第1章 やさぐれシスター(part17)
前回はソフィリアさんの暴力行為でシスターという職を還俗(辞める)することになり、せめて最後は家族団欒で食事をしたい、というところから本日は始まります。
変化する過去の記憶世界の景色をソフィリアさんは羨ましそうに呆然と眺めていた。
記憶の世界に変化が生じてしまった……。
外は暗くなっていたが、今回はそこまで時間の経過は無いようだ。その証拠に、先程ケーキを作ると言っていた過去のソフィリアさんが一人黙々とケーキを作っていた。
料理について、わたしは食べる専門なので、今彼女が作ろうとしているケーキが何かは不明だが、恐らく彼女とお母さんの思い出の味であるティラミスだろう。
彼女はケーキを作り終えると、頭の下に手を置く姿勢でソファーに寝ころんだ。寝ころんだ彼女は、小声でぶつぶつと呟きながら何か考え事をしているようであった。
「ああ、今日でここでの生活も終わりか……あっという間だったな……」
彼女は独り言を言いながら、ソファーの傷を指でなぞりながら感傷に浸っているようだった。
繰り返し、繰り返し、何度も、何度も。
意味もなく、ただそれをなぞる。
彼女がソファーの傷をなぞって時間を潰していると、家の扉が開き元気な声が聞こえて来た。
「ただいまー、フィリアちゃん、ってどうして寝ているのよ?」
「おー、おかえりー!いや、寝ているんじゃなくて、料理が出来上がったから退屈で、退屈で……よいしょっと」
ソフィリアさんはアウロラさんの顔を見るや姿勢を正して座りなおした。
「あれっ、エルネストさんは一緒じゃないんだ?」
「ああ、えーと、エルネストさんは……少しだけやることがあるみたいよ。だから、先に食べるように言っていたわ。だから……どうする?」
アウロラさんは少し気まずそうに応えた。
彼女の表情を見たソフィリアさんは、その問に少しだけ考え込んだ様子を浮かべたが、すぐに結論を出した。
「それも、そうだな。今朝のことがあったから、きっと顔を合わせにくいだろうし、先に食べるとしよう。その方が、後から来たエルネストさんも気にせずに顔をあわせやすいだろうし……。じゃあ、今から用意するから待っていてな」
「ちょ、ちょ、ちょ……やっぱり、ちょっと待って、フィリアちゃん。食事の用意をする前に私と少しだけお話しましょう。伝えておきたいことがあるのよ」
ソフィリアさんはキッチンまであと一歩のところまで来ていたが、アウロラさんの一言で、踵を返した。
「どうしたの、姉さん。話って何?」
「ちょっと待ってね……」
アウロラさんはソフィリアさんにどう伝えるか、じっくりと思案しているようであった。
不安な表情。
悲しい表情。
怒った表情。
真剣な表情。
怯えた表情。
哀しい表情。
百面相のように、彼女は様々な表情を浮かべていた。
ソフィリアさんは、彼女の表情が変化する度に、毎回身構えていたが、それでもずっと、話し出さない彼女を不思議そうに見ていた。
変幻自在なカメレオンのように表情を変化させるアウロラさん。
その表情はまるでスロットマシンのように高速で入れ替わっていた。
表情筋の壊れた彼女はどの表情で止まるか分からない。
壊れ崩れた表情。
だが、一つだけはっきりしていることは、彼女の喜怒哀楽には喜びと楽しみの感情だけが欠落していた。
怒哀の感情のみ。
それだけは、分かった。
暫くすると、表情が定まったのかアウロラさんはソフィリアさんに再び話し出した。
「あのね、フィリアちゃん。実は私ね……私もここを出ようと思っているのよ」
どうやら、選ばれたのは優しい表情のようだ。
そんな彼女の告白であったが、いきなりすぎてソフィリアさんは戸惑っていた。
「で、出るってどういうこと。もしかして、私が原因で姉さんもシスターを辞めることになっ……」
ソフィリアさんは思いつめた表情で、アウロラさんに理由を尋ねようとしていたと思う。だが、彼女が言い切る前にアウロラさんは両手を前に出しながら振ることで、否定した。
「違う、違うのよ、フィリアちゃん……。これは、私からエルネスト神父に頼んだのよ」
「頼んだって?そんなの嘘だろう。はあーもう、仕方ないなあ……よし、今からエルネストさんのところに一緒に行って謝ってあげるよ。だから、行くぞ」
そう言うと、ソフィリアさんは神父のいる教会に向かうため、玄関の方に向かいドアノブに手を掛けた。
だが、そんな彼女に対して、アウロラさんは服を掴み制止させた。
そして、今度は少し震えるような大きめの声でソフィリアさんに言い放った。
「だ・か・ら、ち・が・う、って言っているでしょう。フィリアちゃんはいつも話を聞かないで自己完結させる癖があるけど、それは悪いことよ。まったく、もーう」
アウロラさんの大きな声でソフィリアさんは、固まってしまった。
「えっ、じゃあ、違うの……」
「だから、さっきからそう言ってるわよ」
「そ、そうだったかもな……。悪かった。じゃあ、どうして、出るなんて言ったんだよ。別にシスターが嫌になったとかそういうことでは無いんだろう?」
「それは……そうだけどね……」
煮え切らない態度の彼女にソフィリアさんは、どうすれば良いのか分からずにいた。
「わ、わたしも…………」
「え、何?聞こえないけど?」
「なんで分からないのよ!私もフィリアちゃんと一緒に行きたいってことよ。少しは察しなさいよ。鈍感……」
アウロラさんの突然の申し出にソフィリアさんは再度戸惑いの表情を浮かべ、しばし熟考していた。
そして、悩みながらも彼女にストレートに伝えた。
「いや、駄目だ。姉さんは連れていけない」
「どうしてよ?私に不満でもあるわけ?」
「不満……ふまんは……」
「待って、不満を探さないで。ひょっとして、本当に不満があるの?」
「いや、そんなことは……ない……よ」
「その間は何よ?」
「その……えっと、言葉に詰まってね」
「それが、不満ていうのよ。フィリアちゃんいつの間にか姉離れをしていたかと思えば、今度は反抗期なのね……お姉ちゃん本当に、本当に、本当―に、悲しいよ……」
「いや、違うんだって、本当に不満とか、そういうことじゃなくて……」
「じゃあ、どういうことよ?」
「エルネストさんのことを思っただけなんだよ。私はともかく姉さんまで居なくなったら、凄く悲しむと思ってな。あの人、過保護じゃん。だからね……」
「ああ、そういうことね。でも、そのことなら心配ないわよ。今夜のパーティーの件の相談をするときに一緒に話してきたから、そしたら…………」
「そしたら?」
「…………それは良い提案ですね。ソフィリアさん一人では、心配なのであなたもついて行って面倒を見てあげてください……ってね」
「面倒って?私は子どもかよ……」
「そうよ、子どもよ。いくつになってもね……。エルネスト神父にとってあなたは大事な、大事な、本当に大事な娘の一人よ。そして、私はフィリアちゃんのお姉ちゃん。お姉ちゃんなら妹の人生に責任を負わないとね」
「重いし、それはおかしくないか?」
「重くないし、おかしくもないわよ。私がフィリアちゃんを選んだといっても過言だからね」
「選んだって……その言い方はやめろ。まるで私が保護された野良猫みたいに聞こえる」
「それはいいわね。今の状況的には私がご主人でフィリアちゃんはネコちゃん様ね」
「……それだと、私がご主人様では……」
「……まあ、それは良いとして、私が言いたいことはね。エルネスト神父は本当にフィリアちゃんを愛しているということよ。それは、私が保証するわ」
「なんで、姉さんに保証されないといけないわけ」
「私もそうだからよ」
アウロラさんの言い分は置いといて、彼女がソフィリアさんに対して深い愛情を持っていることは伝わって来た。
ソフィリアさんは本日何度目のことだろうか、また、頭を悩ませているようだった。
顔を上に向けて考えたり、頭を掻いたりしてどのように結論を出せばよいのか悩みに悩んでいるようだ。
考えて、考えて、悩んで、悩んでその上でソフィリアさんは彼女に伝えた。
「あーもう、分かった、分かったよ。降参、降参だ。一緒に行こう」
「一緒に行って良いの?」
「そうだ、良いって言ったんだよ。どうせ、姉さんのことだ、肯定するまで押し切るつもりだろう。で、もし仮に私が勝手に家を出ようもんなら、見つかるまで追いかけるだろう。そんなんで何かあってみろ、私がエルネストさんに顔向けできないからな。だからだ」
「よっ、よかった……。では、今からエルネストさんを呼んで来ますね——。食事の準備をして待っていて下さいね」
そう言い残すと彼女は家から出て神父を呼びに行った。どうやら、最初からこれが彼女の狙いだったようだ。
ソフィリアさんは完全に彼女の手のひらで踊らされていたようだ。
二人がこれからも一緒に居られるということは良いことだが、私はこの状況変化に対し、なぜか一抹の不安を感じざるを得なかった。
※※
「ソフィリアさんに念のため聞きますが、今回も良いのでしょうか?」
「あ、ああ、大丈夫だ……です」
また、降魔さんと故人のソフィリアさんで謎の会話をしている……。
いつも通り、仲間外れにされた私は何もすることなく、ただただ、そこに立つのみであった。
暫くするとアウロラさんは神父を連れて帰って来た。時間にして15分程の時間が経過しているようで、教会からの距離を考えると思っていたよりも遅い帰宅である。
神父は今朝にあったことを忘れていたかのように飄々としており、
一方のアウロラさんはというと、目が少し赤く腫れており、表情の方も少し暗く見えたが、それでも元気に振る舞っていた。
教会で何があったのかは不明だが、きっと別れの挨拶でもしてきたのだろう……。
家が賑やかになって、そうこうしているうちに、食事の準備が整ったようだ。
机にはお肉料理やサラダ、スープにパンと色とりどりの美味しそうな料理が並んでいた。
わたしは机に並べられた料理を見てあることに気が付いた。
このパン、それにお肉、これは確か……。
これは……何だっけ?ローストビーフみたいな見た目をしている料理で「タ、タ、タ」
「タリアータな」
ソフィリアさんが私の疑問に答えてくれた。
どうやら、わたしはまた声に出していたようだ。
「この料理は昔の思い出を参考に作ったんだよ。お肉料理とティラミスは母さん、サラダはアウロラ、パンはエルネストさんというようにな」
「素敵ですね」
やはり、作っていたケーキはティラミスだったようだ。それのみならず、家族それぞれの思い入れのある品々を作るとはなかなかに手が込んでいる。
「では、あちらのスープにも何か思い出があるのですか?」
「あっ、スープ……スープ?」
何か余計なことを聞いてしまったかと思いわたしは焦った。
焦るわたしをよそに彼女は記憶を呼び覚まそうとしていた。
「ええと……スープ、スープ……あっ、ああ、思い出した。思い出したよ。あれは……単純にフルコースみたいにしたくて作っただけだよ。他の品に比べて影が薄くて忘れてたな。でも、とても美味しいよ」
彼女は笑いながら思い出を話してくれた。そして、その後には忘れていたスープに対し謎の弁明をしていた。わたしは変なことを尋ねたという焦りによる安心感から彼女のスープに対する熱意のこもった話のほとんどが反対の耳から抜け落ちてしまっていた。
でも今はそんな些細なことは置いておいて、神父とアウロラさん、そしてソフィリアさんの三人による家族団欒の食事を見ていたいと心からそう思うのであった。
微笑ましい幸せな時間を……。
ご読了ありがとうございました!
今回はソフィリアさんとアウロラさん中心のお話でした。アウロラさんの心の内がはっきりしていないところもあったと思いますが、次回以降呼んでいただけるとわかるかと……。
※ 前日は投稿できず大変申し訳ありませんでした。X(旧Twitter)の方ではご連絡しましたが、次の連休中までのどこかには1話追加で投稿しようと考えております。詳しい時間が決まりましたら、またお知らせしますのでよろしくお願いいたします。




