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第1章 やさぐれシスター(part6)

 前回、ソフィリアさんの夜逃げが成功し、田舎町での生活をスタートさせが、子ども一人の力ではどうすることも出来ず、路頭に迷う生活を送っていた。

 今回はその続きです。

 路地裏にいた過去のソフィリアさんの見た目は10㎝程背が伸びていたが、体つきは以前よりもさらにやせ細っていた。


 顔色は青白く幽霊に見えるほど酷い状態。

 栄養失調だ。


 それも当然のことだろう。今の彼女の服装は失礼ながら綺麗と擁護することもでもできない程、本当に汚れていた。


 まるで、長い間ここで住んでいたかのように……。


 そんな過酷な環境に住む彼女を見て、わたしは言葉を失った。


 世の中に救いなんてものがない。そうと思えるほどにショッキングで過去の彼女を直視できない程に……。


「大丈夫か芽郁(めい)⁉そんなに、まじまじ見ないでくれよ。これも、過去の出来事の一つなんだから。芽、いやあんたが気にするようなことではなんだよ。まあ、こうでもないと客観的に自分を見る機会なんてなかったからなあー。見るとなかなかに酷いわ。まあ、深呼吸して落ち着け。なあー」


 わたしは彼女に肩を押さえられたと思っていたが、その認識は誤りだった。

 実際には支えられていたようだ。


 (はえ)のたかった人がいることもそうだが、この様な悲惨な光景はわたしには刺激が強く、気が付いたらわたしは口を押えて色々なものが込みあがってきてパニックになっていた。


 彼女が悪いことをしたわけではないが、もしかしたら、過去の彼女本人を見ての動揺と思われたかもしれない。


 それは良くないことだ。


 そう思うとわたしはいきなり被害者の面を被った加害者のような何とも言い表せない複雑な気持ちになっていた。


 わたしの異常な様子から、降魔(ごうま)さんは珍しく申し訳ない表情をし、謝罪してくれた。


「申し訳ありませんね。一言、忠告すべきでした。この光景は天国の住人である、あなたには刺激が強かったかもしれませんね。ただ、これは現実に起きた過去の話。我々にはどうすることもできません。辛いなら少し休んでいても良いですよ、後ほど向かいに行きますので」


 わたしは情けない気持ちになった。


 この仕事はケーキにありつける美味しい夢の様な仕事のように考えていた。だが、実際には亡くなった人との対話やその過去を見るうちに天国出身の案内人がなぜ周りに誰もいないのかが良く理解できた。


 こういう言い方をすると、両者に対して失礼かもしれないが、悲惨な光景に対する免疫や騙そうとする人間に対する対処には地獄の住人と比べると天国の住人は鈍い。


 とても、とても鈍感だ。


 言い換えれば天国の人間は素直で正直者。ゆえに、騙されやすい。一方、地獄の人間は、これはわたしの妄言だが悪意に敏感で慣れているのだろう。


 きっと、降魔さんも……。


「いえ、大丈夫です。わたしのことは気にしないで続けて下さい。少し、本当に少しだけ驚いただけですから。それに、早く進めないとソフィリアさんに対しても申し訳ないです。ですから、お願いします」


 わたしの必死な訴えに降魔さんは、少し悩んだ後了承してくれた。


「―あなたが言うなら、良いでしょう。続けるとしましょう」


 降魔さんは理解してくれたようだ。


 わたしは話を終えると、知らぬ間に置いてあった手を彼女の肩から離した。


 その手はまだ震えていた。


 彼女は震えるわたしに気が付くと、いや、肩に手を置いていたから最初から気が付いていたのかも知れない。何も言うことなく照れくさそうに手をそっと握ってくれた。


 不器用ながらも彼女は優しいシスターさんだ。


 今回はお礼を言うことはできなかったが、その包容力に心の底から感謝したわたしであった。


「なあ、あんたの聞きたいことの見当は大体ついているから、少しこっちの商店街の方で話さないか。どうせ、ここの私も商店街の方に行くだろうし、それに、あんたは私の居場所なら追跡できるだろう。逃げる訳じゃないし、別にいいだろう?」


 ソフィリアさんは降魔さんの方を見ながら語りだした。時々、顎をわたしの方に向けるようにしながら合図を送っているようだった。


 恐らく体調不良なわたしに気を遣ってのことだろう。


 降魔さんは彼女の提案に対して特に返事をすることはなかったが、私の背後目掛けてゆっくりと歩き出した。


 行動による肯定だ。


※※


 わたし達は路地裏を出たところにある商店街に向かった。商店街にはいくつかベンチが設置されており、わたしと彼女はその内の一つに腰かけた。


 一方の降魔さんは座ることなくわたし達の目の前で立った状態でいた。


 部下が座り上司が立つという絵面には多少の申し訳なさがあったが、今は気にする余裕はなかった。


「では、ソフィリアさんお願いします」


 降魔さんは、相変わらずお役所の役人の様な対応だった。


「まあ、何処から話すべきか……。そうだな、夜逃げの話からがいいかもな。あの日の夜逃げは、結果だけ見たら成功したんだ。親父にもアイツにも会うことはなかったからな。まあ、あの時はアイツの顔なんて知りもしないから、もしかしたら、あっていたかも知れないけどな。ハハハ」


 冗談交じりに笑いながら彼女は話していた。


「そうだ、夜逃げ話の続きだったな。あの時は、確か8歳ぐらいだったからな。逃げるのにも気を遣ったもんだよ。夜道は冷えていたから、本当は馬車に乗ろうとも思ったりもしたが、この年齢で一人で馬車に乗るようなら絶対に足が着くと思ったんだよ。だって、そうだろう。女の子一人だぜ。だから、とにかく夜は歩くしかないと思ったな。急ぐ必要もあったから、早歩きも交えながらも怪しまれないように細心の注意をしつつ、とにかく、この街から離れることを優先した。アイツらがわたしに気が付いて追って来ても、まずは、この街を捜索するはずだからな。なんせ、私は子どもだし親父もあれだぜ。お金がないことなんか想像に難いよな。それに、私にお金がないことを分からせるためにも、親父のお金もほとんど盗らなかったしな。私が居なくなればアイツらもお金は確認するはずだから、なおさらだ。それを踏まえた上で、遠くの場所の捜索は直ぐには行われないと考え可能な限り少しでも遠くに行くことだけを考えた。私はかなりの距離を移動し、誇張抜きで三日三晩は寝ていなかったと思う。それだけ、必死だったんだよ。捕まれば死ぬ。それぐらいの恐怖で寝ることなんか選択肢に挙げられなかったぐらいにはな。だってそうだろう。捕まればどうなるかわからない以上、最悪の想定はするべきさ。一日寝たことでマフィアに見つかって死ぬぐらいなら、三日起きてマフィアに捕まらずに生きる。生きるためにはこの選択が最も合理的なはずだ。まあ、これが上手いこといったのは本当に幸運だったよ」


 お金をあまり盗らないことに、こんな伏線があったのかとただただ感心した。


 夜逃げの一件は、幸運の一言で片付けられるものではなく、彼女の頑張りの方が大きかったと思う。


 だって彼女は自分の生い立ちや年齢も作戦に組み込んでいた。


 逃げることにかなり特化した策で隙が無いように見える素晴らしい采配。


 だが、話を聞くほどにこの策の欠点も露呈した。


 ーそれは、金銭面だ。


 わたしが思いつくぐらいのことだ、彼女自身も当然理解していることだろう……。


「私は幸い上手く逃げ切れて辿り着いたのがこの田舎町さ。昔、母から聞いたんだ。母は昔田舎に住んでいて、その独特の閉鎖的なコミュニティは大変だったという話をしていたのを覚えていたからここなら大丈夫と踏んだ。現にこの町自体は悪くはなかったよ。教会で炊き出しもあったし、多少の飢えは凌げたさ。住むところだって最初はあったさ。お世辞にでも綺麗とは言えないが、物置小屋の一室を手伝いと引換えにお願いして住まわせてもらったりもした。だが、この年齢の私にはお金を稼ぐ能力、ただ、それだけは厳しかった。お金はあっという間に底をつき、食べる物も無くなった。あの時は何度も思ったものだよ。あの時もう少し親父からくすめておけばとな。どうせそのお金だって私の身売り金。だから、実質的には私のお金と言っても過言だしな。まあ、お金をほとんど盗らなかったお陰で逃げ切れた可能性もあるから、意味のない問答だけど。それで……まあ」


 饒舌(じょうぜつ)だった彼女はいきなり言いよどんだ。

 降魔さんは彼女の方に視線を向けていつも通り淡々と切り込んだ。


「やったんですね」


「…………」


「まあ、その解釈で合ってる。だから、こうなっているんだ。言い訳はしない。これでも、死ぬ前はシスターだったからな。言えるはずがないことぐらいわかるだろう」


 また、二人で話し出していた。わたしは本筋が分からなく啞然としていた。置いてけぼりという方が正しいのだろう。


 私が空気となって、何が起きていたか考えていた時、先程の路地裏から人が出て来た。どうやら、その人は過去のソフィリアさんであった。


 過去の彼女は商店街を品定めするかのように歩いていた。いや、動き的に物色しているという方が自然かもしれない。


 どうやら何かを探しているようだ。


 だけど、あの格好の彼女にお金の持ち合わせがあるようには見えないが、どうするんだろう……。


 多くの人で想像できることであるが、体調不良で頭の回らなかったわたしにはこの時に何が起こるのか想像できていなかった。


 彼女はいきなり止まると目にもとまらぬ速さでお店にあった食べ物を洋服に隠していた。


 感心してはいけないが、何と手際のよいことだ……。


 わたしは言葉を失った。別に彼女が物を盗んだということにショックを受けたのではない。あんなに良い子が手慣れたようにスリをしている、その現実に対しての衝撃だ。


 だが、店主はそんな彼女をマークしていたのか。現行犯で取り押さえて殴りかかっていた。彼女は抑えられ身動きができない状態で殴られた。


 苦しそうな悲鳴のみが辺りには響いていた。


 ソフィリアさんの方は過去の自分を憐れむように見ていた。


「なあ、見たろう。あの手慣れた動きを。ああいうことの積み重ねが原因だったんだよ。さっき、お金がないって話したろう。それで、空腹を凌ぐためにやったことがスリって訳だ。最初のうちは上手くいったさ。なんせ、警戒されていなかったからな。だが、わたしがスリをしていることがバレると全てが駄目になった。ここは田舎町だろう。スリをした子どもが誰かなんてあっという間に拡散されるって訳。当然悪い噂に尾ひれも添えてな。まあ半分ぐらいは事実なんだが……。それが原因で、物置小屋からも追い出されて路地裏の主になった訳だ。なあ、笑えるだろう、自業自得ってな」


 殴られている過去の自分を見ながら、乾いた笑みで彼女は話してくれた。


 平常を装ってはいるものの、わたしの手に掛かる力が強くなっていた。


 そこで、わたしは彼女が座っても、なおわたしの手を握り続けてくれていたことに気が付いた。


 本当、なんて気づけないものか……。


※※


 殴られ路上で横たわる彼女を見届ける前に、また、記憶の景色に変化が生じた。


 今度は夜だ。


 わたし達はベンチに座った状態で時だけが進んだような、そんな状態であった。


 いきなりの夜で目が慣れていないことから辺りが見えにくかったが周りに音の一つも聞こえないことから恐らくほとんど人通りがない、もしくは誰も歩いていない。


 それほどかなり深い時刻なのだろう。


「誰もいませんよね」


「そうですね。夜ですから」


 降魔さんは身も蓋もない、当たり前のことを言った。


「そうだ。彼女は!彼女は大丈夫なの⁉」


 商店街でタコ殴りにされていた過去のソフィリアさんがこの場に居ないことから、わたしは探すように大きな声で尋ねた。


「いいから、落ち着いてください。前にも言ったでしょう。ここは、過去の記憶の世界です。あの時に彼女が殴殺(おうさつ)されていれば、その先のお話はなく終わりなんですよ。ですから、生きてはいます」


 言われてみればそうだ。記憶の景色が切り替わるということ、それすなわち、彼女が生きていることの証明なのだ。


「それに向こうを見て下さい。彼女が歩いて来ていますから」


 わたしの目はまだ夜目に順応しようとしている途中で、あまり周りが見えていなく、彼が指さした方向は分からなかったが、彼が振り返っていたことで概ねの見当はついた。それは、ここよりも暗い路地裏だった。


 誰かが歩く音が聞こえて来た。


 降魔さんの口ぶりから恐らく過去のソフィリアさんのことだろう。


 人影がベンチ近くにゆっくり、ゆっくりと歩いてきた。


 順応できていない眼の代わりに、嗅覚だけは正常に働いてくれたようだ。


 彼女の姿はほとんど見えなかったが、血の匂いはハッキリと伝わって来た。恐らく、彼女は全身が血まみれの状態なのだろう。


 それに、歩く際の音にも違和感があった。きっと、足を引きずるように歩いていたと思う。


 少しの時間が経過し夜目が多少効くようになってきたわたしが血の匂いの方を向いた。


 その光景はやっぱりともいうべきか、それでもわたしは酷く驚いた。


 恐らく、この傷は先程の記憶で見た後すぐのものだろう。


 血の滲んだ彼女がそこには居た。


「なんて、惨いことを……」


 彼女の痛々しそうな姿にわたしは心を鋭いもので抉られたような痛みが走った。


「これは酷いですね。思っていたよりやられましたね」


 降魔さんは憐れんでいるのか、どうか分からないような何とも微妙な反応だった。


 彼女はベンチに少し腰かけた後、急に立ち上がりふらふらながらもゆっくりと歩き出した。


「どこかに向かうみたいですね。私たちも付いて行きましょう。立てますか?」


 わたしは「大丈夫です」と降魔さんに伝えた後、ソフィリアさんと共に立ちあがった。


 その際に今度は一言きちんとお礼を述べて。

 わたしのお礼に対して彼女は「ああ、うん」と言った素っ気ない応答だけ返してくれた。


 そしてわたし達はゆっくりと歩く過去の彼女の小さな背中を見つめながら、静かにその場を後にした。


※※


 過去の彼女は歩きながらも周りを異様に警戒していた。


 誰かが通るものなら、物陰に隠れてやり過ごす。そういった行動を何度かとっていた。


 その行動に意味があるのかは不明だが、賢い彼女のことだから何かしら理由があっての行動だとは思う。


 彼女が向かった先は、どうやら教会であった。


 そういうことか。


 炊き出しを食べていたと言っていたから、何か食べ物を分けてもらおうとしているのかとわたしは思った。


 だが、彼女の動きは少々可笑しかった。なぜか、教会の周りを入念に確認しては戻るを繰り返していた。


 妙だな?


 わたしは、その奇々怪々とした動きの意味がまるで理解できなかった。


 それよりも、なぜ教会の中に入らないのか。


 彼女の行動に対する疑念が膨らんだ。


 暫くすると辺りを入念に確認した彼女は、教会に入ることなく、その隣の小さな庭園の中に入っていった。


 まさか……。


 わたしはこの先に起こり得ることに対して小さな不安を抱いた。どうか、的中しないでと祈るばかりであったが、残念ながら的中してしまった。


 まあ、ここまで来て何も起きないわけはない。


 そんな覚悟はしていたが……。


 彼女は庭園にある野菜をその場で口いっぱいに頬張って食べていたのだ。まるで見せつけるように……。


 その頬張る様子からもわかるように、恐らく久々の食事だったのだろう。


 普段冷静な彼女であったが、食べ物に気を取られて注意散漫になっていた。


 気が付いた時には遅かった。


 彼女は空を眺めるように寝ていた。


「教会の周りをウロチョロしているから怪しいと思ったんだ。この泥棒め!」


 低い怒号が響いた。

 どうやら、彼女の行動は最初から男性の目に留まっていたようだ。


 彼女は殴られる前に悲鳴を上げた。


 近くに人が居れば気が付くほどに、それはそれは本当に大きな声で……。

 ご読了ありがとうございました!

 今回は、ソフィリアさんが路地裏に居た理由は前回の夜逃げについての補足を中心としたお話でした。まあ、次回のネタバレになるのであまり触れませんが、次回は今回よりは良いとだけ事前にお伝えしておきます。

 またのお越しをお待ちしております!

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