてください。お願いいたします」


 神父の表情は笑顔の形を保ってはいるが、妙な圧があった。


 男性は焦りながらも「わかりました」とだけ言いその場を後にした。


「ベリンダちゃん、お体の方は大丈夫ですか?」


 神父は先程の作り笑いとは違って自然な表情になっていた。


「彼を悪く思わないでくださいね。彼は多少気が短いですが、彼なりの正義感で行動してくれただけですからね」


 先程からの神父の発言に対して、彼女は少し不満な表情をしていた。


「私―ベリンダじゃない……」


 ソフィリアさんは一言そう呟いた。


 どうやら、名前を間違えていたことが不満だったらしい。


「あら、そうでしたか?ぼくの思い違いでしたか。悪かったねー」


 神父は心からそう思ったのか、はたまたわざとかは分からない含みのある表情をしながらソフィリアさんに謝罪した。


 沈黙した彼女を見ると、神父は再び話し出した。


「怪我もしていることですし、一旦教会に来ていただけますか?大けがですし手当しないといけませんからね。それに、怖い思いをさせたお詫びも兼ねて食事の提供もしますよ。良いでしょう、ベリンダちゃん」


 相変わらず名前は間違っていた。


「――――」


 彼女は唖然とした表情をしたが、再度の訂正することはなく、神父に連れられるままに教会の中に入って行った。


「優しそうな人でしたね」


「まあ、そうだなーとても、とても優しいー。馬鹿なぐらいのお人好しだよ」


 わたしの問い掛けにソフィリアさんは親戚のウザ絡みするおじいちゃんを紹介するかのような雑さを交えながら応えてくれた。


「まあ、私が語るよりも二人を見た方が早いと思うから、私たちも教会に入ろう。なあ、いいだろう。案内人さん」


「それもそうですね。見たままの光景の方が客観的でより合理性も高いですからね。では、教会に入るとしましょう。ベリンダさん?」


「はいはい、ベリンダは先に入りますよー」


 降魔(ごうま)さんの挑発に応じることなく、彼女は手の平を後ろにしあしらうように振りなふがら教会に足早に入って行った。


 彼女が教会に入るのを見届けると、降魔さんはポツリと呟いた。


「私が思っていた以上でしたね。彼女は本当に頭が回るものだ」


 予想に反した反応であった。


 わたしはてっきり言い間違いの反応がないことを悔しがるのかと思ったが、実際にはそんなことは無かった。


※※


 わたし達も遅れて教会に入った。


 教会内はこじんまりとしており、長めの椅子が左右にそれぞれ四脚と祭壇、祭壇の後ろには神様か何か神聖な者をイメージしたと思われるスタンドグラス製の窓ガラスがいくつか並んでいた。


 また、夜ということもあり、祭壇と祭壇まで続く道の所々にはランタンの灯が光っているのみで全体として暗い印象を受けた。まあ、これに関しては夜更けで誰も来ないことを考えれば当然かもしれないが……。


 いろいろ述べたが、一言で言うと普通の礼拝堂だ。


 想像していたような派手さはなかったものの、教会の大きさを考慮すれば、これでも十分すぎるだろう。


 そうだ、ソフィリアさん達を探さないと。


 わたしは暗いながらも祭壇の方に一歩、一歩、慎重に進んだ。


 すると、祭壇前の椅子に神父と傷だらけの過去のソフィリアさんが一緒に座っていた。


 だが、わたし達より先に入っているはずのソフィリアさんの姿はどこにも確認できなかったのである。


「どこに行ったのだろう……。降魔さん、先に入ったはずのソフィリアさんが居ないんですけど……」


 わたしは心配そうに降魔さんに訊いた。だが、彼はとくに動じることはなかった。


「彼女はほっといて良いでしょう。この場に居ても、居なくてもさほど影響もありませんからね。まあ、彼らの話が終わるまで一旦は彼女を待つとしましょう」


「そうですか……」


 降魔さんは彼らの座っている席の後ろで静かに腰を落とした。それに従いわたしも追随した。


 二人で座ってはいるが、先程まで一緒にいたソフィリアさんが居なくなり、わたしは上司と1対1の状況になった。正確に言えば、1対1対1対1の4人制である。


 失礼ながら上司と二人きりは少し気まずい。早く彼女が戻ってきてくれるのを祈るばかりだ。


「ベリンダさん。まずは、この水をゆっくり飲んで喉を潤してください。焦らないで良いですよ」


 相変わらず神父は彼女をベリンダ呼びしている。


 彼女は神父から渡された水を受け取ると、早々にそれを飲み干した。


 相当のどが渇いていたらしい。


 当の神父はというと、彼女が水を飲んでいる間に、腕や首など触れられても抵抗の少ない箇所のみを中心に薬を塗り広げた。


 薬が()みるのか、時々()()った表情で彼女は抵抗していた。


 薬を塗られている彼女を見て、今更ながら彼女の服装が先程までのボロボロな洋服ではなく、清潔感のある服装になっていたことに気付いた。


 降魔さんがこのことに気付いているかは分からないが、恐らく、気が付いているだろう。


 わたしは、悲しいことに状況の変化にも鈍感らしい……。


「あらあら。もう飲み干しましたか。じゃあ、もう一杯入れますね」


 彼女は2杯目の水も勢いよく飲んでいたが、一気に水を飲んだせいか(むせ)だしてしまった。


 そんな、彼女の背中を神父は叩こうと一瞬手を伸ばしたが、その手が背中に触れることは無かった。


「そんな焦らなくて大丈夫ですよ、ベリンダさん。水は逃げませんから、深呼吸して落ち着いてください。スーハ―」


 神父は彼女が真似しやすいように動きを交えて深呼吸の仕方をレクチャーしていた。


 彼女は動きこそ真似しなかったが、肩が浮くほど深く呼吸をした。


「ベリンダさんが落ち着いて良かったです。では、次はパンをどうぞ。このパンは少し冷めてしまっていますが、お手製の自信作なんですよ」


 パンを受け取った彼女は水を貰った時と同様に勢いよく食べようとしたが、神父に止められた。


「やっぱり、これではだめですね。ちょっと、待ってください」


 神父は彼女の手から突然パンを取り上げた。


 取り上げられたパンを彼女は恨めしそうに見ていたが、神父はそんな彼女を構わずに教会の祭壇近くにある小さな部屋にパンを持って行ってしまった。


 その際に「5分いや、3分だけ待ってください」と、だけ言い残して。


 彼女は空いたお腹を充たすかのようにひたすら水を飲んでいた。


 一口、一口と今度は言いつけを守りながらゆっくりと。


 暫くすると神父が個室から出て来た。体感だが概ね3分といったとこだろう。


 流石は神父と言うべきか。


 彼は時間に正確だった。


「遅くなってごめんね。はい、どうぞ。熱いから気をつけてくださいね」


 神父は皿ごとパンを彼女に手渡した。


 手渡されたパンは先程と異なり半分のサイズで食べやすくなっていた。中にはトマトとチーズ、それにバジルが挟まれおり、即席で作ったとは思えない程良いクオリティで美味しそうなパンであった。


 そうだ、ソフィリアさんのためにこのパンを頂いておくとしましょう。わたしは記憶世界のパンを持ち上げて、彼女のために取っておくことにした。


 流石に、この記憶のパンを食べるのはわたしの良心的に躊躇した。

 だけど、食べたい……。

 そんな葛藤が無意識のうちに繰り広げられていた。


 美味しそうなパンを前に彼女は大喜びで勢いよく食べだした。


 食べだしてから、少しして彼女は目から大粒の涙が溢れ出し、次第には目鼻をひくひくさせながら、手に持ったパンを嚙み締めるように食べていた。


 そんな彼女の食べる様子を神父はただただ見ていた。


 その表情は実のお父さんよりもお父さんらしい穏やかな表情で……。


 彼女はパンを半分食べ終えると残ったお皿を神父に渡した。神父は一瞬、不思議そうな顔をしたが、その意図を直ぐに察したかのように振る舞った。


「あら、お腹いっぱいになりましたか?」


 その問かけに、彼女は静かに頷いた。


「そうですか……。では、仕方がないですね。残ったパンはぼくが美味しくいただくとしますね」


 きっと、これは彼女なりの気遣いなんだろう。


 不器用な気遣いだが神父にも伝わったらしい。


 神父はあっという間にそのパンを彼女の目の前で食べきった。


「ベリンダさん、ご馳走様でした。ありがとうございますね」


 神父は彼女にお礼を言った。


「ベリンダじゃない……」


 彼女は再び神父には自分の名前が違うことを伝えた。だが、神父は少し意地悪に彼女に聞き返した。


「そんなことは、ありませんよ。さっき、庭園でぼくがベリンダさんと訊いたら「そう」と、肯定してくれたでしょう。だから、あなたはベリンダで間違いありません」


 内容は酷く一方的であるが、言っていることは合っている。


「「そう」とは、言ってない……。―頷いただけ……」


 彼女は神父の発言の矛盾点を指摘した。


 すると、神父は笑いながら一本取られたといった表情を彼女に向けた。


「それは、そうですね。確かにあの時は何も発していませんでしたからね。いやー、わたしの負けですよ。でもね、まだ、ぼくは君の名前を聞いていないからベリンダという名前が否定されることにはならないのですよ。だから、君はベリンダさんなのです」


 凄く大人げない偏屈なもの言いだった。


「……ソフィリア。私の名前はソフィリア」


 彼女は神父の目を見ながら恐る恐る名乗った。


 嘘偽りなく。


 それにより、神父のベリンダという名前は確定的に否定された。


「名乗られちゃいましたか。それでは、完全にぼくの負けですね。ソフィリアさん。うん!凄く良い名前ですね。ここまで、良く頑張りましたね」」


 神父は彼女の頭を撫でながら、優しく労わった。


 頭を撫でられた彼女も嫌な素振りもせず、それをさも普通に、本当に普通の子どものように受け入れていた。彼女の表情も神父に負けず劣らす、心の重りが落ちたようなすっきりとした表情をしている気さえした。


「食べ終わったことですし、薬の続きを塗りたいのですが、背中側は自分で塗れますか?」


 先程塗った薬が沁みて痛かったのか、彼女は露骨に嫌そうな表情をしていたが、少し悩んだ後、神父に服を(まく)り背中を見せていた。何も言わなかったが塗れということだろう。まあ、体中を怪我したんだから、自分で塗れないのも当然ではある。


 神父は失礼します、と言うと早々に薬を塗ってあげた。


「これで終わりです。お疲れ様でした」


 神父の一言を聞くと、彼女は素早く服を下ろし、ほっとした表情をしていた。


「では、これをどうぞ」


 神父は塗り薬を彼女に渡した。


「前は自分で塗って下さいね」


 薬を渡されたことで、彼女はまた嫌な表情、いや今度は絶望的な表情をしていた。


 その表情は少し例えにくいが、試験後に再試を受けて解放されているときに、二度目の再試が訪れたような、終わりのない不幸を連続で受けている学生さんのようであった。


 だが、当然ながら彼女の絶望顔は神父も見ていたため、どうすべきか一瞬考えた後、彼女にとってやる気の出る提案をした。


「自分でしっかり塗れたらご褒美にケーキをあげますから、頑張ってくださいね。くれぐれも、痛いからといって塗ったふりだけは止めて下さいね。絶対ですよ。もし、塗ったふりをするものなら……」


 意味ありげに神父は話の途中で打ち切った。


 その言葉に対して彼女は珍しく口を開いた。


「ケーキ抜きですか……」


 彼女がポツリというと、神父は再び彼女の目線に合わせて真面目な表情で答えた。


「いいえ、ぼくはソフィリアさんを信用していますから、ケーキはあげます。あげますが……」


「あげますが……」


 妙な間があった。


「この場でぼくが大声で泣きます。いや、鳴きます。早朝に鳴く一番鶏よりも早い、零番鶏としてね」


 神父の発言はしょうもなかった。


 だが、彼女のツボには嵌ったみたいで、大きな声で笑いだしていた。


 神父はこのチャンスを逃すまいという表情をし、彼女に畳みかけていた。


「コケコッコーなんて鳴くおっさん鶏なんて、見たくないでしょう。だから、お願いしますね」


「少しー、少しだけ見たいかも……」


 緊張が解けたように彼女も楽しそうにしていた。


「いや、それはーちょっとね……。ただでさえ低いぼくの社会的イメージが消えてしまいますからね。薬を塗ってぼくを社会的に守ってくださいよ。ねっ、ねっ」


 彼女は「分かりました」というと、神父は「良い子だ。では、塗り終えたら教えてください」とだけ言って、頭を再び撫でた後、個室に向かうのであった。


「優しい神父でしたね」


「そうですね。ムカつくほどに」


 意に反した反応であった。


「では、我々も少しばかり暇を貰いましょう」


 そう言うと降魔さんは教会の入り口の方に向かいだした。


 その行動にわたしは驚いた。


 やる気のない降魔さんではあるが、いざ仕事が始まると何だかんだ真面目に業務をしていたため意外に思えた。


 歩き出す彼を追うようにわたしは急いで席を立つと並走する位置まで早歩きした。


「暇って、いきなりどうしたのですか?もしかして、体調でも悪いのですか?」


 わたしは心から心配したうえで、降魔さんに尋ねたが、彼は「ハアー」と、少し大きめのため息をついた。


「違います。まったく、あなたという人は……」


 なにやら、苛立(いらだ)っているようであった。何か悪いことをしたのかと、自らの行動を振り返ったが思い当たる節はなかった。


 たぶん……。


 わたしは頭にクエスチョンマークがあるのかというぐらい不思議そうな顔をした。その表情を見た降魔さんは諦めた、いや呆れたという表情をした後、苛立ちながらも説明してくれた。


「あなたはわたしに彼女の裸を見ろとでも言いたいのですか?」


 その言葉にわたしはハッとなった。

 同性ゆえに見落としていた。

 些細なミスだろう。

 いや、肝心なミスだ。


「確かに我々は記憶世界で死者のプライバシーを覗いています。それは、それは、しつこいぐらいに。でも、それは死後の世界を振り分けるうえで必要なことですから仕方がありません。ですが、今回の場合は違うでしょう。例えば、彼女自らが虐待されたりした傷跡を見せる、そういったことであればいいでしょう。ですが、今回の怪我の原因は明らかで見る必要性は全くありません。理解出来たら外で暫く待つとしましょう。いいですね⁉」


 わたしはその圧に押され「―わ、わかりました……」とだけ小さく言い、素直に従った。

 ご読了ありがとうございました!

 今回は、神父とソフィリアさんとの出会い話です。こちらの神父さんは今後の彼女人生において大きな影響を与える人物の一人であるため、今後どういった内容になるか注目しながら見て下さい。

 これから暫くは教会での話が中心となるため、明るめの展開となります。

 次回も読んでいただけると嬉しいです。


 今回から、たまに小説のストックを示そうと思います(自分に対しての警告です)。

※ 現在のストックは、第1章 やさぐれシスター(part11)までです。

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