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 今度はノックをしてから「どうぞ」という許しが出るまで待って、扉を開ける。神官長及びその刺客(神官)が追いついて来れないのは、扉を施錠したからである。サイラス先生の許可がなければ開かない扉だが、お飾り程度のものはついているのだ。

 もちろん神官長は開けるための鍵を持っているけれど、遠慮を知る神官長は、サイラス先生の部屋のものである以上、ガチャガチャと忙しなく開けることはない。


 ところで、サイラス先生の口調が大変呆れを含んだようなものだったのは気のせいーーーではないな。執務机にいるサイラス先生の顔を見れば一目瞭然である。そして近くには父もいる。なんてことだ。


「どうしました、アウローラ」

「……えっとお、神官長が追いかけてくるので、つい」

「神官長はなぜあなたを追いかけるのですか?」

「……さあ?用件は聞いていません」

「なるほど」


 深く聞かないのは、サイラス先生もまた、私との付き合いが長いからである。

 何かしら面倒なことがやってくると察知した途端、私が逃げ出すところも、逃げ出した先でサイラス先生に助けを求めることも、サイラス先生の目の前で神官長ほか神官一同に捕獲されることも、あるいは何とか逃げ切るところも、今まで散々見てきたからである。

 どうせまた、今回も同じことだと判断されたのだろう。だって面倒なことは嫌なんだもん。


 それにしても、父がいるなら、ノックをして待ったのは正解だった。返事を待たずに扉を開けていたら、今頃流れるようなお小言が待っていたはずである。なにしろ、兄は父似なのだ。細かく容赦なく獲物を追い詰めていく姿は、まさに、……やだ、笑顔が怖い。これ以上考えるのはやめよう。


「ローラ、せめて用件を聞いて逃げなさい」

「嫌だ。それとお父さん。私は逃げたとは一言も言ってないよ」


 追いかけられたとは言ったが、逃げたとは言ってない。その辺は重要なので、間違えないでほしい。


「今日は第5の試練があったでしょう。一位で通過したようですが、どうでしたか」

「それ神官長にも聞かれましたけど、おじさんの怪我を治して終わりました」

「……そうですか。まあ、アウローラですからね」


 なんともいえない顔で、サイラス先生が自分に言い含めるように頷く。


「ローラは、ーーーと。神官長かな」


 コンコンコン、とノックの音が聞こえて、神官長が入室の許可を出すと同時に、父が口を噤む。廊下と隔てる方の扉は、私が入室する前に既に許可が出されていたのであろう。時間差はそのまま鍵の開錠に要した時間だ。


 さあここが正念場だ。いくぞ、アウローラちゃん。神官長に負けるな!


 背筋を伸ばして後ろを振り返ると、神官長が立っていた。全力ではないものの、それなりの速さで追いかけてきていた割に息が乱れていない。きっとサイラス先生の部屋に入る前に呼吸を整えたのだろう。


「お騒がせして申し訳ありません。サイラス様」

「いや、構わない。アウローラに用があるのだろう?」

「はい。……さて、アウローラ。せめて用件を聞きなさい」


 嫌です、と言いたいところだが、とりあえず黙っておく。


「あなたにお願いしたいことがあります。本来であれば、聖人の試練中にお願いする話ではありませんが、事は急を要しますので」


 やだ、「聞きたいこと」がいつの間にか「お願いしたいこと」になっている。いつでも走り出せるようにこっそりと足首を回して準備運動をし始めるが、


「治癒薬の作成を手伝ってもらえませんか」

「……治癒薬?」


 予想外のお願いに、ピタリと動きを止める。


 そりゃまあ確かに、ここは光の神殿。治癒とくれば1か2を争う早さで思いつく場所であるけれど。


 とはいえ、一般的に治癒薬と言われて思い着くのは、治癒士作製の治癒薬だろう。光の神殿特製の治癒薬など、市井には滅多に出回らない。

 理由は単純。必要な時に、必要な分だけしか作ろうとしないからだ。しかも、効力が絶対的に保証されている代わりに値段が高い。まあ、効力によって値段が違うので、物によっては手に入らないこともないのだが、一切値引きをしないことで有名だ。

 だから、一般的には、使用者が値段と目的の有無を考え、時には値引き交渉もでき、余剰分も手に入れやすい治癒士作製の方が馴染みがある。


 え?神殿特製の治癒薬の値段がなぜ値引きしてくれないか?そんなの私が覚えているわけないでしょう。


 だがまあ、要するに、そんな感じの背景もあって、私にまでわざわざ手伝いを要請するほど大量の治癒薬を、光の神殿が作製することなど普段だったらあり得ない話なのだ。


「なんかよく分かりませんけど、私以外のやる気のある誰かが頑張ってくれると思いますよ」


 ジェミニとかいいと思うけどな。最近昇進してきっとやる気がありますよ。


「あなたも知っていると思いますが、現在、神殿内の神官数が減っています。理由はもちろん、聖人の試練に人を割いているからです。中級神官以下の多くが第5の試練のために神殿を空けていますし、残った神官も、先の試練のために準備を進めています」


 へえ、なるほど。そうなんだ。


「……詳しいことは言えませんが、広く知られているように、試練は先に進むほど難易度が高くなります。それは、光の聖人選定における試練のみならず、他の聖人選定においても同様です。場合によっては、治癒薬の出番がないとも限りません」


 え、そんなの聞いたことありませんけど。試練の参加を見送ってもいいですか?……あ、駄目ですか。そうですか。


「そして、その場合に使用するのは、基本的に光の神殿が用意した治癒薬だとされています。ーーーもちろん、私たちもそれを見越して、十分な量を用意していました。いました、が」


 淡々と話を進めていた神官長が、そこで言葉を詰まらせる。珍しい光景にどうしたんだろうと首を傾げていると、父が口を開いた。


「火と風と闇がね、やらかしたんだよ」


 ……やらかしたとは?


「火の神殿はね、ちょっと燃やし過ぎたんだ。火力が大きかったんだろうね」


 ちょっと燃やし過ぎたってなに?


「風の神殿はね、ちょっと飛ばし過ぎたんだ。風を感じたかったんだろうね」


 ちょっと飛ばし過ぎたってなに?


「闇の神殿はね、ちょっと爆発させすぎたんだ。闇が暗くてやっちゃったんだろうね」


 ねえパパ。ちょっと説明が雑になってない?


「まあそんな感じで、治癒薬が想定よりも随分と多く必要になってしまったんだ。ーーーもちろん、頑張ってくれたらご褒美はあげるよ、ローラ。シュウェルのケーキを10個買ってあげよう」

「なるほど引き受けます」


 キリリと顔を引き締めて、神官長に宣言する。


 シュウェルのケーキといえば、1つ1つが高価なことに加えて、開店後秒で売り切れることで有名な逸品である。開店前から入り口には長蛇の列ができており、食べたいとは思いつつも、早起きが大嫌い……じゃなくて、大の苦手な私には到底手に入らない素晴らしいケーキだ。

 それが10個も手に入るならば、多少の手助けくらいしてもよい。治癒薬なんて、えいっとやって、ほいっとすれば出来あがるのだから、そう難しいことでもない。

 え?そんなに食べたければ、そもそも早起きすればよかったって?そんなことは分かっているけど、できないから今の私がいるんですよ?


「さあ行きましょう神官長。ノルマは何個ですか?シュウェルのケーキが私を待っているんです」


 やる気を全身から溢れ出し、神官長を促すと、物凄く微妙な顔で頭を撫でられた。


「いいですか、アウローラ。食べ物をくれるからといって、見知らぬ人にはついていかないように」

「何の話ですか」

「大丈夫ですよ、神官長。ローラにはエドアルドがいますから」

「だから何の話」

「ルイもいますね」

「サイラス先生まで!?」


 勝手に納得している大人たち。

 エドとお兄ちゃんがいたらなんだって言うんですか?私に関わることなら、私にだって聞く権利はあると思います!……って、なんだって?話せば長くなる?じゃあいいです。諦めます。だってシュウェルのケーキが私を待ってるので!!


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