05
第4の試練はあっさりと通過した。ちなみにリリアちゃんとダリアさんも通過していた。特にダリアさんの方は米粒みたいな大きさの光であったが、とりあえず光れば良かったらしいので、合格は合格だ。
私に関しては、そもそも毎日……じゃないか逃げてるし……でもほとんど毎日神官のみんなともっと大きな光玉を光らせているので、光らないわけがなかった。マリーもそれが分かっていたのか、私の時は光玉から若干目線を外していた。
分かるよ、あれ直視は眩しいよね。
試練が終わった私はタッタカと部屋に戻り、さらに転移陣で正院の部屋に戻った。とはいえ、まだお昼前だ。いまいち眠くないし、正院の敷地内でもぶらつこうと部屋から出て、ーーー今に至る。
「……あれ?サイラスせんせー!」
中庭で1人立っている人物を見て、珍しいと声をかける。
「アウローラ。試練は、……あなたなら通過するでしょうね」
さらりと背中で揺れる薄い黄緑色の髪。その髪とお揃いの瞳が、……なんとも言えない感情を映し出していた。なぜ?
「だって、別に難しいことじゃないですもん。えいっとやったら終わりますよ」
「……まあ、あなたにとってはそうでしょうね」
苦笑しながらも頭を撫でてくれるサイラス先生。とりあえず頭を突き出して、もっと撫でろと要求してみる。
「試練だけはふざけずに真面目に取り組むのですよ」
「いやだなあ、分かってますよ」
そうだといいんですけどね、と口にせずとも伝わってくるサイラス先生の心情。おかしい。私が何したって言うんだ。
「あら、ローラ」
ぷぅ、と両頬を軽く膨らませて拗ねましたアピールをしていると、後ろから名前を呼ばれた。聞き覚えのあり過ぎる声に、私は後ろへと顔を向ける。
「お母さん」
「久しぶりね。せっかく聖人様の候補者に選ばれたのに、初日は見送ってあげられなくてごめんなさいね。寂しかったかしら」
「んー?別にいいよ。私は教会を出て教会に入っただけで、別に場所を移したわけでもないもの。中にいる人も同じだし。だから、別に1人でも大丈夫だったわ」
そもそも、1級神官が見送ってーーーいや、元から教会にいるのだから見送るもなにもないがーーーそんなことをしたら、注目の的になること間違いなしである。
とりあえず目立つないいから目立つなとにかく黙っておけ、と出会う神官ほとんど全員に言われた身からすれば、むしろ見送られなくて良かったとも思える。
それに、母は物凄い美人で目立つ。淡い金色の髪に桃色の瞳。歳は言ったら怒られるから秘密だけれど、年齢と見た目が一致していないことで有名な人物である。ちなみに、私の容姿は母譲り。性格は誰譲りか知らないが。
「あなたのことだからきっと大丈夫だとは思うけれど、何か困ったことがあれば、迷わず助けを求めなさい。いい?ローラ。何かあれば、隠さずにきちんと言うのよ。何か周りと違う行動をしたければ、それについても申告するの。1人で自由に行動しては駄目よ。周りの候補者に合わせるの。監督している神官の話はしっかりと聞くのよ?勝手に自分のやり方で推し進めようとするのも避けなさい。ねえローラ。分かるかしら?」
言いながらどんどん詰め寄ってくる母に、「わ、分かった」と後退したい気持ちを抑えて頷く。絶対に大丈夫だと思ってないな、これ。
そんな私の内心を鋭く察知したのか、母の口が再び開かれようとしたのを見て、私は慌てて口を開いた。
「それより!お母さんはサイラス先生に用があったんでしょう?」
それはいいの?と暗に問いかけてみる。すると、ああそうね、と母が一旦体を引く。そのままサイラス先生の方へと視線が向けられるのを見て、ホッと心の中で一息つく。
「サイラス様。大陸の東の方で、闇の聖人が少々巨大な魔法をお使いになられ、東方面で光の魔素のバランスが乱れております。手の空いている神官で魔力の供給と調整を行っておりますが、サイラス様にもおいでいただきたいと存じます」
「またですか?アンドレアにも困ったものですね」
闇の聖人、アンドレアさんは、なんというか……「ウェーイ!」と叫びながら巨大魔法を放つのが大好きなお方である。
闇といえば静かな印象を持たれがちだが、アンドレアさんはまったくもってその逆をいく。会うたびに「アンドレア兄様と呼んでいいぜ」と言われるけれど、サイラス先生の指導の下、私は毎回拒否している。
「ね、お母さん。もしかして、エドも魔力の供給をしているの?」
これから会いに行こうと思っていたのだが。
「いいえ。エド君は外に出ているわ」
「え、外に?ちなみにどこ?私も行っていい?」
わくわく目を輝かせながら尋ねてみるも、すぐに却下されてしまう。
「駄目よ。一応、ローラは聖人候補で試練中でしょう?他の候補者に外出を禁じている以上、ローラにだけ認めることはできないわ」
残念だけれど、納得せざるを得ない回答に、渋々「分かった」と答える。駄目だと言われるだろうとは思っていたのだ。
だって、普段だったら、そもそも許可を取らずに外に出ているところである。わざわざ聞かなければ駄目だと言われないのだから、聞かなければいいのだ。そうしたら、駄目だとも言われないのだから。
それでもあえて聞いたのは、試練の間くらい、駄目だと言われたら大人しくしておこうと思ったからである。
「暇なら、あなたも魔力の供給を手伝いなさい」
「え?嫌です」
サイラス先生の言葉を即座に否定すると、「相変わらず否定が早い」と感心したような呆れたような目を向けられる。母は、もはや「仕方ないわねぇ」という顔をしていた。
これ以上この場にいると、なんだかんだ言いくるめられて手伝わされそうな予感がしたので、さっさと逃げを図る。
「じゃ」
颯爽と去ろうとしたその瞬間、後ろからガシリと肩を掴まれた。
同時に漂ってくる圧力は、つい最近覚えたばかりのものだ。
「……ローラ?」
低い声に、ヒッと内心首を竦める。
こ、この声は。
「お、お兄ちゃん?」
普段見ないような素敵な笑顔に、私は不味いと青褪めていく。
なんかいい感じの言葉が出てきて、なんだかんだで逃げ出せないかと必死に考えてみるも、どんなことを言っても逃げ出せない未来しか思い描けない。
「暇だよな?」
「ひ、暇じゃない」
「へえ。じゃあ、今何しているんだ?」
「今?ええと、……試練の疲れを癒してた!」
「ふうん。その割には、外に出ようとしていたよな」
なんてことだ。そんな前から見ていたとは。
「それは……その、体力的には問題ないっていうか。魔力的に?疲れたっていうか?」
「お前の魔力量は、あれくらいの試練で疲れるようなものじゃない」
候補者たちが疲弊していたのを思い出して言ってみるが、即座に否定されてしまった。
確かに、正院の光玉さえピカピカ光らせる私が、この理由で納得させるのは厳しかったと言わざるを得ない。けれど、諦めるにはまだ早い。逃げだす道をなんとか見つけねば。
「でもほら、明日の試練もあるし」
「一晩寝れば大丈夫だ」
「私、神官じゃないし」
「俺が許可する」
「…………ご褒美は?」
とうとう折れてしまった。でもこれは決して負けではない。戦略的撤退である。
「ケーキ1つ」
「あと一歩!」
「太るぞ。……1個半な」
「……2個くれてもよくない?」
「嫌だ。俺も食べたい」
あまりにきっぱりと告げられたので、私は「あ、そうですか」と自然と頷いていた。そうかそうか、そういえば兄は甘党だった。
最低限の報酬を得た私は、他の3人と共に、渋々光玉の元へと向かうことにした。