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訓練



 村を焼かれた三人は、逃げ込んだ町の外れで静かに暮らし始めた。古い空き家を借り、わずかな寝床と食器を揃える。見知らぬ土地での日々は心細いものだったが、それでも「ここからやり直そう」という思いが三人の間にはあった。


「リーン、剣を持ってみて」


 広場の一角で、エレインはリーンに木剣を渡した。彼女は精霊の剣を傍らに置き、その光を静かに感じ取っている。


「まずは剣を振るうよりも、重さを受け入れること。剣は武器である前に、精霊の宿る器なの」


 リーンはぎこちなく構えた。薪割りや荷物運びには慣れていても、戦いのために剣を握るのは初めてだった。木剣は妙に重く、肩に力が入ってしまう。


「力んでるぞ、リーン」

 シアンが笑いながら指摘する。彼も木剣を手に取り、軽く振ってみせた。その動きは不思議なほど無駄がなく、剣筋が真っ直ぐ通っている。


「……シアン、すごく自然だね。まるで前から剣を使っていたみたい」

 エレインが目を丸くする。


「そうか?」シアンは肩をすくめた。「体が勝手に覚えているのかもしれない」


 彼自身、その感覚に戸惑っていた。記憶は失われているはずなのに、木剣を振るえば体が答える。足の運び、重心の移し方、斬撃の角度――すべてが自然と蘇る。けれどそれを口に出すことはなかった。かつての世界の勇者としての記憶を、この世界で明かすべきではないと直感していたからだ。


 リーンは汗をかきながら剣を振った。最初は空を切るばかりだったが、エレインの声に耳を澄ませるうちに、少しずつ剣が体に馴染んでいった。彼女は優しくも厳しく、「剣と一緒に呼吸するんだよ」と励まし続ける。


 訓練の合間、町の子どもたちが覗きに来ることもあった。「剣のお兄ちゃん!」「剣のお姉ちゃん!」と呼ばれ、笑顔で駆け寄ってくる。リーンは子どもに木剣を貸して型を教え、エレインは見えぬ姿のまま剣を動かして子どもたちを驚かせた。彼らにとって不思議な剣は、恐怖ではなく遊びの一部になっていた。


 夜には三人で質素な食事を囲んだ。エレインが料理を試みるものの、剣が勝手に具材を散らしてしまう。「ああ、また失敗だわ」と肩を落とす彼女を、シアンが笑いながら助け、リーンが「これも美味しいよ」と声をかける。そんな小さなやりとりが、三人にとって何よりの支えとなった。


 だが、町に漂う空気は穏やかさだけではなかった。酒場に立ち寄ったとき、シアンは耳を澄ませてしまった。商人や傭兵たちが声を潜めて語っていたのだ。


「大陸中央の大きな貿易街で何やら動きがあるらしい」

「近々、魔族領との境目で大規模な戦が起こるって話だ」

「人間も魔族も、女神の使徒に操られているって噂だぞ」


 その言葉に、シアンは背筋が冷えた。リーンとエレインに伝えると、二人の表情は固くなる。


「女神の使徒が関わっているのなら……必ず剣を狙ってくる」エレインの声は低かった。


 リーンは木剣を見下ろし、強く握りしめた。「だからこそ、僕はもっと強くならないと。訓練を続けよう。次は必ず守るために」


 炎に焼かれた村の記憶は、まだ胸に生々しく残っている。その悔しさが、彼を前へと突き動かしていた。エレインは真剣に頷き、シアンもまた無言で剣を握り直す。三人は互いに視線を交わし、これから訪れる大きな戦いに備えて剣を振り続けるのだった。


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