第十話 遊園地
「叶、準備できた?」
「できました。ずっとカバンにその髪飾りだったやつつけてくれてますね」
いつ振りかのデートという名のものに出かける。
綺麗に整えた髪と小花柄のワンピースを纏い、指輪をつけていつだか叶に買ったネックレスをもつけ、既に楽しそうに振る舞う彼女。そんな姿を見るだけで自然と心があたたかくなる。
すっかり大人っぽくなってしまって、どこか寂しさも感じたりもする。それでも成長を見続けられるというのはうれしいことだ。
ワンピースの上には薄手の上着を羽織っている。いくら暑くてもこればかりは仕方がないと苦い笑みをこぼされた。年中外に行くときは長袖だ。もちろん仕事も。
見えないところだけに傷があるわけではない。すぐ目につくところ、全身と言ってもいいくらいに傷が残されている。
かくいう私は叶の着せ替え人形。スカートのほうが涼しいと無理矢理着せられた。
仕事にも休日にも基本、髪飾りであったチャームをカバンにゆらしている。
お守り代わりと言ったらなんだが、そのようになっている。叶が丹精込めて作ってくれたのだから、いつまでも大切にする以外の選択肢はない。
「何気にこの歳で遊園地が初めてとか、なんかやばいです」
「行く機会なかったもんね。候補にすら上がらなかったし」
案外二人で行ったことのなかった遊園地。大人二人で行くには少し場違いな気もするが、これも経験。特に叶は行ったことがないのだから、人生に一回くらいはいいだろう。
「言っておくけど絶叫系無理だから。老体に鞭打たせるのだけはやめて」
「無理強いはしませんよ。私も乗ってみないと分からないし。それに最近老体ばっか言うのやめてください。あなたは若いんですから」
絶叫ものは苦手だ。遠い昔に何度か乗ったが、その度に気分を悪くしていた。怖いし心臓は跳ね上がるように打ち付けてくる。なにが楽しくて人は乗っているのかとさえ思う。
叶はどうだろう。高いところが怖いということはなさそうに見える。なんせ何度も屋上に駆け上がっていた彼女だ。死を体感できるから、とか言い出しそうで少し不安だ。楽しむという概念が破綻してしまう。
「休日だと人が多いですねー、はぐれないでくださいね?」
「どっか行くのは君だろう。大の大人が呼び出し放送されたら恥ずかしいからな」
それはそうだと言いながら、本当に飛び出していきそうな勢い。大抵初めての場所ともなると、私を盾にして恐る恐る周囲を見渡す子どもでいられなかった大人。
今回ばかりは随分と楽しみにしていたのか、制御の効かない子どもになってしまった。
「馬が回ってますよ。メルヘンな世界すぎます」
「そういう乗り物なんだよ。なにを想像して来たの」
異世界にでも飛び込んできたように振る舞われると、なんだかおかしくなってくる。いつまでも叶らしく居てくれたらいい。
「あれやりましょう!」
指を差す方向にはコーヒーカップがある。嫌な予感がするが、あれくらいならなんとかなるかもしれない。一人でやってもつまらないだろうし、これくらいは。
「やばい、時空が歪む」
「だから回しすぎだって。死ぬかと思った」
派手に回し続けた叶のおかげで目が回って仕方がない。当の本人も撃沈して話にならない。こういうアクシデントもつきものだが、それにしても想像をはるかに超えてくる。
適当に空いていたベンチに座り、体調が戻るまで周囲を眺める。
無邪気に走り回る子どもに、それをなだめる親。平穏でなにより、と思う。それでも叶はどう感じているのだろう。今までこの場所に誘うこともなかったのは、偶然でもあるが勝手に気を遣っていた部分もある。
「なんか、いいですね。親子の時間って」
めまいが収まってきたのか、口を開いた。彼女の目にも口調にも、隠しきれない憧憬が混じっている。
どう反応すればよいのかも分からず、ただ頷いた。
「あれから実の親の居所も分かりません。分かったところでどうしようもないですが。もう覚えてもいないんだろうな。……みんな幸せそうでいいなって、こんなこと言っても困りますね」
あらかじめ用意された言葉もなければ、反応をすることさえ躊躇してしまう。この種の話をするためにここに連れてきたわけではない。辛い思いをさせるためじゃない。
「叶、次なに乗る?いいよ、なんでも。付き合うから」
驚いた顔をして、じっと目を見つめられた。そして笑って、最初の元気な姿を取り戻した。
「じゃあ、お化け屋敷で」
意外な場所を示されたが、なんでも付き合うと言ったからには従うしかない。
ただ彼女は暗く閉鎖的な場所が苦手だ。果たして大丈夫だろうか。
「やっぱむりですむりです綾音様」
「ほら、もうすぐ出口だから。大丈夫だって」
懸念通りに初めから腕に抱きつかれ、終いには半泣きになりながら出口へ向かう羽目になった。
お化け、というものに驚きこそしなかったものの、別のものに恐怖を感じてしまうのでは救いようがない。
私のほうがお化けという名の作り物に恐怖していたというのに、それすら知らない叶がしがみついてくれたおかげで走破できた。
「綾音様、ビビってましたね」
「な、なに言って……」
意外にもバレていたらしい。ひたすら腕が引きちぎれるかと思うほど強い力で抱きついてきていたのにもかかわらず。見透かすのもお手のものということか。
「でも綾音様が居てくれてよかったです。一人で入ってたら一生出てこれませんでした」
「そこでお化けになる、と?」
冗談めかして言うと笑われた。確かにそうなったかもしれない、と。
笑えるくらいになったのが救いに思えた。前を向いて生きていけている。
「それよりお腹すきません?なにか調達しましょう」
「買い出しに行くわけじゃないんだから。食べに行こうでいいでしょ」
昔は食べることすら拒まれて困っていた。今ではそんなことも忘れたかのように振る舞っている。元気でなりよりだ。
どれもこれも高いと二人でほざきながらラーメンとうどんをそれぞれ貪る。ここまで来てこれか、と思いつつ無心に啜る。よく思い出せば麺類を食べるのも久しぶりな気がする。いつも健康にうるさいどこかの誰かのおかげもあって。
「たまにはいいな。こういう食事も」
「献立考えなくていいのは楽ですね、外で食べるのもたまにはいいかもしれません」
周囲に視線を巡らせながら答える叶。やはり連れて来る場所を間違えたか。
「それにしても。綾音様とこうやってデートできるとか子どもの頃は思ってもみなかったです。こんな夢みたいな場所に来れるとも」
憧れの舞台のような場所だったらしい。
学校に行けばどこそこに行った、お土産も買った、そんなことを屈託のない笑顔で話す同級生たちを見て羨ましく思っていたのだと。
「できなかったこと、一緒にやろう。もう叶は一人じゃない」
ありがとうと言って人目もはばからず抱きしめられた。愛を求める子猫のように。
「そりゃ好きになりますよ、綾音様。欲しい言葉をくれて、ちゃんと見てくれてて、考えてくれて、寄り添ってくれて」
「それは光栄だな」
食べ終わり、食休みを挟んだところでまた園内を歩き回る。
憧憬に溢れていた彼女の目は、穏やかに落ち着いた眼差しをしている。
「さて、なにしましょう。なんでも付き合うって言ってくれましたが……」
声色に寒気を感じた。
指を差された方向には絶対に死にそうなジェットコースターがある。満面の笑みをも見せられてはどうしようもない。命が惜しい。
「老体には無理……」
「死んだかと思った」
またしてもベンチの住人になりながら酷使された体をいたわる。
心臓が飛び出したかと思うくらいに怖かったと身を震わせる叶を抱き寄せた。
私もほぼ放心状態で乗っていたために彼女のことまで気にすることはできなかった。一瞬横目で表情を見たが、無表情でどこを見ているのかもなにを感じているのかも分からなかった。
「無理がありました、色々。でもいい経験になりました、楽しかったです」
「そう、無理して乗る必要はないから。楽しめたならいいんだ」
だからといってここで帰るなんてあり得ない、と腕を捕まれ連れ去られた。そして気付けばゴンドラに閉じ込められる始末。
「デートと言えば観覧車でしょう。これなしで終われませんよ」
「そういうものか。恋愛もののドラマでもあるまいし」
ドラマチックでいいじゃないですか、と食い気味に返答が来た。確かに、こういうのもありかもしれない。
「先生、恋人になりませんか」
「もうなってるだろ」
久しぶりに言われたワードに思わず笑う。いくらドラマチックを求めていたとしても既になっている以上、笑いの種でしかない。
ふてくされたような表情をしながらも笑いをおさえきれない叶の隣に座り、首元に口をつける。するとみるみるうちに顔を赤らめて「綾音様」と呼ばれた。
「びっくりした、ほんと。私の恋人すごい破壊力」
赤らめた顔を両手で覆い隠す姿も随分な破壊力だと思う。
景色を楽しむどころではなくなった私と叶を取り残して、ゴンドラは頂点へと向かう。
早めに遊園地を出て、公園でのんびりと散歩をすることにした。私の前くらいは、自分のやりたいことをして言いたいことを言ってくれたらいい。
春の終わりの木漏れ日を浴びながら、自販機で買ったアイスを食べて時を過ごす。
花を見つけるたびに教えてくれる彼女をなだめながら、なにか思い出したのかまた顔を背けてくる姿を見ながら思った。
ずっとこんな日が続きますように、と。もしこの想いが恋とは別のものになったとしても、好きでいることに変わりはない。




