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駆け引きが下手すぎる鈴原さん

作者: Mini

「あなた、好きな人いるの?」

「…っ!?」

時刻は10時30分…ブレザーを羽織っているせいなのか、今この質問をされたのか少しだけ暑いと感じてしまう気温。男女は教室の一番後ろの席で隣に並んで数学の授業を受けていた。

窓側に座るのは鈴原 琴音(すすはら ことね)、その隣に座っているのは日向 潤一(ひなた じゅんいち)。潤一は隣から聞こえてきた言葉に肩をビクッと動かし、その声の主の方に眉根を寄せて聞き返した。

「今…なんて言った?」

明らかに動揺しているその言葉に、琴音は愉しげな表情を見せつつ、悪戯をする女の子のように白々しい反応を見せる。

「別に~?何もないけど?」

ニシシっと笑うその少女の姿を見て、潤一は頬を赤らめてしまう。琴音は前を向き、黒板に書いてあるものをノートに書き始める。潤一は不服そうに前を向いてノートを取ろうとする…が、ちらっと琴音の方に視線を向ける。

鈴原琴音の容姿は美人系というより可愛い系の子だ。髪の毛ショートボブで髪の毛の色は黒。目も黒曜石のように黒く、それでもその目が光に当たると少しだけ紫色にも見える目。学校の皆からは黒曜のお姫様、なんて言われている。

教室の窓から反射する光が彼女の目に当たり、その紫の目を見て綺麗だと咄嗟に思ってしまう。彼女が黒板を写し終わったのか手を止め、視線をちらっと潤一の方に向ける。二人は不覚にも目が合い、潤一は慌てて黒板に視線を戻す。

するとこれまたにやりとした笑みを浮かべ、机に突っ伏したまま顔だけ潤一に向けて言った。

「もしかして、私の事見てた?」

「っるっせぇな」

ふふっという声が聞こえて、琴音はそれ以上言わなかった。そしてやっと終わったかと心の中で安堵しながらノートを書き始める潤一。でも琴音は机に突っ伏したまま視線をずっと潤一に向けていた。ほんとにずっと。潤一もその視線をずっと感じているし、頑張って無視しようとしている。

(早くこっち見てくれないかなぁ~)

琴音は潤一の顔を見ながら心の中でつぶやく。ずっと視線を向けても琴音の方に向かない潤一に少しイラっとしたのか、シャーペンのノックノブで潤一の横腹をツンツン。

「…」

潤一は構ったらキリがないと悟り、無視を決め込む。それでもそのツンツンは止まらない。琴音も潤一が眉をひくつかせているのをわかってやっている。

潤一はしびれを切らしたのかため息をついて琴音の方に視線を向ける。すると琴音はにこっとしたかわいらしい笑顔を向けて…

「やっとこっち見てくれた」

「…!?」

思わず潤一はものすんごく可愛い顔を見せてきた琴音を見て頬を赤くしてしまう。

「かわいいねっ」

「…!?」

琴音は恥ずかしむ様子もなく、潤一を見つめながら言った。その言葉を聞いて潤一は心の中で叫んでしまっていた。

(ねぇええええ!それどういう感情なのぉぉぉおお!?好きなんだよね!?好きなんですよね?そうなんですよね!?ありがとうございますっ!)

奥歯をぎしぎしと噛み…可愛いという言葉に反応しないようにしていたが、琴音はまたもふふっと鼻を鳴らし潤一を見つめていた。

潤一は頬を赤くしながら悟られないように平常心を保ち、顔を左右に振る。

「お前っ…からかってんのならあんまりやりすぎない方がいいぞ?」

怪訝な顔をしていう潤一に琴音は軽く首を傾げる。

「なんで?」

「いや…なんでって…周りの奴らに勘違いされるだろ」

そう…こんな所を周りの奴らが見たら男女問わずに俺達が付き合ってるって思われてしまう。まぁ別にそれは潤一にとっては悪くないし、むしろ嬉しいまであるのだが…それでも思春期の男女が付き合ってもいないのにこういうことをしているのはどういうものなのかと思うのは当然だ。

琴音は潤一の言葉を聞いて、怪訝な顔を浮かべるわけでもなく、不思議そうな顔を浮かべるわけでもない…蠱惑的な笑みを浮かべていた。

「何か嫌なことでもあるの?」

「…っ、お前なぁ…」

(好きなんだよね?ねぇそれって好きなんだよね?駆け引きってものを知らないよね?ずっとアタックしてることになるんだよ?いいんだね?)

心の中で自分でも意味の分からないことを嘆いていたが、平常心を保つために別の事を考えようと…したタイミングで——。

再度、ノックノブで優しくツンツンと横腹をさされ、潤一は無視してもキリがないと察したのかすぐに琴音の方に視線を向けた。すると琴音はさっきまで書いていたノートに視線を向けて、端っこの方に指をさす。ノートの端っこに小さい文字で何か書いてあるのが見え、目を少し細めて何が書いてあるのかとその文字を見た。

そこに書かれていたものは先程も質問をされた『好きな人いるの?』という文字だった。潤一はその質問の時に誤魔化していたのもありそれで終わりなのだろうと思っていた。でもこうして見てしまっては何も言い逃れはできないと分かり、額に手を当ててため息をつく。

(やられた…いつもこれだよ。琴音のペースに持ってかれる)

彼女、鈴原琴音は最近…ずっとこんな感じだ。無論…最初からというわけではない。今は6月というのもあり高校入学から2か月が経過しているのだが。琴音はひょんなことからアタック?みたいなことを潤一にするようになった。本人もどうしてこうなったのかはあまりわかっていない。ただただ潤一にちょっかいを出すのが好きなのか…それとも本当に好きだからなのか。その真意は鈴原琴音にしかわからない。

(まぁもし後者だったら駆け引きが下手すぎるんだけど…)

だっれさ、もう駆け引きじゃないじゃん?ただのアタックじゃんね?と自問自答しながら視線を空に彷徨わせる。そして何か手を打てないかと考え、潤一もノートの端っこに文字を書き始める。

きょとんとした表情でその様子を見る琴音。パッと書き終えた潤一はそのノートを見せる。潤一がノートに書いたのは『お前はどうなんだよ』というもの。質問を質問で返すとかいう一番やっちゃいけないことをしたという自覚はあったのだが、こいつのペースにのまれたくなかったため仕方なく、本当に仕方なくその文字を書いたのだ。決して頑張って話を逸らそうとしているわけではない。

ノートに書いてある文字を見て、琴音はニヤッと表情を浮かべて気持ち潤一に近づきながら口にする。

「いる…っていったら、どうする?」

(だからぁ!駆け引きのつもりなら下手すぎるってぇぇぇえええ!)

奥歯をぎしぎしと噛みながら平常心を保つ潤一。琴音は「それで?」と続けながら片眉をあげる。

「潤一はどうなの?」

「俺は———。」

何故か…言葉が出なかった。いや…わかってるんだ。脳裏にフラッシュバックする『昔の記憶』が…



『もう信じらんない!離婚よ離婚!』

『結婚して初めて意見があったな!潤一!お前はどっちについていく!?』

『え…えっと…』

真夜中に両親がぶつかり合う声。約10年前の記憶だ。幼かったというのもあり、潤一は『離婚』というものがはっきりわからなかった。だが歳を重ねるごとにつれ…離婚とはなんなのかを理解した。別に両親が嫌いになったとか、そういうわけじゃない。結局潤一は母親についていくことを決めて、高校生になっても尚、時々父親とは顔を合わせて飯に行ったりしている。

両親は好きだ。でも…結婚というものは潤一からしたら『悪』だと勝手に決めつけていた。結婚とは幸せな家庭を築き、家族みんなが笑って暮らせる…そんな家庭。でも実際は互いが互いの顔を伺い相手の心の奥底には触れないようにと、気を使って、避けて…何かの拍子で崩れてしまう。それが日向家に起きた悲劇。恋愛を通して愛を知り、それが結びつくのが結婚。でも両親は離婚してしまっている…これは誰が悪いとか、そういう話じゃないんだ。ただ潤一の中でそれがトラウマで…ずっと恋愛というものから避けてきたのだ。



(わかってるんだよ。全員が全員そうじゃないってのは…)

でもそれを経験してしまっているからこそ、恋愛も結婚も、する必要がない。しなかったら誰も不幸にならずに済む。これが潤一の考えだった。

「俺は———。」

そう口にした直後…前方から先生の声が聞こえてくる。

「そこ、こそこそ話さない。全く、真面目に授業受けんか」

不覚にも、先生に注意されその言葉から先を口にすることはなかった。潤一はそれに少しラッキーと思いながら黒板に書いてあるものをノートに写す。

琴音はぷくぅっと頬を膨らませて不満そうに潤一を見ていたが、潤一はそれに気づいても尚しらんぷりを貫いた。

「…潤一のバカ」



午前の授業が終わり、昼休憩の時間になる。潤一はカバンの中から持ってきた弁当を机に広げる。

「ねぇね、一緒に食べよ?」

「んなこと言わなくても席隣じゃん」

「ってことはいいってことだね?やったやった」

琴音は朝購買で買ったであろうパンを持ち、椅子を潤一の席に近づけた。

ぱくぱくと食べ始める潤一を見て琴音は自然と柔らかな表情になり、潤一は眉をひくつかせながら言った。

「お前もさっさと食えよ」

「別に気にしないで?」

「俺が気にするんだよ」

「私に見られるの恥ずかし?」

「…っ!?うるせぇ」

頬を微かに赤くしながら視線を逸らし、掴んでいた唐揚げを口に運ぶ。琴音はその表情を見て「かわいっ」と小さく呟き、机に広がっている弁当を見てわざとらしく声をあげる。

「いつも思うけどすごくおいしそうだよね~私も食べたいなぁ」

そう言う琴音を見ながら自分のパンがあるじゃねぇかと口に出しそうになるが、思えば琴音はいつもパンだったなと思い出し変に断るのもなと考え…

「まぁ一つくらいならいいよ。好きなの食べなよ」

そう言ったのもつかの間、琴音はニヤッと悪戯をする笑顔に変貌し…潤一は思わず「しまった」と口にしてしまう。

「そんじゃ食べさせてよ!あ~」

目を閉じて口を開ける琴音。「はやくはやく」と急かすように体を乗り出すように近づける琴音を見て潤一はすぐに箸を卵焼きに伸ばして琴音の口に入れた。

「…っ!?」

「ほら…これでいいだろ」

本当に食べさせてくれるとは思わなかったのか、口に入れられた卵焼きをもぐもぐしながら目をしぱしぱとさせる琴音。

「…うまいか?」

「うん…美味い…」

口の中に入っていた卵焼きを飲み込み…琴音は体を反対方向に向けて頭を抱える。

(間接キス…しちゃったぁぁぁぁぁあああああ!)

心臓が踊るようにどくどくと跳ね上がり、顔も赤くなっている。足をバタバタとさせる琴音だったがその後ろ姿を見ていた潤一は肩を竦めていた。

(美味しかったならよかったけど…なんでそっぽ向いたんだ?)

…と首を傾げながら潤一も卵焼きを取り口に運ぶ。その瞬間に気づいてしまった。

(間接キスじゃねぇかこれ!自然と口付けてたから何事もなく俺も食べちゃったんだけど!)

段々と頬が赤くなっているのが分かり、潤一も頭を抱えて唸っていた。その光景を見ていた隣の席の人がジト目を向けながら口にする。

「カップルのやり取りかよ」

「 「違う!」 」

二人の否定は重なり、隣の席の奴は戸惑いをあらわにした。

それはそれはもう…本当に初々しいカップルみたいな光景だって誰の目から見ても明らかだった。

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