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06

 結論から言うと、昨日と同じ場所で良かった。


 本日担当の神官は、5級神官のアンリ。黒縁眼鏡の似合う、26歳のお姉様だ。コツコツ日々努力を重ねる真面目系神官とは、何を隠そう彼女のことである。

 性格がいまいち合わないのか、私は彼女に比較的ツンツンした態度を取られてしまっている。私はこんなに好きなのに。


 仲良くしようよ、と一時期毎日突進した日々はいい思い出だ。最初は無視されていたけれど、最後らへんは「いい加減諦めなさいよ!」と怒鳴りながらなぜか追いかけられていた。なぜだろう?

 ……が、それ以来、ツンツンした態度ながら、話してくれるようになったので、まあ良かったと思う。


「おはようございます。本日の試練担当のアンリです。……ではさっそく、第5の試練について説明します」


 周囲の候補者たちの間に、緊張が走る。


「第5の試練は、治癒、です」


 ……治癒?


「光の神力として有名なものの一つに、治癒があるのは、皆様ご存知だと思います。ーーーこちらに、籤を用意しています。引いた後、籤に記載された番号を私に見せてください。その番号を担当する神官をお呼びいたします」


 番号担当の神官、とは?

 疑問に思ったところで、すぐにアンリの説明が入る。


「神官には、皆様に治癒を行なっていただく場所を伝えてあります。後の説明は、担当の神官からお聞きください。ーーーでは、どうぞ。どなたから引いていただいても構いません」


 そう言って、籤の入った箱から一歩引いたアンリに、候補者たちは騒めく。しかし、1人、2人と籤に向かい、箱の前に列ができ始めた。

 私もとりあえず人波に合わせて移動し、比較的後方の位置に着く。どんどん進む列に従って、前に前にと進んでいき、とうとう私の引く番がやってきた。


 目の前に立つアンリに対してにっこりと笑いかけるものの、ピクリとも笑い返してくれなかった。……アンリのけち。


 どれでもいいや、と適当に籤を引いて、アンリに差し出すと、


「30番ですね。では、彼に従って移動してください」


 アンリの言葉と共に出てきた神官を見て、あれ?と内心首を傾げる。

 茶髪茶眼の、一般的な色合いをした同い年くらいの少年神官。神殿で毎日顔を合わせるので、所属神官の顔はほとんど覚えているはずだが、彼の顔には見覚えがない。

 位によって色が変わる腰紐を見るに、10級神官のようだから、最近入った人だろうか。


 そんなことを考えながら、少年神官について歩いていく。歩いていく、が……ねえ、本当にこの道で合ってる?黙ってついて行ってたけれど、あの、この先はお手洗いしかありませんよ?


 他の候補者たちの動向は、魔法か何かで阻害されていて分からない。だが、お手洗いはないだろう。

 もしかして、腹痛を治せってことか?だけど、仮にも私は女で彼は男。彼が女子用に入るのも、私が男子用に入るのも、それはどうなのだろう。


 私には珍しく真剣に考えた結果、やっぱりおかしいという結論に至る。神官のみんなは、私に黙っておけと言っていたが、神官である彼しかいない場であれば、喋っても問題ないはずだ。


「……あの。本当にこの道であってます?」

「…………やっぱり違うと思います?」


 振り向いた少年神官の顔色は、真っ青だった。


「僕も違うかな、とは思っていたんです。でも、確かこっちだったと思って歩いていて。だけど、どうもやっぱり違うような気がしてきて、でも神官である僕が解決しないとと思ってですね、思ったんです、が、」

「思いっきり迷った、というわけですか」


 ズバッと結論を出すと、「その通りです……」と落ち込む少年神官。なんともまあ、典型的な迷子の思考であった。


「もともと案内するはずだった場所はどこですか?」

「……ええと、それが、場所しか分からなくてですね……」


 言いにくそうに申告される。それはさすがに、私もどこに行けばよいのか分からない。

 ウロウロと視線を揺らす少年神官に、とりあえず、と口を開く。


「それなら、元の場所に戻りましょう?」

「そ、そうですね!そうしましょう!」


 こっちです!とパタパタ小走りで元の道を進み、ーーーいやちょっと待って。


 突き当たりを左に曲がろうとした彼の袖を急いで握る。わっ、とたたらを踏んだ彼に謝ってから、


「あの、こっちです。右です」

「え?……あ、すみません!そうでした!」


 焦る気持ちは分かるけれど、元に戻るためにまた迷子になるのはごめん被る。


「よかったら、私が前に行きますよ?」

「……ごめんなさい。僕が神官なのに」

「構いません」


 仮にこれが、私ではなく他の候補者であれば、結構な問題に発展したかもしれない。しかし、私は神殿で育ったといって過言でない人間である。正院にばかりいて、本院にはあまり行ったことがないとはいえ、彼より詳しい可能性は大いにあるのだ。


 2人で黙って歩いていると、沈黙に耐えかねたのか、少年神官が話しかけてくる。これは非常に珍しいことだ。私の方が口を閉ざすだなんて、ホールケーキを貰って良いほどの感動ものである。


「あの、僕はシュウと言います。名前を聞いてもいいですか?」

「アウローラです」


 やっぱり聞いたことのない名前だ、と思いながら答える。


 アウローラさん、と口の中で転がした後、


「アウローラさんは、貴族の方ですか?」


 ……なぜ?

 きらきらとした瞳で、期待をするように私を見る少年神官改めシュウに、盛大に疑問を抱く。


「いえ、違います。……理由を聞いても?」


 否定した途端、信じられないといった表情をする姿に、何を根拠にそんな自信が、と思う。


「えっと、あの、僕は平民の出なんですけど、」

「はい」

「神官になってから、貴族の方も目にするようになったんです!」

「そうですか」

「それで、その人たちとアウローラさんは同じ雰囲気というか、そんな感じがして、」


 だからてっきり貴族だと、と呟くように言う彼に、なるほど?と思う。


 貴族出身の神官というものは、まあ結構な割合で存在しているし、親類が貴族である、という神官も合わせると相当数存在する。私が覚えている範囲だけでも、なかなかの人数だ。

 彼らが貴族っぽいという雰囲気は、分かるような、ちょっとよく分からないような気もするけれど、まさか私が同じ分類になるとは予想だにしていなかったであろう。

 ……まあ、シュウの期待も、まるきり外れというわけではないんだけどね。


 何を隠そう、私の父は、この国の伯爵家の二男である。もっとも、母の家に婿として入っており、爵位いらないかい?と定期的に期待する兄の言葉を突っぱねているので貴族ではないが。

 ちなみに、私の母も、祖母(私にとっては曽祖母)が、隣の帝国の皇女だった人物であるため、親族は割と結構なかなかだ。


 そもそも、神殿というのは、世界各地関係なく、どの国所属というわけでもない、独立した存在である。さすがに、神殿が建っている国との関係を完璧に切り離している、とまでは言えないし、所属神官も建立地出身の人間が多いのは事実だが。


 とはいえ、他国の人間も当然たくさんいる。つまり、比率的にその傾向があるだけで、神殿内は多国籍が当たり前の場なのである。

 聖人もその例に漏れず、今回の候補者たちも、出身国を聞けば様々なはずだ。


 で、話を戻すと。だから神殿では、普通の貴族ではあり得ないほどの、国籍問わずの貴族の血が混じり合った、ある意味で普通の権力者が真っ青になるような婚姻が成立するし、子供も産まれる。


 よって、私も祖先を辿れば……まあ、うん。今は言及を避けておこう。

 ただ1つ言えることは、誕生日プレゼントはとっても豪華です。正直、ここまでいらないってくらい豪華です。なぜか管理権は家族やエドや神官長やサイラス先生に奪われているけれど、文句を言えないくらいには豪華です、はい。


 そんなことを話していたら、無事に試験会場に戻ってきた。

 先ほど出て行った扉から、会場内へと顔を覗かせると、まだ会場に残っていたアンリと目が合う。瞬時に、げ、と言いたげに目を細める姿に、あらやだ失礼ね、と思う。思うけれど、思うだけで、遠慮なくずいずいと近づいていく。


「どうかしましたか」


 先手必勝と思ったかは分からないが、口火を切ったのはアンリからだった。


「えっと、この神官さんが道に迷ったらしくて」

「すみません、アンリさん。僕が道を覚えてなくて……」

 しょんぼりと肩を落とすシュウに、「そうですか」と頷いた後、アンリは少し眉を寄せる。


「あなたの担当は……30番でしたね?」

「は、はい。そうです」

「では、ーーーあなた、彼らを連れて行ってあげなさい。場所は『  』です」


 近くにいた神官を呼び寄せ命じる。心持ちアンリたちの方へ身体を傾けるが、それにしっかりと気づいたらしく、行先だけは私に聞こえないように囁かれた。

 正直、別に場所くらい教えてくれてもよくない?と思わないでもないが……。

 そんなことを考えていたところ、アンリが私の方へ身体ごと向き直り、丁寧な仕草で頭を下げた。


「こちらの不手際で、候補者の方にはご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」


 あくまで私を一候補者という扱いにしたいらしい。まるで知り合いではないと言うような、他人行儀な態度だ。

 少し寂しさを覚えるけれど、まあ、候補者であることは事実だから、仕方ないだろう。ここには神殿関係者しかいないとはいえ、仮に他の候補者がいれば、試験官と親しげに話す私を不思議に思うはずだ。……他の候補者が怪しむほど、アンリと私が親しげに話すかと問われれば、首を傾げるけれど。

 まあそれも、アンリはツンツンしているので仕方ない。


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