こわいまんじゅう
ある日のこと。男たち七人は、いつものようにとある長屋に集まっていた。
「おーい、長さん。……あれ? いねえのかな」
「奥さんもいねえみてえだな」
「ちっ、なんだよ、奥さんいねえのかよ」
「ひひひ、お前、あの奥さん好きだもんな」
「おめえもだろ。ったく……」
「まあ、勝手にやらせてもらいましょ。お茶を入れてくるんで、誰か運ぶのを手伝っておくれ」
「あいよー」
そう言って、八が台所へ向かった。少しすると、お盆を抱え、ニヤニヤしながら戻ってきた。
が、お盆の上に載っていたのは、お茶ではない。そのことに気づいた一人が八に訊ねた。
「ん? 八、それどうした?」
「ひひひ、まんじゅうがあったよ。しかも、こーんなにたくさん」
「おお、こりゃあ、おれたちのために用意してくれたんだな」
八は誇らしげにお盆を床へ置くと、そのてっぺんに積まれていたまんじゅうを一つ掴んでパクッと頬張った。
「手が早えなあ」
「おれが持ってきたんだから、当然の権利ってやつだ。うま、うま……うっ、うわあああ!」
突然、八が叫び声を上げ、勢いよく立ち上がると、そのまま長屋を飛び出していった。
残された男たちは、きょとんとして顔を見合わせた。
「八のやつ、どうしたんだ?」
「ははは! お前の位置からじゃ見えなかったか。蜂だよ、蜂」
「蜂?」
「ああ、ありゃスズメバチだな。八のやつ、昔刺されたことがあるらしくてな。羽音を聞いただけであの有り様だ」
「でも、あの蜂、何か持ってなかったか?」
「団子だろ。八はまんじゅう持ってったがな。ははははは!」
「八、蜂ってまぎらわしいや。おれも一つもらうぞ……うえっ、ネズミだ! ひえええ!」
部屋の隅から現れたネズミを見た瞬間、三郎は叫び声を上げて長屋を飛び出していった。
「おいおい、また一人逃げてったよ」
「三郎のじっさま、ガキの頃にネズミに耳をかじられたらしい。それ以来、ネズミが怖くてしかたねえんだとよ」
「へえ、あのタヌキジジイにもそんな弱点があったとはな。さてと、おれも一つ……」
次郎がまんじゅうにかじりついた瞬間だった。突然、戸口から慌ただしく男が飛び込んできた。
「あっ、次郎さん! やっぱりここにいたのか! てえへんだ! あんたんち、火事だぞ!」
「な、なにい!? こ、こりゃいけねえ!」
次郎は叫びながら、すっ飛んでいった。残った四人の男たちは顔を見合わせ、やがて一人が震えながら口を開いた。
「こ、こりゃ呪いのまんじゅうに違えねえ……」
「呪いのまんじゅう? なに言ってんだ」
「わかんねえのか! これを食ったやつは、みんな不幸な目に遭ってんだぞ!」
「そんなの、たまたまだろ……」
「なら、ほれ、おめえ食ってみろよ」
「あ? おれはいいよ……」
「なんだ? やっぱり怖いんだろ」
「あ? べつに怖かねえけどよ……食欲がなあ……」
「まあ、わざわざ食わんでもいいだろ。なあ、大さん。……大さん?」
腕を組み、黙っていた大がカッと目を見開いた。そして鋭い視線をまんじゅうに向け、低く言った。
「おれは……食うぞ……!」
「大さん!?」
「やめといたほうがいいって」
「そうだ、呪いはこええぞ……」
「いや、食う! 毒虫や蛇ならいざ知らず、男がまんじゅうなんか怖がってどうすんだ! 長さんの奥さんにも笑われちまうよ!」
「あんた、奥さんに入れ込みすぎだろ」
「確かに、せっかく用意してくれたけどなあ。やめとき、やめとき」
「おれは! 食う!」
大はまんじゅうを掴むと、次々と口の中に放り込んでいった。「うめえ、うめえ。しかも餡じゃねえ。さすが奥さんだあ」と舌鼓を打ちながら、夢中で頬張った。
男たちは呆れたような、感心したような目でそれを見つめた。
しかし突然、大の動きがピタリと止まった。そして、苦しげに呻き始めた。
「だ、大さん、どうしたんだい!?」
「お、おちゃあああ……!」
「お茶? お茶が怖えのか?」
「いや、喉に詰まらせたんだろ。ほれ、これ」
一介が湯呑を差し出した。大は震える手でそれを受け取ろうとする。そのときだった。
ガラリと戸が開き、息を切らした八が転がり込んできた。顔は青ざめ、目は血走り、全身汗まみれ。その様子を見て、一人がからかった。「ふははは、八、追いかけっこは終わったのかい?」
八は肩を大きく上下させながら、震える声で言った。
「ちょ、長さんの奥さんが……」
「ん? 奥さんと会ったのか?」
「ち、違う! 奥さんが……岡引きに捕まったんだよ!」
「え、ええ!? いったい何したってんだ……?」
「そ、それが……」
八はお盆の上のまんじゅうにちらりと目をやり、絞り出すような声で言った。
「口論の末に、長さんを殺しちまったんだとよ……。なんでも、毎週のように家を賭場にしたり、自分を掛け金代わりにしたのが頭にきたとかで……それで、死体は床下と、そこの……」
男たちの視線が、大の腹に集まった。大は白眼を剥いて、ばたりと音を立てて倒れた。
一介はまんじゅうが積まれたお盆を見下ろし、ぽつりと呟いた。
「旦那をまんじゅうにしちまうとは、やっぱり女ってのはこええなあ……まんじゅうこわい、まんじゅうこわい……」