第1章 やさぐれシスター(part11)
前回は過去のソフィリアさんの懺悔やシスターと彼女のちょっとした日常回をお届けしました。
今回は、前回の最後に約束したデートの待ち合わせの場面からです。
神父の家を後にしたわたし達はシスターと過去のソフィリアさんが約束したと思われるベンチに先回りし待つことにした。
「いいなあー、デート。楽しそう……」
そんなことを、ポツリとわたしは言った。
「芽郁、あんたにはそういう趣味があるのか?」
ソフィリアさんが、意地悪そうな表情を私に向けて訊いてきた。
「―趣味……?」
わたしには彼女の尋ねようとしていることの意味が分からなかった。
「あのねー。二人を見ていると仲良し姉妹の旅行風景みたいで素敵に見えてね。家で一緒に出れば良いのに、わざわざ外で待ち合わせて目的の場所に向かう。それって、なんかとてもロマンチックに感じられませんか?」
正直な思いを彼女に伝えた。
「―ロマンチック?そ、そうだな、私が悪かった……」
わたしの返事が予想外だったためか、彼女は何故かバツの悪そうな反応をして謝罪してきた。
別に謝らせるようなことを言った覚えはないけれど、謝罪されると逆に申し訳なく感じるのはわたしの性格の問題かも知れないが……。
まあ、それは置いといて、わたし達はシスターと過去のソフィリアさんが来るまで、姉妹に関する話題で大いに盛り上がった。
そんな他愛もない会話をしていると、一人の女性がベンチの方に向かって来た。
どうやら、先に到着したのは過去のソフィリアさんの方だった。服装に変化がないことから、恐らく軽い身支度のみできたのだろう。彼女はベンチに到着するとそこに腰掛け、足をぶらぶらさせて退屈を紛らわすかのように大人しく待っていた。
ソフィリアさんが到着して暫く、と言っても5分ぐらい遅れて、シスターがベンチに現れた。ベンチに現れたシスターの服装は、いつもの白い修道服ではなく、白いつば付きの大きな帽子と白いお洒落なワンピースを着ており、控えめに言っても休みの修道女が着る服としては派手すぎて適切なものではないように見えた。
だが、シスターの私服姿が思いのほか似合っていることから非常に眼福にあずかることができた。
「ごめんね~。待った~」
「そんなに待っていませんよ。ええと、5分ぐらいですよ」
彼女はシスターの問に正直に答えた。だが、そんな彼女の解答に対してシスターは眉間にしわを寄せていた。
「ブブー!駄目ですよ。ここは、今来たところと言って女性に華を持たすものなのですよ」
シスターはどうやら彼氏役らしい。
そして、相変わらずの無茶ぶりだ。
「じゃあ、行きましょう」
そう言うと、シスターは彼女の手を引いて立ち上がらせ、歩き出した。
「なんで、家の方に向かっているのですか?」
「駄目ですよ。ソフィリアさんは彼氏さんですから、彼女である私の意向を汲まないとね」
彼氏・彼女ルールはどうやら、継続するみたいだ。
「着いたわ。ここが庭園よ」
「庭園ですね……」
その突飛な行動に彼女はただただ、戸惑っていた。
「どうして、ここなんですか?」
彼女は疑問を解消するために質問したが、シスターの耳には届かなかったみたいだ。
そんなシスターはというと、誰もが庭園に似つかわしくないと思える程、白く綺麗なワンピース姿で恐れることなく庭園の土に足を踏み入れていた。
「ほら、見てみて⁉このトマトさん、いい感じ熟れてますよ」
そういうと、庭園にあるトマトを2つだけ手でむしり取り近くの洗い場でさっと洗った後、彼女に手渡した。
「ほら、食べてみて食べてみて、おいしいから」
ソフィリアさんはシスターに言われるがまま手渡されたトマトをじっと見た後、それを口に運び一口かじった。
「あれ?前よりおいしい……」
彼女は不思議そうな表情をしていた。
「そうでしょう、そうでしょう」
美味しく食べる彼女を見て、シスターも続くようにトマトを食べだした。
そして、シスターはトマトを食べながら先程の彼女の疑問に答えようとした。
「なんで、今日の方が美味しいかわかる?」
彼女は最初は分からなそうな表情をしていたが、少し考えた後何か閃いたようで直ぐに応えた。
「熟したから?」
「半分は正解かな。他には何かわかる?」
「…………」
彼女は必死に考えていたが、どうやら、正解には辿り着けそうになかった。
「わからないかあ……。じゃあ、正解を発表するね。ここの庭園のトマトさんは私が愛情たっぷり育てたからよ」
強引な暴論だった。
彼女はまた始まったと言わんばかりの表情をシスターに向けていた。
「まあ、愛情たっぷり育てたというのは本当だけど、質問の解答としては半分は冗談よ」
半分なのか……。
わたしはそんな野暮でしょうもないことを考えていた。
「あのね、ソフィリアちゃんが空腹でこの庭園のトマトさんを食べていた時は夜だったでしょう。夜はトマトさんにとって寝る時間なのよ」
「寝る時間?」
「そうよー。トマトさんは夜になると眠くなって体調が悪くなるの。以前夜にソフィリアちゃんが食べたトマトさんは睡眠中で体調が悪かったから味が落ちていたのよ」
「そ、そうなの……」
「そうよ。だから、トマトさんは睡眠明けの朝に収穫することで元気な状態で食べられるようになるの。流石のソフィリアちゃんでもこれは知らなかったでしょう」
彼女は「そうだったのか……」と、感心した様子で食べかけのトマトをじっと見つめていた。
どうやら、この現象は彼女にとって、とても興味深いことだったらしい。
知っているかのように語っているが、当然わたしもトマトのみならず野菜の性質なんて全く知らない。
自慢ではないが、わたしは食べる専門である……。
二人がトマトを食べ終えると、シスターは再度、彼女に質問した。
「ソフィリアちゃん、さっきのトマトさんのお話には続きがあってね。朝一番の元気なトマトさんに水を与えるとどうなるかわかるかな?」
今度の質問は分かりやすいため即答した。
「より美味しくなる……とか?」
「そうだよね。普通はそう思うよね。だけど答は違うの。朝一番の元気なトマトさんに水を与えるとね。表面が割れて傷がつくのよ。深く、深く痛々しく……。難しかったかな?分かりやすく例えるなら、そうだねー。二日酔い明けの人間にお酒を飲ませるようなものかしらね。きっと、気持ち悪くて戻してしまうはず……。まあ、私はお酒を飲まないからどうなるかなんてわからないけどね。それだけよ。美味しかったわね~。じゃあ、次に行きましょうか?」
シスターは何か伝えようとしているようだったが、核心に触れることはなかった。
※※
次に向かった先は教会であった。休むとは言っていたものの結局、教会には顔を出す真面目な性格のようだ。
「ほら、入りましょう」
ソフィリアさんはシスターに言われるがまま教会に入った。
二人の入った教会の中はまだらに座っている人が何人かいるぐらいで、かなりの空席が目立っていた。
シスターは一番前の開いている席に彼女とともに座った。偶然なことに、この席は最初に彼女と神父が一緒に座った場所であった。
「どうして、教会に来たのですか?」
彼女は純粋にして、当然の質問をシスターに投げかけた。
シスターは、少し考える素振りをしたが、すぐに話し出した。
「理由は特にないわよ。ちょっと、来たくなっただけよ。嫌だったかな?」
「そんなことは……ない、です」
二人の間に暫く沈黙が流れた。
「いいの、言いたいことを我慢して?あとで後悔しない?」
シスターは心配そうな表情で彼女を見つめながら詰め寄った。
「…………あ、あの、えっと……」
「いいのよ。時間は沢山あるのだから、ゆっくりと、ゆーくりと、ソフィリアちゃんのペースで良いからね」
シスターの優しい言葉が響いたのだろうか。彼女は少し間をおいた後、ゆっくりと語りだした。
「あ、あの、あの日のこと覚えていますか?私が告解室で懺悔した日のことを……」
「初めて聴いたソフィリアちゃんの本心よ。忘れられる訳ないわよ」
「―実はあの日言った3つの懺悔には続きがあって…………実は、神父さん、いやデムーロさんの優しさに私は付け込んでいたの」
彼女にとっては一世一代の告白であったが、シスターは特に動じることはなかった。シスターは反論することなく逆に優しく彼女の手を握りだした。
「ソフィリアちゃん。それなら、私だってエルネスト神父の優しさに付け込んでいるわよ。前にエルネスト神父のお話をしたでしょう。私を嫌な顔せずに引き取ってくれたってね」
彼女はシスターの発言に対し、激しく首を横に振って否定した。
全力で。
「―違うー違うの。そうじゃない、そういうことじゃないの……。デムーロさんがアウロラさんにしてくれたのはデムーロさん自身から手を差し伸べたもの。でも私は違う……。私の場合はデムーロさんが優しいことを知っていてこうなるように仕向けた……優しさを無理やり向けさせただけの偽り……」
その言葉の意味を推し量ることはできなかったが、声色から彼女の悲痛な心の叫びは痛いほど伝わって来た。
ソフィリアさんはシスターに対し、感情のままに今までの過去の自分の生い立ちを詳細に説明しだした。
その内容は、当然お母さんが亡くなったことや、お父さんに身売りされそうになってこの町に逃げてきたこと、教会の炊き出しを食べたこと、生きるために食べ物を盗んだことなど懺悔したことを膨らませながら話していた。
シスターは彼女の口から語られたことを、一つずつ丁寧に耳を傾け、ときには相槌を打ちながら食い入るように聞いていた。
彼女は一通り自分の生い立ちを話し終えると、ここからが本番と言わんばかりか姿勢を正して続きを語りだした。
「―で先程語った通り、私は炊き出しを貰いに行った際にデムーロさんを何度か見かけたことがあり、その優しさを直に見てきました。小さな子どもに接する時には屈んで話しかけていたことや、街で買い物をしていた際にはお年寄りの荷物を運んであげていたり……。そのような行動を何度も見てこの方ならと……。行動に見返りを求めない。無償で救ってくれる。そんな、デムーロさんだからこそ、欲が出てしまった。出してはいけなかったのに……」
「もしかしたら、デムーロさんから詳しく聞いているかもですが、私が教会の庭園で野菜を盗んだ日のことを話します」
「あの日の朝は食べるものが無くて、近くの商店街で食べ物を盗もうとしました。ですが、常習的に盗みをしていた私は既に周りの人たちからは泥棒と認識され出していた。それに小汚い格好でしたから、余計に目立っていたと思う……」
「当然、私は盗みがバレて殴られました。仕方がないです。盗んだのは事実なんですから……。で、その時にふと教会の庭園に野菜があったことを思い出したんです。それで、野菜をどう盗るか今度は商店街の時のようなドジをしないように必死に方法を模索しました」
「ですが、考えれば考えるほど、教会の物に手を出したのがバレたら、恐らく私はこの町にはいられなくなる。凄く部の悪い賭けに思えたのです」
「そこで、悪い閃きが頭をよぎったのです。バレないようにではなく、バレるように野菜を盗もうと……。」
「そこからは、あっという間でした。夜に教会に行き、あからさまにその周りをウロウロした後に庭園に入り野菜を食べる。そして、怪しい私を誰かが取り押さえる」
「もちろん、あの時にデムーロさんが教会にいたのは把握していましたし、外で騒ぎを起こせば来てくれるかも知れない。これは願望で計画もなにもあったものではないけど、事実、デムーロさんは来てくれました。デムーロさんに見つかればその後は簡単です。デムーロさんは神父で教会の奉仕者であると供に性格も優しい方です。それに大変なはずなのに炊き出しも行うくらいの方です。そんな方が野菜の一つや二つを盗んだくらいで、私を目の敵にすることはないと浅はかながら考えてしまったんです」
「ですから、アウロラさんとは異なりわたしは汚れた感情でデムー、神父さんに接近してしまいました。だから、偽りなんです」
彼女は思いの丈をすべて吐き出すと身体が脱力していた。
きっと、緊張の糸が切れたのだろう。
そんな彼女の話を聞いたシスターは静かに優しく諭すように語りだした。
「そうだったのね……。喋ってくれてありがとうね。でもね、一つだけ間違えているわよ。ソフィリアちゃんはエルネスト神父の気持ちに付け込んでなんかいないわよ」
「もういいんですよ、私は……」
彼女は下を向きながら応じたが、そんな彼女に対しシスターは真剣な表情で、顔に両手を持ってきて半ば強引に自分の方に向かせた。彼女の口は少しタコのようにすぼんでいた。
「いいから、聞いて!ねっ、いいよね」
シスターはいつもとは異なる意味で圧があった。
彼女はそれに反論することはなく、いや、正確に言うなら口がすぼんでいるので反論できないため、頷くことで肯定の意思表示をした。
その様子を見るとシスターはニコリと笑いながら、それで良しと言わんばかりに、そっと彼女の顔から手を離して再び語りだした。
シスターだけが知るあの日のことを……。
ご読了ありがとうございました!
年内最後の投稿になりますが、忙しい時期に読んでいただけたこと心より感謝いたします。
今回は、シスターとソフィリアさんのデート回でした。シスターの思惑に振り回される彼女が今後どうなるか、楽しみにしていてください。
明日も通常通りに投稿します。
※ スーパーには結局行きませんでした……。




