第1章 やさぐれシスター(part18)
前回は、家族団欒の食事が始まったところで終わりました。今回はその続きからです。
楽しい時間というのは本当にあっという間だ。
微笑ましい家族団欒の食事にも終わりが見えて来た。
三人の机にあるメイン料理は既に空になっており、残すはデザートのみとなった。
「よし!メイン料理も食べ終えたし、片付けてデザートでも持ってくるとしますかね。ちなみに、本日のデザートはティラミスだから、楽しみにして待っててな」
過去の記憶のソフィリアさんは、そう言いながら、立ち上がると食べた後の食器を片付けようとした。
それを、見たアウロラさんも「私もティーの準備をしなきゃ。手伝うわよ」と言い、食器の片付けを申し出ていた。
二人の様子を見て神父も手伝おうと立ち上がろうとしたが、アウロラさんが神父の背中と椅子の背を抑えることで立ち上がるのを制止した。
「最後くらい私たちに親孝行させてよ。お父さん」
アウロラさんは穏やかな表情を神父に向けながら話しかけており、それを見た神父は目をギュッと閉じながら「そうですね……。では、お願いします」と言い、片付けとデザートの準備を彼女たちに任せた。
そして、アウロラさんはソフィリアさんの後を追うように、食べ終えた食器を運ぼうとしたとき、神父は彼女だけに聞こえるような小声で一言「ありがとうございます、アウロラ……〇〇〇〇〇を〇〇〇よ」
神父の声はとても小さくて、わたしには聞き取り切れなかったが、アウロラさんに対して感謝の気持ちを伝えていることは理解できた。
そして二人は先程の会話の続きだろうか、アウロラさんは神父に対してにっこりと微笑みながら元気よく「私はお父さんよりも、ちょっぴり、ほんのちょっぴりだけ優秀だから大丈夫よ」と、親指と人差し指を挟むような仕草をしながら答えた。
普段のアウロラさんでは言うことのないような、少しだけ可愛い傲慢な返事を神父は頷きながら聞いており、「ちょっとではなく、だいぶ優秀です」と、一言補足を加えていた。
※※
「ごめんね。待たせちゃって……本日のティーはカモミールよ!」
ソフィリアさんの作ったティラミスとアウロラさんが淹れたカモミールティーが机に並べられた。
ティラミスの見た目は、ソフィリアさんの誕生日にお母さんが作ったものと瓜二つの出来であり、かなり、お母さんのレシピの影響を受けていることが伝わって来た。
机に並べられたデザートを前に、皆が手を付けようとしたときに、神父は彼女たちを制止させた。
「食べる前に少しいいですか?」
神父の一声で皆の動きが止まった。
「実は先程、教会で手紙を書きましてね。今のうちに、二人に渡しておこうと思いまして」
「お父さん、いつの間に手紙を書いていたんですか?」
アウロラさんのいきなりのお父さん呼びにソフィリアさんは驚いたようで、二人の顔を交互に見つめた。
「あれ?姉さんって、エルネストさんのことをいつの間にお父さんって呼んでいたっけ?」
ソフィリアさんはアウロラさんに確認するように尋ねた。
「そんなの昔からに決まっているでしょう、ソフィリアちゃんはおかしなことを言うのね。ねえ、お父さん?」
「そうですよ、ソフィリアさん。アウロラは昔からぼくのことをお父さんと呼んでくれていたではありませんか?」
「えっ、なになになに?アウロラがお父さん呼びでエルネストさんがアウロラ呼びで……」
ソフィリアさんはこの状況が飲み込めずに混乱しているようだった。
「ところで、ソフィリアちゃんはわたし達には何か言ってくれないのかな?例えば、お姉ちゃんとか、お姉ちゃんとか、お姉ちゃんとかね」
「お姉ちゃん呼び良いですね。ぼくも家を出る前の娘に最後くらい、何か言って欲しいものですよ。イケメン神父やハンサム神父、教会に舞い降りた傾国顔の美形男子とかですかね」
「……姉さんはいつも通りだから良いとして、エルネストさんのはどこでそんな変な言葉を覚えたんですか?」
「何かおかしかったですか?男性ならイケメンやハンサムという表現なら自然かと思いましたが……どうやら、間違いでしたかね……」
「そっちじゃなくて、その後半だよ……。なにが、教会に舞い降りた傾国顔の天使ですか……恥ずかしいですよ」
「違うわよ、ソフィリアちゃん。天使ではなく美形男子だよ」
「そんなのどっちでも良いだろう」
「良くないわよ。ソフィリアちゃんの言っていることは、姉さんとお姉ちゃんぐらいの差があるのよ。お姉ちゃんと呼ばれると慕ってくれている妹ちゃんが私に懐いてくれているみたいな感じがして嬉しいのよ。だけど、姉さんと呼ばれると反抗期の妹ちゃんが姉にツンケンしているみたいで……いや、待ってこっちも捨てがたいわね」
アウロラさんは一人で自分の世界に入っていった。
その様子にソフィリアさんも折れたのか「もういい、もういい。分かったから……」と、匙を投げていた。
諦めたソフィリアさんは、二人の顔を照れるように覗き込むと、照れた表情を浮かべていた。
そして、意を決したように二人に甘えたような声でサービスをした。
「ええと、アウロラお姉ちゃん。それと、パパ……。こ、これでいいのか?」
二人は満足した表情を浮かべていた。アウロラさんは言うまでもないが、神父の方は今にも泣き崩れそうな表情をしていた。
そして二人のソフィリアさん。過去の記憶のソフィリアさんと故人のソフィリアさんの両方は自分の発言にダメージを受けているようで、二人して苦悶していた。
その様子は合わせ鏡のような一分の狂いも無いような見事に素晴らしいリンクだった。
「ありがとうね、ソフィリア。ぼくは大満足ですよ」
「私は黒歴史を作ったみたいで大、大、大不満だよ……」
「ちょっと、虐めすぎちゃいましたね。ごめんなさい。これ以上、デザートを遅らせるわけにはいきませんね。では、二人にこの手紙を渡しておきますね」
二人はそれぞれの名前の入った手紙を神父から受け取った。
「手紙とは、なかなか粋だな——。この手紙、今開けてみても良い?」
「それはダメですよ。何のための手紙だと思っているのですか。言葉にできないような恥ずかしいことを書き連ねているのですよ。それに、この手紙は二人が人生に困ったときに見て欲しい。そんな思いで書いた物です。ですから、今見たらありがたみが半減してしまうではありませんか」
「なるほど、そういう手紙なんですね……。なら、人生に困るまでこの手紙は大切に保管しておくとするかあ。ありがとうございます」
「喜んで貰えると嬉しいですがね……。あと、アウロラにはもう1枚手紙を渡しておきますね」
「もう1枚?これは何ですか?」
「これは、この町を出てからお二人が向かうべき場所とぼくの知人の住所を記してあります。困ったときには力になってくれると思いますので、念のため受け取っておいてくださいね」
「……わ、わかりました」
それぞれに、手紙を渡し終えると、神父は手を叩いた。
「では、手紙も行き渡りましたし、デザートを食べるとしましょうか」
「ちょっと、待ってください、エルネストさん。最後に私から一つ聞きたいことがあるんだけど、よろしいですか」
「エルネスト……さんですか……」
先程のパパ呼びから、名前呼びになり、神父のテンションは目に見えて下がっていた。
「えーと、パパ・ニ・ヒトツ・タズネテ・モ・イイ・デスカ?」
棒読みであった。
「良いですよ!一つと言わずに二つでも三つでも聞いてください」
「じゃあ……では……私は今後、教会には戻っては行けないのでしょうか?」
ソフィリアさんの発言で、一気にその場の空気が凍った。
凍った空気の中、神父は間髪入れる間もなく即答した。
「それは……ダメです」
その返事はシンプルに残酷なものだった
「ダ、ダメ……ですか……」
突き放したような発言をされ、ソフィリアさんは俯き暗い表情を浮かべた。
神父はそんな彼女を見ると申し訳ないと言わんばかりの表情で見ていた。
「ダメ……とは言いましたが、別にぼくはソフィリアが嫌いということでは決してありません。新天地でケーキ屋さんの経営をするのでしょう。それなら、未練の残る行動は控えた方が良い。という意味で否定したのです。ですから、ソフィリアがケーキ屋さんで成功を収めた、その時にはまた戻ってきてください。5年、10年もしかしたらそれ以上になるかも知れませんが、ぼくはここで待っていますよ。まあ、1年で戻るということはやめて下さい。一応、今回は暴力事件に対する還俗という名目ですから、それでは示しがつきませんからね」
「ありがとうございます」
ソフィリアさんは深々と神父に頭を下げながらお礼を言った。
「はいはい。では今度こそは良いですね。アウロラは何かありますか?」
「私は十分話したので大丈夫よ」
「そうですね……。では、デザートを食べるとしましょう。ソフィリアお願いしますね」
「えっそれって、さっきも言いましたよ……」
「いいえ、さっきは、机にティラミスとカモミールティーがありませんでしたからね。それでは、言ったことにはなりませんよ」
「分かったよ。じゃあ、いただきます!」
「いただきます‼」
三人は元気よく食事前の挨拶をし、デザートを食べ始めるのであった。
※※
「はあー、これも見納めか……」
ため息交じりに、まるで全てが終わったとばかりな発言をしたのは、故人のソフィリアさんであった。
「ソフィリアさん、見納めって……」
わたしは心配そうに彼女に聞き返した。
「そのままの意味だよ。親子三人で並んで食べた最後の食事風景。最後の晩餐みたいなものだな」
「最後の……晩……餐」
「ああ、そうだ。最後の晩餐だ」
「…………」
あまりの衝撃的な言葉で、返事を返すこともできずに、わたしは完全に固まってしまった。
ソフィリアさんは、そんなわたしを一瞬見たと思ったら、今度は目線を降魔さんの方に向けて話し出した。
「私の言う通りだったろう、降魔さん」
「まあ、想定はしていましたが……あなたが提案してくれて逆に助かりました」
「では、後はよろしくお願い……っと、その前に」
彼女は何かを言いかける前に、机に並べられた、ティラミスとカモミールティーを一口ずつ口に運んだ。
そして、首を傾げながら一言「ティラミスはまだまだだね。それじゃあ、お願いします」と。
「はい、わかりました」
二人の会話が終わると、記憶世界の景色が変わりだした。
だが、今回の景色の変化は今までと異なり、時空が何度か立て続けに歪んでいるようにみえた。
わたしはいきなりのことで、ハッキリと認識が出来なかったが、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ赤色に燃える教会の景色が見えたような……そんな気がした。
ご読了ありがとうございました!
本日は家族団欒の食事でした……。まあ、最後の晩餐ということで、重い感じになってしまいました。誰がというのは、あからさまに予想が付くように書いていましたので、今回は伏せます。
次回も読んでいただけると嬉しいです。




