07
「ーーーでは、ご案内いたします」
アンリに呼び寄せられた神官くんが私たちの前に立つ。
ふむ。この神官くんも知らないな!
最近入った人だろうか。腰紐を見ると、この人も10級神官らしい。なんか、最近入った人多くない?まあ今のところ2人しか会ってないけれど。
それでも、この調子だと他にも新人さんがいそうだし、直近で大規模な試験とかあったかな?全然記憶にないけれど。でも、私の記憶にないことなんてよくあるし、段々なんかあったような気がしてきた。
神官くんに連れられて、私とシュウはテクテクと進んでいく。……なるほど。最初の曲がり角から間違っていたのね!
「ーーーここですね。シュウ、あとは分かりますね?」
「はい。すみません、アルクくん。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げたシュウに、アルクくんは気にしていないというように笑ってから、「では、俺はここで」と元の場所へ戻っていく。
クールそうな見た目に反して、穏やかな性格の人らしい。あれは女の子の好感度を徐々に爆上げしていくタイプに違いない。
「あの、じゃあ、アウローラさん。今から、僕がこの扉を開けるので、僕の後について扉を潜り抜けてください」
「分かりました」
さては扉の先には転移陣があるな、と思いながら、素直に足を踏み入れる。
……うん!やっぱり転移陣だったね!
明らかに神殿の外だと分かる空間に出た。畑と家と、ーーーどこだろう?
町って感じはしないから、おそらく村だろうけれど、どこの村かは分からない。こう見えて私は王都生まれ王都育ちであり、王都の外に出たことがないので、ここがどこなのか判断ができない。
答えを求めてシュウを見ると、どうやら私の求めるものが伝わったらしい。
「ここはですね、とある村です!」
うん?なんて?
「『とある村』ですか?」
「『とある村』です!」
はきはきと元気よく答えてくれるが、全く答えになっていない。普通に考えれば、そんな村はないはずだ。え、あるの?そんな名前つけちゃう?
一瞬信じそうになるも、途中で我に返る。いやいや、ないでしょ。
「つまり、名前は教えてもらえないのですか?」
「はい。秘密です……」
急にしょんぼりと小さな声で呟かれる。
別に最初からそう言えばよくない?
「それで、私は何をすればよいのですか?」
なんか今日は私、物凄くしっかりした言動をしている気がする。きっとエドが見たら信じられないと驚いてくれるはずだ。ついでにご褒美に今日のおやつを多めに分けてくれないかな。
「この村の教会で、治癒の力を示してもらいます」
そういえば、そんなこと言ってた気がする。
治癒の力ねえ。どんな状態の人に使えばよいのだろうか。
「ええと、教会はこちらです」
ついてきてください、という案内を素直に聞き(こんなに素直に言うことを聞くのは珍しい。褒めてほしい。)、後について進む。
「ところで、アウローラさんは治癒の力は使えますか?」
「……はい。一応」
なぜか昔教えられたからね。
「本当ですか?それは良かった。実は僕、治癒は勉強中で」
えへへ、と笑う姿に、ん?となる。
私は使えるからいいとして、他の候補者も治癒魔法が使えるのかな?そんなにありふれた、誰もが使える魔法ってイメージじゃないんだけど、候補者も付き添いの神官も使えなければ誰が教えてくれるのだろう。
「もしアウローラさんが使えなかった時のために、一応僕の教本を持ってきていたんです」
それはありがたいけれど、治癒魔法が使えない人が教師役でいいのだろうかと、素朴な疑問が脳裏に浮かぶ。
それを指摘するか5秒迷った結果、まあいいかと疑問を放棄することにした。
「ーーーあ。教会のシンボルもありますし、ここですね」
正直な感想を言うと、小さいな、と思った。でも、これくらいの規模の村ならば、それも当然かと思い直す。
ごめんくださーい、と声をかけるシュウ。まるで近所の家を訪ねているような雰囲気だ。
そして、はいはーい、と奥から声が返ってくる。こちらもなかなかに家庭的であった。
ぱたぱたと足音を鳴らしながら、20代くらいの女の人が近づいてきた。神官の服を着ていないので、村の人だろうか。
「神殿の方ですね。奥へどうぞ」
シュウの服を見て、少しだけ緊張した面持ちを見せる。あのでもお姉さん、さっき『ごめんくださーい』と言ったのはこの人ですよ?
「アウローラさん、行きましょう」
「はい」
突っ込みたいのを我慢して頷く。だって、神殿のみんなから黙っておけと(以下略)。
お姉さんが案内してくれたのは、奥の……礼拝室、だろうか。王都の神殿にあるのと比べれば随分と小さいが、光玉はあるし、なんかそれっぽい厳かな雰囲気がある。うまく説明できないが、それっぽいのだ。私に詳細な説明を求めないで欲しい。……え?そもそも説明する気がないだろって?ソンナコトナイデスヨ?
光玉の前に、神官の格好をした穏やかそうなおじさんが座っていて、こちらを見ると、「おお」と立ち上がった。
「神殿の神官様ですね。初めまして」
「初めまして。シュウです」
「シュウさん。わたしはアンディです。……いやあ、神殿の神官様とお会いするのは、何年ぶりでしょうか。お若いのに、随分と優秀なんでしょうねえ」
いや、この人さっき神殿で迷子になってました。
「いや、あはは。そんなことないですよ」
果たして言われた本人はというと、照れたように頬を掻きながら返していた。
「それに、あなたが聖人候補の方ですか」
「はい。アウローラと申します」
「アウローラ様。……あの、もしかして貴族の方でしょうか?」
なんてことだ。1日に2回も貴族だと思われた。私は黙っておけば貴族だと思われる人間だったのだろうか。もしや貴族って、黙ってる人のことなのかな?でも、私の知っている貴族は別に物静かな人ばかりではないし、エドなんて王族だけど、今日も元気に熱い声援を送っていた。
とりあえず、おじさんの勘違いを否定しておく。すると、「そうでしたか」と意外そうな顔をされたが、それ以上突っ込まれなかった。
「それで、治癒ですが……。そうですね、ロットさんのお宅に行きましょうか」
「ロットさんが、何かお怪我でもしているんですか?」
「はい。ちょうど昨日、畑仕事をしている時に足を捻ったみたいですね」
「なるほど。ではアウローラさん、これを試練にしましょう」
どうやら治癒魔法をかける相手が決まったらしい。というか、割と行き当たりばったり感があるな。
おじさん神官の案内で、そのロットさん家に向かう。教会から歩いて5分もかからない位置にあったその家の扉を叩くと、息子と思われる人物が出てきた。おじさん神官が簡単に事情を説明すると、すんなり家の中へと通してくれる。
果たして目的のロットさんは、居間らしき部屋で、椅子に座っていた。30代くらいだろうか。右足に包帯を巻いており、簡単な治療は既にされているようだ。
「父さん。聖人候補の人が治癒魔法をかけてくれるらしいよ」
息子がそう告げると、ロットさんは少し視線を動かした後、私へと視線を落ち着かせた。神官服姿の2人ではないと判断して、私が聖人候補だと結論づけたらしい。
「それはありがたい。普段の仕事ができずに困っていたんだ」
「すみません、わたしの力がもっと強ければ治せたんですが」
「いやいや、俺が悪かったんだ。それに、昨日アンディさんが治癒魔法をかけてくれて、随分と楽になったんだから」
……ふうん。おじさん神官は完全に治癒させることはできないのか。場合によっては、わざと完全に治さないこともあるけれど、今回の件は私に頼むくらいだから、その場合に当たらないのだろう。
え、どんな時に完全に治したらいけないのかって?ええとぉ。
確か、治癒魔法は、基本的にあくまでその人に備わる治癒能力を活性化させる方法で行うからだとかなんとか、そんな感じだったと思う。
とはいえ上位神官であれば、その辺りもまた話は別になったりしちゃったりするのだが、その辺りは一部を除き他言禁止なので、私も口を閉じていようと思う。
え?なんでお前は知っているのかって?なんかサイラス先生が教えてくれました!
え?教えてくれた理由?よく覚えてないですね。だってサイラス先生も、他言禁止ってことだけ覚えておけばもうそれでいいと言ってくれたし。
「じゃあアウローラさん。お願いします」
シュウから促されて、ロットさんの目の前に立つ。
……ふむふむ、なるほど。
「えいっ」
つん、とロットさんの右足を突く。
「え、何をーーーって、あれ?痛くない?」
怪訝そうに眉を寄せた後、少しこちらに身を寄せたロットさんが、驚いた顔で右足を見て、私を見る。
「え、治った?」
「うそ、治った?」
後方からも驚きの声が聞こえてくる。
むふー、と心持ち自慢げに胸を張ってみる。
「父さん、治ったの?」
「あ、ああ。治ったみたいだ」
ロットさんが答えると、シュウが「ええぇ!?」と驚愕の声をあげた。そのままバタバタとこちらに迫ってきて、
「どうやったんですか!?」
……どうやったと問われても、ねえ。
正直なところ、私もよく分かっていないのだ。
昔、エドやお兄ちゃんと一緒にサイラス先生に教えてもらった時、例によって理論的な説明は理解できなかった(眠くて仕方なかった)のだが、なぜか実践はできたのである。
あえてコツを絞り出すなら、サイラス先生から「心を込めて念じることが大切ですよ」と言われたので、『治れ〜』と念じるようにしていることだろうか。でも、そのことをエドに話してみたら、よく分からないという顔をされたので、大して役に立たない助言だったと思われる。
なので、とりあえず「えへへ」と誤魔化してみることにした。これこそ、かつてお兄ちゃんから、「困った時はこの顔をすれば大概誤魔化せる」とお墨付きをもらった笑みである。だから多分絶対に、なんとかなるはずだ。多分。絶対。
「ま、まあ、治癒は成功してますからね」
どうやら誤魔化せたらしい。兄の助言は間違っていなかった。
おじさん神官の言葉に、シュウも気を取り直したような顔をして、「そうですね」頷く。続けてロットさんにお礼を言われたので、「いえ」と首を横に振っておく。だって別に難しいことでもなかったし。
「では、試練は終了ということで。アウローラさん、神殿に戻りましょうか」
「はい」
「帰りの分の転移陣は、この神具に刻まれているので……じゃあ、ロットさんお大事に。アンディ神官もお元気で」
「ありがとうございました!」
「お2人もお元気で!」
簡単な挨拶を交わした後、シュウが神具を床に叩きつける。……え、叩きつける?
まさかの使い方に驚いているうちに、シュウと私の足元に転移陣が浮かび上がり、次の瞬間には、ギュンッと地面に引っ張られるような感覚がした。うえ、変な感じ。
目を開けると、アンリの姿が視界に入ってきた。無事、元の場所へ戻ってきたようだ。
「アンリさん、30番、戻りました!」
元気よくシュウが報告し、アンリが軽く頷いた。それから私の方へと視線を移し、
「それでは、第5の試練は終了です。他の候補者の皆様が戻ってきた後、第6の試練を始めます。ーーーこちらをお渡しします」
「……これは?」
差し出された腕輪を受け取りながら尋ねる。
「第6の試練を開始する前日に、この腕輪が光る仕組みになっています」
「何日か日が空くの?」
「候補者によっては時間がかかりますので。ああ、ちなみに、あなたの通過順位は1位です。第7の試練に関係しますので、お伝えしておきます」
では部屋にお戻りを、と淡々と告げるアンリに、少しだけ絡みたい気分がふつふつと沸いてくる。私が1位ってことは、ここに他の候補者はいないわけで、つまりここには神殿関係者だけしかいないのだから、黙っていなくてもいいんじゃないのかな。
しかし、そんな心の推移を素早く察知したのか、先手を打たれてしまった。
「では、速やかに部屋にお戻りください」
続けて、私が口を開く前にずいっと顔を寄せると、
「今日のお昼のデザートは、神官長の出張土産らしいわよ」
なるほど。
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でした」
速やかに私は帰った。