04
「皆様、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?体調の悪い方はいらっしゃいませんか?もしいらっしゃったら、遠慮せず仰ってくださいね」
にこにこ可愛らしい笑顔で呼びかける女性神官。その名もマリー。30歳半ばの5級神官で、ふんわりおっとりとした性格をした、神殿内でも1、2を争う温厚な人物である。
私自身も彼女には何度庇ってもらったことか、と感謝の気持ちを込めてマリーを見ていたところ、目が合った彼女がふふ、と笑ってくれた。可愛い。
「次の試練をお話しする前に、まずは皆様が疑問を抱いているだろうことをお伝えしますね」
……疑問?疑問とは?
むしろマリーの発言に疑問を抱く私だったが、周りの様子を見たところ、頷く人の数が多い。みんなは一体何に疑問を持っているんだろうか。私がここにいること?そんな馬鹿な。
「答えを先にお伝えしますと、第3の試練は既に終了しています」
なん、だと?
今度はみんなもざわめいているため、私1人が知らなかったことではないらしい。
「内容は、『この教会で一夜過ごすこと』です。言い換えると、『この神聖な空間に耐えること』でしょうか」
神聖な空間に耐える?それはあの、雰囲気的な話ですか?
そんな私の疑問をまるで読んでいたかのようにマリーは続ける。
「この教会内は、外の世界とは異なり、神聖な力で満たされております。この教会内では光の魔法を発動しやすい、ということは比較的有名なお話ですが、それはつまり、光の神素で満たされているということです。今風に申し上げれば、光の魔素のことですね」
ほうほう、それで?
「この神素は、短時間過ごす分には心地良く感じるものですが、長時間過ごすと人々の反応は2つに分かれます。1つは何も感じない人、もう1つは不快を覚える人、です。ここで誤解しないでいただきたいのが、不快に感じる人こそ通常の反応だということです。薬と毒は表裏一体、とはよく言いますが、神素も触れ過ぎれば毒になる、その現れとも言えましょう。ただ、中には耐性がある者もいる。それが、ここにいる皆様ということです」
マリーの説明に、周囲と一緒に感嘆の息をつく。
……なるほど。そんな理由があったのか。
神官を志望する人間は毎年一定数いるという話を何度も耳にしたことがあるのに、実際に神官となる人数は数人だということを不思議に思っていたけれど、その原因の1つがこの理由なのだろう。
「簡単な説明となりましだが、第3の試練については以上で終わります。―――では、次に、第4の試練についてご説明いたします。第4の試練では、皆様にこちらの光玉を光らせていただきます」
マリーの立つ場所のさらに奥に堂々と鎮座する、成人男性ほどの大きさの玉を示される。候補者たちは「あれを光らせるの?」と驚きの表情を浮かべるけれど、実はあれ、小さい方なんだよねぇ。
ここにある光玉しか一般人には知られていないが、正院にも光玉は存在し、そちらの方が2倍ほど大きい。
そんなに大きく、歪みのない球がどうして存在するのかはよく分からない。なんか、昔の……神話時代から?あるらしいものだそうだ。光玉はこの世界を表しており、光玉に光の魔素、いや神素か?を満たすことで、この世界の光の素を保っているらしい。
サイラス先生は理論的なことをもっと詳しく教えてくれたような記憶はあるけれど、どんな説明をされたかの記憶はあまりない。私の脳みそをひっくり返す勢いで思い出したところで、降ってくるのはこれくらいの知識だ。
で、正院にある光玉を、聖人であるサイラス先生は簡単に光らせているし、なんなら神官たちも上位神官なら1人でも、下位神官でも10人くらいで光らせている。……そう考えると、神官でもない候補者たちが1人で光らせるのは難しいのだろう。
でも、聖人になるくらいなら、これくらいできないといけないのかもしれない。多分。
「挑戦は一度きり、というわけではございません。何度挑戦していただいても結構です。お一人で光らせることができれば、この試練を通過したことになります」
準備のできた方からどうぞ、と言われ、候補者たちがお互いに目を合わせる。あれ、おかしいな。私に目を向ける人がいないんですけど。というか、いつの間にかグループっぽいのができてません?
さては昨日のうちに候補者同士で会話があったとみた。私がいつも通り神官のみんなと夕食をとったように、候補者たちも食堂かなにかで集まってご飯を食べた可能性は十分にあり得る。……別に寂しくなんてないからね!
そんなことを考えている間に、試練に挑戦する第一号が現れたらしい。
腰まである真っ赤な髪が印象的な、ごてごてのドレスを着たどう見てもお金持ちそうなお嬢さん。どこかで見た気がする、と思ったら、教会の入り口で使用人の男の子にヨイショされていたお嬢様ではないか。第3の試練まで生き残っていたらしい。凄いではないか。
後ろには、貴族っぽい女の子たちを従えていて、あれが噂の取り巻きというものだろう。純粋な友人だったらごめんなさい。
高らかに自分の名前を告げ、光玉に手をかざす。そして静かに目を閉じて、―――数十秒経っても何も起こらなかった。それからも待てども待てども変化はない、けれどマリーは決して中断させようとしない。時間制限がある、とは言っていなかったので、それも仕方のないことだろう。
さらに2分ほど経ったところで、先に折れたのはお嬢様の方だった。「まだ時ではないようね」と毅然とした表情で戻って行くのはさすがだと思った。あれぞまさしく貴族のお嬢様だ。多分。何言っているのかは分からないけれど。
次に名乗り出たのは、にこにこ笑顔の可愛らしい女の子だった。薄茶色の髪が肩の辺りで揺れる、若草色の服を着たその子は、先ほどのお嬢様と同じように手をかざして念を送り始めた。
……しかし、やはり今度もなかなか光らない。女の子は「光れ〜光れ〜」と口に出してまで念じているが、光玉は何も変わらない。今回も駄目か、という空気が漂い始める。―――と、思ったところで、一瞬だけ光った。
「光りましたね。第4の試練の通過、おめでとうございます。どうぞ、あちらの扉を開けてお進みください」
「え、と。第5の試練があるんですか?」
「いいえ。本日はもうお休みいただいて構いませんよ」
「良かった。実は、魔力を使い過ぎた気がするんです」
マリーと女の子の会話に、あれ?と思う。
……え、あんな一瞬光らせるだけでそんなに魔力を使うものなの?
だが、マリーも「そうですよね」と頷いている姿を見るに、どうやら魔力を非常に消費する行為だったらしい。知らなかった。
女の子の成功を見て勇気が出てきたのか、候補者たちがどんどん挑戦し始める。成功率は、今のところ5人に1人といったところで、いくら何度挑戦してよいとしても、割と脱落者が出そうな試験のようだ。
光玉の前に列を作り始めた候補者たちの動きに合わせて、私も列に並ぶ。
並んだが、……前の女の子がガクブル震えているのはどうすれば良いのだろうか。
明るくも暗くもない、丁度真ん中くらいの茶色の髪に、まあまあ年季の入ったワンピースを着た、おそらく10歳ほどの女の子。なぜここまで震えているのか、と思ったところで、あ、と思い出す。この子、お姉さんに「絶対に聖人に選ばれてくるのよ!」と何度も言われていた子だ。ということは、震えているのは緊張のせい?
声をかけてもいいけれど、お兄ちゃんにも、エドにも、その他神官のみんなにも、「お前はずっと黙っていろ」と言われたんだよねぇ。さて、どうしたものか。
震える女の子の頭を見ながら考えていると、私の後ろに立っていた女性が「ねえ、リリアちゃん、大丈夫?」と声をかけた。
ビクッと肩を一際大きく震わせた後、「ダリアさん……」と振り返る女の子。
「心配しなくても大丈夫よ。きっとリリアちゃんなら光らせることだってできるわよ」
「きっとむり、です。だって、光らせてる人なんてほとんどいないもん」
「でも、光らせてる人だっているわ」
「でもそれは……」
目いっぱいに涙を溜めているリリアちゃん。
励ます女性、ダリアさんとの間に挟まれた私は、一体どういう顔をしておけば正しいのだろう、と遠くを見ながら考える。
だが、ダリアさんは私を逃してはくれなかった。
「あの、あなたもそう思いますよね?」
……なにを?
話の流れからすると、リリアちゃんが光玉を光らせることができる、ってことなんだろうけれど、正直、そんなことは分からない。あの光玉は、光る人には光るし、光らない人には光らない一品なのだから。
魔力を注ぎ込んで光らせる割に、人によっては、いくら魔力を注ぎ込んでも光ってくれない天邪鬼な玉なのだ。だがしかし、たとえ1人では光らせられない人でも、光らせることのできる人と共に注ぎ込めばより強く光るところに、あの玉の頑固さを感じる。
「……そうですね」
だが、私には肯定も否定もできない。はっきり言う役は他の誰かがしてくれ。
「ほら、リリアちゃん。大丈夫だって」
「ほんと、かなあ……」
相変わらず不安げなリリアちゃん。ねえ、私に聞く意味ありました?これ。
でも、リリアちゃんの気持ちは分からないでもない。あのお姉さんの気迫は確かにまあまあ凄かった。私がちょっとした冗談で掘った穴にサイラス先生がハマった時の神官長には全然負けていたが、それでもなかなかのものだった。
不安を抱えるリリアちゃん。それを励ますダリアさん。その間に挟まれた私にできることといえば、たった1つであった。
「あの、列の順番変えましょうか?」
変更はつつがなく行われた。