表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

第3話 カーラジオ

車内には沈黙が滞っていた。

二人の客は並んで座りながら、一言も発さない。窓の外では街灯の少ない峠道が延々と続き、アスファルトの黒は夜霧を吸い込みながら鈍く光っている。気まずさを含んだ空気が車内を満たしていたが、そんなものを気にしていてはタクシードライバーは務まらない。下村は表情を崩さず自らも沈黙を守った。


その時だった。

切っておいたはずのカーラジオから、砂を噛むようなざらついた雑音が走り、やがて掠れた声がにじみ出した。

「……本日深夜に発生した殺人事件……目撃情報によれば、犯人の特徴は……」


スピーカーの震えは不自然に生々しく、耳にした言葉の断片は、後部座席にいる男の姿と重なり、下村の心臓を冷ややかに締めつけた。


咄嗟に悟る。この状況で「気づいた」と思われては、自分は危ない。

下村は努めて冷静を装い、あたかも眠る赤ん坊を思いやるふりをして、ラジオの電源に手を伸ばす。


だが、何度ボタンを押しても、雑音は止まらない。スイッチの硬質な感触だけが無力に指先へ返る。押すほどに音量はかえって強まり、耳の奥を爪でひっかくようなノイズが広がった。


その刹那、女の膝に抱かれていた赤ん坊が突然泣き出した。

か細いはずの泣き声は、不気味に反響して車内を満たす。


「……!」

隣に座っていた男の顔が跳ね上がる。

その瞳に宿る驚愕は、まるで今になって赤ん坊の存在に初めて気づいたかのようだった。


下村は冷や汗に濡れた手でハンドルを握り直し、必死に平静を保とうとする。しかし異様な抵抗感が掌に伝わる。

何故か、ハンドルが効かない。

ブレーキを踏むと、ペダルは乾いた軋みを立てて沈み込むだけで、何の手応えも返してこない。


次の瞬間、エンジンが猛獣の咆哮のような音を轟かせ、タクシーは意思を持ったかのように加速した。

シートが背中を押しつけ、冷えた汗が首筋を伝う。


下村には、車そのものが何者かに支配されているように思えた。

タクシーは人間の意志を拒絶し、ただ峠道の奥へと暴走していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ