第1章 やさぐれシスター(part4)
今回はソフィリアさんとお父さんに何があったか、また、可愛い新キャラが登場します。
「では、ソフィリアさんのお父さんの居る場所に向かうとしましょうか」
降魔さんはいつも通り淡々としている様子ではあったが、言葉遣いが先程とは少し異なっていた。ソフィリアさんのお母さんに対しては母君と丁寧な言い方で呼んでいた、一方父親に対しては父君ではなく「お父さん」と呼んでいる。彼女の記憶に対して嫌悪感を抱いているのだとわたしは理解した。
それよりも、わたしは彼の発言に対して一つの疑問を投げかけた。
「降魔さんは、ソフィリアさんのお父さんの居る場所に向かうと言っていますが、どのようにして合流するのでしょうか?出て行って間もないとはいえ恐らく10分近くの時間が経過していますよね。普通に考えて見つけることは困難ですよ……」
「いや、流石に人力で探すのは難しいですよ。ですからこれを使うのですよ。」
そう言うと彼は腰の方に腕を回してランタンのような物を取り出した。そのランタンに人差し指を弾くようにすると、なんとそこから青い火が灯った。まるで、魔法のようである。
「自動で火が着いた!凄い!とても不思議ですねー」
青く美しい炎にわたしは見惚れていた。
いや、わたしだけでない。彼女もその不思議な炎をまじまじと見ていた。
それは当然だ。
亡くなってから長い時を経たわたしですら、この様なファンタジーな代物を見る機会はほとんどなかった。
そう考えると、彼女にとってはなおさらだろう。
「辻屋さんも見たことがありませんでしたか?これはですね、燈火という品です。この燈火を使うと人の捜索がとても便利なんですよ。まあ、まあ、まあ、やってみるので見ていて下さい」
降魔さんはいつになくテンションが高い。
まるで、別人のようだ。
「この火の着いた燈火に息を吹きかけるんです。ふーう。そうすると燈火にある炎が飛んで一つの命が生まれるのです。ほら、宙を漂う小さな炎が見えるでしょう。こちらが、ともしびのトモちゃん。我々を目的地まで導いてくれる子です」
「可愛いー」
わたし達は宙に浮いた燈火改め、トモちゃんを見てそのあまりの可愛さに叫んでいた。降魔さんの手抜きなネーミングセンスは置いといて、トモちゃんは手のひらに載せられる程小さく見た目も文句なく可愛かった。
「本当に可愛い!降魔さんこの子、とてもとても可愛いですね」
皆がトモちゃんを褒めているため、彼も上機嫌であった。
「そうでしょう。そうでしょう。この子は凄いうえに可愛い。そう、とにかく可愛いのです」
いつになく饒舌であった。
その様子は我が子を褒められたバカ親のように過剰ではあったが、気持ちを汲むことができると言っていいほどの可愛さがそこにはあった。
わたし達がトモちゃん談義で盛り上がっていると、トモちゃんは照れくさそうにこちらを見て、もじもじしていた。
「あ、あのう……」
小さな声が聞こえた気がした、だが、トモちゃん談義に集中するあまりわたし達の耳にその声が届くことはなかった。
「あ、あのう……。あ、あのーー!少し良いですか」
可愛いらしい声が今度はハッキリと聞こえた。
声の方を見ると、そこにはトモちゃんがいた。
わたしはトモちゃんが喋れるとは思いもしなかったため、声を聞けたことがとても喜ばしかった。
見た目の可愛さ。声の可愛さ。その両方を持ち合わせているなんて無敵である。
一同の視線が向けられたトモちゃんは、降魔さんの肩に乗り、照れて赤らんだ顔を少し隠しながら話し出した。些細なことであるが、トモちゃんが乗った降魔さんはとても上機嫌であった。
正直、羨ましいとさえ思うが今は我慢しよう。
「あのう。可愛いと言って貰えるのは嬉しい。嬉しいけれど、これ以上は恥ずかしいの。だからね。だからね……」
どうやら、トモちゃんはハッキリと物事を伝えるのが苦手なようだ。けれど、必死に訴えている様子はとても愛らしかった。
どこまでも、わたし達に可愛いを提供してくれるんだ。この子は……。
「ごめんね。わたし達、悪気があった訳ではないのよ。本当にあなたが可愛くて何度も言ってしまったの……。だから、許してね」
わたしは優しく謝罪すると、トモちゃんは顔を隠しながら「でも、ありがとう」とだけ、伝えて降魔さんの後ろ隠れた。
かなりの照れ屋さんらしい。
「このように、トモちゃんは非常にシャイな子。ゆえに、皆さんはくれぐれも虐めることのないようにお願いします。では、トモちゃん、そこにいる彼女、ソフィリアさんのお父さんの居場所まで我々を案内していただけますか?」
完全に自分のことを棚に上げていた。
少し納得はできないが、これ以上トモちゃんを困らせないようにするため、ここはぐっとこらえた。
トモちゃんは降魔さんの提案を喜んで肯定すると、目を閉じながら一生懸命思案し、ときには頷いていた。まるで、コンピュータの読み込みのようなそんな既視感があった。
「うーんとここは違う。あれ?ここも……じゃあここかな……あっ、いたよ、いたよ!川を渡って直ぐです。着いてきてー!着いてきてー!」
トモちゃんは、あっという間にソフィリアさんのお父さんの居場所を特定したようだ。時間にしてものの数十秒と言ったところだ。とても優秀な子だ。
わたし達はトモちゃんに導かれるようにして目的地に向かった。その言葉を疑っていたことはないが本当に近くだった。場所は何とわたし達がこの記憶世界に来て最初に見た川の橋を辿った近くにある酒場であった。
失礼ながら、彼女のお父さんが居ても何の不思議のない場所。
想像に相応しいとさえ思ってしまった。
酒場に入るとそこには、ソフィリアさんのお父さんが飽きもせずにお酒を浴びていた。
「トモちゃん、お疲れさまです。案内ありがとうございました」
先程までのシャイなトモちゃんとは異なり、一仕事を終えて自身がついたのか得意げな表情を浮かべていた。
「では、これはお礼の竹炭です。本日は不明ですが、また呼ぶかもしれません。その時は、よろしくお願いしますね」
「わーい!!竹炭だー。ありがとうなのー」
大はしゃぎのトモちゃんに、わたし達は我が子を見るかのような優しげな視線を向けていた。
子どもがいたらこんな感じなんだろう。と、居たこともないわたしは静かに想像するのであった。
「じゃあ、またねー。お兄ちゃん。お姉ちゃんたちー」
そう言うと、トモちゃんは燈火の中に戻ってしまった。もう少しお話したい気持ちはあるがまたの機会ということで、今はこの感情を抑えることにした。
「消えてしまいましたね……」
わたしはポツリと言葉が漏れた。
「そうですね。あの子は燈火ですからね。あまり長いこと外に出ていると体力を消耗してしまうのです。火と同じですよ。燃やすものが無くなった火は消えてしまう。つまりは、そういうことです」
凄くわかりやすい例えであった。でも、寂しい気持ちは残っているのは事実であるが、この仕事をしていればまた会えるはず。
これからは仕事前には竹炭を用意しよう。そうしよう。と、一人問答をするほどにはトモちゃんに対する愛着が生まれていた。
これが母性なのだろうか……。
わたしが取るに足らないことを考えていると、降魔さんはお酒に酔いつぶれている彼女のお父さんを見つめながら、ソフィリアさんに確認を兼ねた質問を行っていた。
「ところで、ソフィリアさん。家以外でこの光景を見るのは初めてですか?」
「初めてって……。子どもの私がこんな飲み屋に行くわけがないから、初めてと言えば初めてだな」
「そうですか……。でも、違和感はありませんか?」
降魔さんはソフィリアさんの顔をそっと覗き込んだが、彼女は頭を傾げるのみで何もわからない様子であった。
当然、わたしもわからない。
「あのさ、あんたは何を言いたい訳?回りくどいのはいいから早く結論を言ってくれよ。私はもう親父なんか見たくないんだからー」
「それもそうですね。私が思うにここの酒代は何処から来ているのか気になっただけですよ。この記憶世界に来て見たあなたは瘦せ細っていました。ですから、恐らく家では自炊はしていないのでしょう。仮に、自炊をしていればつまみ食いの一つや二つは可能なはず。そうすれば、あなたがあそこまで痩せ細ることもないはず」
「そういうことか。確かに、私の家は裕福ではなかった。さっき、見たとおりにな……。あんたの言う通り自炊はあまりしなかったと思う。だいぶ前で記憶が正しいかは分からないが、あの親父は酒さえあれば良い。そんな人間でお金のほとんどが酒に消えているのも知っている。あんたの言いたいことは大体わかる。あんたは親父が借金をしていると言いたいんだろう。まあ、その推測は正しい。だけど、そんなことは恐らくどうでも良いことだ。それよりも重要なことー、それはたぶん、この場面を私に見せる必要があり……きっと、あいつに関することだろう」
「そうですね」
あいつ?わたしには誰のことか分からなかったが、その方がきっと、彼女の人生に影響を与えたということだけは理解できた。
二人は一通りの会話を終えると、ソフィリアさんの方から提案してきた。
彼女は空席を指さし、わたし達をそこへ誘導した。
「まあ、座って気長に待つとしよう。きっと、あんたの想像通りのあいつが来るはずだからな」
彼女は降魔さんがこの先の展開を知っているかのような含みのある発言をした。二人には何が起きるのか分かっているように落ち着いていた。
察しの悪いわたしにとっては、この様な雰囲気の中、待つのは多少の居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
わたし達は彼女の言うあいつが来るのを静かに待った。
待っている間に彼女のお父さんの方を確認すると、空のグラスを傾けては一滴、傾けては一滴と彼女のお父さん名残惜しそうに飲んでいた。
どうやら、これ以上の持ち金はないようだ。
「誰もきませんね……。もしかしたら、このまま誰も来ない可能性もあるのですか?」
退屈のあまり、わたしは来ない可能性を思案していた。
「そうですね。これに関しては、長年の経験による読みですからね。来ない場合もありますね。まあ、その場合の対策はいくつかありますから、あまり気にしなくても大丈夫ですよ」
この様な憶測による張り込みも行うこの業務の難しさを感じると同時に、落ち着き払った降魔さんにわたしは感心した。
よく退屈しないものか……。そんな、仕事中に考えてはいけないことを思案しているとき、動きはあった。
わたしの席の近くで、いきなり「パリン」という高い音が響いた。その音はどうやら落下して割れたグラスの音であった。音の響いた方向はどうやら、彼女のお父さんの隣の席からだった。
グラスの割れる音で一瞬、店内に静寂が訪れていた。
そんな時、降魔さんはポツリ「終わりましたね」と、言った。
その発言の意味がわたしには全くわからなかった。駄目だったということなのか、どうかさえわたしにはこの現状を理解できるほどの頭の持ち合わせはなかった。
だが、彼女の噛みしめた表情から何かがあったことは明白であった。
景色は酒場から彼女が住んでいる家へと変化した。どうやら、知らぬ間に物事が解決していたようだ。
部屋には先程の少女、つまり、子どものソフィリアさんが身支度をしているようであった。
わたしは突然のこと過ぎてその場で唖然としていた。
「あのう、降魔さん。これは、一体どういうことでしょうか?なぜ、いきなりソフィリアさんのお部屋に戻ってしまったのでしょうか?」
わたしは現状を把握するためにも降魔さんに尋ねた。
「あなただけはどうやら見逃していたのですね」
その言葉を聞くと素直にやらかした気がして申し訳ない気持ちになった。
「申し訳ありません。なにもわかりませんでした。酒場でグラスが割れた。その事実しかわかりません……」
素直に頭を下げて謝罪した。
そんなわたしに降魔さんは怒ったりといったことはなく、淡々とあの時の状況を話し出した。
「最初に言っておきますが、今回の件は仕方がないことですから、気にしなくて大丈夫です。ですが、次はもう少し全体の状況を見れるようにしてください。私たちはこの記憶世界の住人ではないので、グラスが割れたということが、直接的な怪我に繋がることもないですからね。それで、私が見たことですが、まあ……ええと、申し上げにくいのですが……」
降魔さんが言いにくそうにしていると、ソフィリアさんが彼の話を遮り、言おうとしていることを代わりに答えてくれた。
「私はあの時、売られた。ただ、それだけさ」
ご読了ありがとうございました。
今回は内容が重くなり過ぎないようにするため、トモちゃんに頑張ってもらいました。
次回からはソフィリアの人生に多大な影響を与える出来事が起こります。引き続き読んでいただけると嬉しいです。




