第1章 やさぐれシスター(part5)
前回はソフィリアさんが酒場でお父さんに売られたところで終わりました。
字に起こすととても嫌ですね……。
あの一瞬で子どものソフィリアさんが売られたとはどういうことなのか。
わたしは訳がわからず混乱した。
だが、記憶の景色が酒場からソフィリアさんの母親の部屋に移り変わる瞬間の彼女の噛みしめた表情を不意に見たことから、残念ながらこの話は事実なのだろう。
降魔さんは彼女には触れずに先程、酒場で起きた出来事をわたしに教えてくれた。
「まあ、ソフィリアさんの言う通り、彼女はお父さんに売られました。辻屋さんもあの時グラスが割れたのを見たでしょう。それは、どんな人間でも気が付ける程、高く響く大きな音。そんな音を聞いたら誰だってそこに目線がいってしまう。現にあなたも割れたグラスに注意を向けていましたよね。ですが、私はソフィリアさんの視線がグラスを落とし割った人物に向いていたことから、もしやと思いずっと凝視していました。そしてことが起きたということです。ところで、あなたはどこまで把握できていますか?」
「わたしですか?ええと、確かに降魔さんの言う通りグラスに注意がいっていました。それでも、グラスを割った人物は見えましたよ。ソフィリアさんのお父さんの隣の席、確か男性だったような……」
「正解です。その男性がグラスを割った拍子に後ろの席のソフィリアさんのお父さんに大量のお金が入った袋をこっそりと渡し、耳打ちで先程ソフィリアさんがお話したような会話をしていたのです」
「わたしがよそ見している間にそんなことが起きていたんですね……。降魔さんも凄いですね。でも、どうしてあんな騒がしい中で耳打ちの会話を聞き取れたんですか?もしかして、読唇術とかできるんですか?」
「読唇術なんてできませんよ……。できないけれど、ある程度の想像は出来ますからね……。まあ、今回の場合は単なる地獄耳ですね」
降魔さんは自分の耳を指さしながら応えてくれたが、それが、地獄の住人のギャグであるかどうかわたしにはわからなかった。
だが、わたしは降魔さんの近くでひそひそ話で悪口を言わないように注意しよう。それだけは、心に誓った。
「でも、なんでそんなに回りくどいことをする必要があったのでしょうね?お金を渡すだけなら、同じ席に座って渡せば済んだ話だと思うのですが……」
「それは簡単ですよ。足がつくからですよ。金品を渡す光景なんて誰かに見られたら、怪しいに決まっている。それによって、もし子どもが誘拐されでもしたら容疑者になり得ますからね。だから、他人を装って自然に接触した。きっと、彼は非合法な仕事をしているのでしょう」
わたしは言いたいことの半分は納得できたが、残りは理解できなかった。
「でも、降魔さん。誰にもバレたくないというのであれば、他にも場所はあったと思うのですが、なぜ、こんな人の多い酒場で非合法な取引を行ったのでしょうか?」
「確かに、ここには人の目が多いのは事実です。ですが、ここは酒場。つまり、皆が皆お酒を飲んでいる場です。もしも、ここでお金の受け渡したがバレて騒がれたとしても、ただの酔っ払いの戯言で終わりますからね。だから、ここだったのでしょう。まあ、これに関しては相手の考え方に依存する面もあるので何とも言えませんが……」
「そういうことですか……」
わたしはようやく合点がいった。
それと同時に自分には周り全体を俯瞰して見れるだけの冷静さがないことも理解できた。
これは知らないとまた引っかかってしまうため、脳内フォルダに注意深く記憶することにした。
「それでですが、ソフィリアさんに伺いたいのですが、子どものソフィリアさんは一生懸命に鞄に入れる物を探しているようですが、これは夜逃げの準備ですよね?」
わたし達が長々と会話をしたこともあってか、ソフィリアさんの表情は少し落ち着いてきているように見えた。
「ああ、そうだよ。あの日にこんなことが起きているなんて、家に居た私は知る由もなかった。けれど、親父が大量のお金を入れた袋を抱えながら上機嫌で帰って来て独り言を言ったんだよ」
『お前を売って得た金だ。お前は明日にはマフィアの所に行くからな。準備しとけよ』
「確かそんな言葉だったと思う。親父はそう言い残すと、リビングに倒れこむように寝てしまってさ。本当、最初は酔っ払いの冗談だと思ったんだ。いや、思いたかっただけかも知れないが……。あんな屑でも父親だからな。でも、寝転がった親父の横にお金が大量に入った袋を見たら、その発言が嘘には聞こえなかったんだよ。あの時は本当に酷くショックを受けたよ。だから、酒場でせめて、せめて当時の親父の口から直接あの呪いの言葉を聞くまでは少しだけ信じたかった。あの時の親父は脅されていただけだったと……。まあ、知っていた通りの結果のまま何一つ変わることはなかったな」
嫌いな親であっても期待してしまう。
そして、裏切られる……。
ソフィリアさんは過去の自分を寂しそうに眺めながめて言葉が止まっていたが、少し間を置いた後に電池が入ったかのように再び話し出した。
「それで、そうだな夜逃げだな。私は早く逃げないといけなかった。明日というのが朝なのか夜なのか分からなかったからな。それに、私の夜逃げには親父の目の届かない今しかないと思ったんだ。具体的な状況がわからないからこそ、一刻の猶予も許されないそんな状況で早くこの家を出て、少しでも遠くの地に行かないと不味い……。だから、私は荷物は鞄1個だけにし移動に支障がないように配慮した。鞄には母の写真と私の映っている写真の全てを入れた。もしも、相手が私の顔を知らないのであれば逃げ切れる確率を上げられるとその時の私は考えていたと思う。後は、私を売った際に得たお金の一部を頂いたかな。あまりに多額を抜くともしも目覚めた時に直ぐに捜索されるリスクが上がるのを防ぎたかったと判断したんだ。とにかく、私が逃げ切るためにはマフィアに顔を知られていないことと、いかに親父に気付かれないように家を出ることができるのか、という二つの条件が噛み合わないといけないと考えたんだよ。まあ、この冷静な判断をこの短時間でよく思いついたもんだと今の私ですら関心するよ。火事場の馬鹿力という奴なんだろうよ」
彼女の機転の良さにただただ脱帽した。
もしも、わたしが同じ立場なら想い出という意味でのお母さんとの写真とお金ぐらいしか気が回らないだろう。
だが、二桁にも満たない年齢の彼女は、自分の正体を隠す最善の選択を的確に行っている。
その行為に純粋に凄いという、チープな感想しか思い浮かばない。
過去の彼女の結果は決まっているとしても、心の底から彼女を応援したいそんな気持ちが強まった。
わたしが彼女に対して尊敬の眼差しを向けていると、降魔さんが耳元に囁くように呟いた。
「感心しているのは分かりますが、わたしとあなたは案内人です。彼女の行いにもしっかり目を向けていてくださいね。今回で言えば、父親のお金を盗っていることも見るべきポイントになり得ますからね」
その呟きはあまりにも残酷なものであった。
そうだ、わたしは遊ぶためにここに来たのではない。もってや、彼女の記憶に共感し全てを同調するのは間違いだ。
悲しい。けれどこれも仕事だ……。曖昧な公私の隔たりの間にわたしは悩まないといけないことを悟った。
そうこうしていると過去のソフィリアさんの荷物の準備はあっという間に終わった。時間にしておよそ20分といったところだろう。
彼女はお母さんの部屋をでるときに小さな声で「ありがとう」と言って部屋を後にした。そして玄関に向かうためにリビングの前を横切ろうとしたときに一旦立ち止まり、寝ている父親の方を見て「さようなら」と、今度は空気交じりの小さな声で別れの挨拶をした後に暗い夜に消えてしまった。
彼女が家を出た後、記憶の景色にも変化が生じた。
どうやら今度の場所は大きく変わったようだ。目の前には小さな教会があった。だが、町全体を見渡すと寂れた、いや、親しみやすい雰囲気の田舎町、そんな印象の町であった。
あの日の彼女の夜逃げが成功したかわからないわたしは本質から逸れた無難な発言した。
「趣のある町ですね……」
「そうですね」
降魔さんの返事はとても淡白だった。彼は辺りをキョロキョロと見渡しながら、何かを探しているようだった。そして、目的のものが見つかったのか、彼は再び落ち着いた様子で再び口を開いた。
「どうやら。夜逃げは成功したみたいですね」
何をもって判断したのかは不明だが、彼女はその言葉に同意した。
「そうだな……。確かにあの夜逃げは成功したさ。だけど、まあー。うん……まあ、予想はしていたさ。この町を訪れることになるということは……だけど、ここには正直来たくなかった。悪しき思い出のまま記憶の片隅で薄れていって欲しかった。そんな場所だな……。それでも、この町は私にとって大事な第二の故郷と言っても良いぐらい、とても、とてもお世話になったところ……ではあるんだ」
彼女はいつになく歯切れの悪い返事をしたのは気になったが、とりあえず、夜逃げに成功したことは素直に嬉しかった。
記憶の世界であっても子どもの苦労を見たくない、それは恐らく普通の感性のはず。それに彼女の生い立ちを知ってしまうと、それまでの他人とはどうしても思えなかったというのも理由の一つだろう。
まるで同じ感覚を共有しているような何とも言えないがそういう感じに近いかも知れない。
「やっぱり、ここがあなたの第二の故郷ですか……」
そのあまりにも堂々とした様子の降魔さんは、この後のことが全てお見通しであるかのような、異様な雰囲気があった。
彼は少し考えているようであったが、すぐに自己解決をしたかのようなすっきりした表情で本題に移ったのである。
「では、この記憶世界のソフィリアさんを探しに行きましょうか?」
その言葉にわたしは期待の眼差しを向けた。
「燈火のトモちゃんの出番ですか‼」
わたしは嬉しそうに訊いた。
「トモちゃんですか?まあ、お願いすることはできますが、今回の場合ソフィリアさんの捜索ですから、私一人で大丈夫ですよ。トモちゃんには無駄な負担を掛けるべきではありませんからね。ここは諦めて下さい」
心底絶望的な応えだったが、トモちゃんの負担という一言で反論することはできなかった。
「でも、どうやって探すんですか。いくら、この町が大きくないとはいってもしらみつぶしに探すにはやっぱり、難しいと思うのですが……」
すると、彼はわたしの方に目線を向けなおして、質問するかのように尋ねた。
「最初にどうやってソフィリアさんの家に向かったのか忘れましたか?」
その問い掛けでハッとなった。そうだ、あの時、最初にソフィリアさんに会った時には、トモちゃんを使うことなく彼女の家を探し当てることができていた。
つまりは、こういうことだろう。
「もしかして、降魔さんは亡くなった当事者であるソフィリアさんの捜索はできるが、それ以外の相手の捜索はできない。あの時、トモちゃんに頼んだのはソフィリアさんではなく、彼女のお父さんだったから、ということでしょうか?」
「その通りです。満点の解答です。ですから、私に着いてきてください。そうすれば、迷うことなく過去の彼女に会えますので」
降魔さんは言い終えると、教会とは真逆の方へと歩み出した。
「てっきり、わたしは教会に入るとばかり思っていましたよ」
「まあ、教会にはいずれ入ることになると思いますよ。ただ、まだその時ではないというだけです」
その時でない。という発言に多少の引っ掛かりもあったが、特に気にしないことにした。
教会に入るということが否定されなかったことは、やっぱり、この教会とソフィリアさんには何かしらの縁のある場所ではないのかと考えていたからだ。
まあ、これは推理でもなんでもなく、誰にでも分かることだろう。だって、彼女の服装がシスター服であり、この場所にいても全くの違和感がないからだ。
現に、ソフィリアさんは教会の方を何度か振り返っては見るを繰り返すぐらい、そわそわしていたからだ。そんな動作を見ると、鈍感なわたしでも勘繰ることができるぐらいには……。
わたし達は歩いた。時間にして7、8分といったところだろうか。ここには、商店街と呼ぶに相応しいぐらい、賑わっているお店が無数にあった。このような商店街は田舎町には無縁とは思っていたが、とんだ偏見であったらしい。
歩いていて気が付いたのだが、田舎町といっても教会周辺や居住区に限った話であり、ひとたび歩けば町は変わる。
生きている。
そんな感じがした。
「この辺りですね」
彼が足を止めた場所は、商店街ではあるが、その脇道にある薄暗い場所であった。
脇道では、商店街の雰囲気とは異なり汚れた姿の人や蠅がたかっている人さえいた。
わたしは咄嗟に口を押えて目線を逸らしてしまった。運の悪いことに目線を逸らした先にはソフィリアさんがいた。いや違う。彼女は彼女であっても今の彼女ではない。その彼女は以前見た少女の成長した姿がそこにはあったのだ。
ご読了ありがとうございました。
今回はソフィリアさんの夜逃げ回でした。正直クリスマスにこの回を上げるのはどうかとは思いましたが、「出会いあれば別れあり」ということで良かったかも知れませんね。私の作品の内容としては、はあれですが……。
今回に引き続き次回も……暗い話が続きますが、「出会い」といった側面も近々ありますので、楽しみにしていただけると嬉しいです。
本日は大幅に投稿が遅れて大変申し訳ありませんでした。クリスマスなのに試しに歩いて自宅まで帰ろうとしたら、道に迷って帰宅に5時間も要してしまいました。おかげで、足が笑ってます。
※ 明日の投稿ですが、諸事情で夜時間に投稿することができないため、12時もしくは17時頃の投稿とさせていただきます。




