第7話 計画
呼吸を整えようとするも、前沢の胸は激しく乱れていた。手に残る感触、まだ温かく脈打つ血の記憶。これが正当防衛だと頭では理解していても、この状況で信じてくれる人などいないだろう。警察は痴話喧嘩のもつれによる殺人、と判断するに違いない。心臓が喉まで浮くように高鳴り、呼吸のたびに胸の奥で痛みが走る。
そんな前沢に、北川は驚くほど冷静な声で告げた。
「逃げる方法を考えましょう」
北川の提案は的確で無駄がない。目的地は隣町にある北川の実家。一旦別行動を取り、待ち合わせは北川の実家へ向かう峠道の入り口にあるコンビニエンスストア。北川はマンションのエントランスホールから静かに脱出し、タクシーを拾って向かう。前沢は非常階段を駆け下り、ここまで乗ってきた自分の車で追うことにする。
「わかった……」前沢は息を整え、北川の冷静さに驚きながらも頷く。いつもの北川なら、ここまで落ち着けるはずがない。しかし、今は北川の判断に従うのが最も賢明だと直感した。
二人は時間差を作り、別々に部屋を出る。廊下の冷たいタイルに靴底が擦れる感触、手すりのひんやりとした金属、階段の段差を踏みしめる足に伝わる微振動――すべてが緊張を増幅させる。エントランスの扉を押し開けた瞬間に流れ込む夜風は肌を刺すように冷たく、遠くの街灯が濡れたアスファルトにぼんやりと反射する。
前沢は車のドアを閉め、ハンドルに伝わる冷たい感触と振動を掌で確かめる。自分の知っている北川の雰囲気が変わっていることに違和感を持ちつつも、気のせいだと払拭するようにアクセルを踏み込む。エンジンの低いうなりが胸骨に響き、窓から入る夜気が髪や顔にまとわりつく。視界の先に、峠道の暗いカーブがうねるように続き、街灯のない闇が深く沈んでいる。




