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そうして辿り着きましたローシャ湖。
周りを木々で囲まれた、巨大な湖だ。背伸びしてみても、湖の端が見えないと言えば、その壮大さが伝わるだろうか。
「で、ここにミューちゃんがいるの?」
「知らんが?」
即答された内容に、ぱちぱち、と目を瞬かせる。
「え、じゃあなんでここに来たの?」
「ただの勘」
「勘」
何だろう。私が言えた義理ではないけれど、きっとこういうところが、我々が兄妹であることの証明のような気がした。
さすが、アウローラに常識と落ち着きを与え、口の巧さを加えて、精進する心を持たせたらルイになると言われているだけある。それはもはや立派な別人だろうと、聞いた当時は思ったけれど、たった今、一理あるかもしれないと思い直した。
「とりあえず右に行くか」
「はぁい」
兄について歩き始める。
最初は黙っていたが、すぐに暇になったので、せっかくだから思いついた疑問でも解消しようと口を開く。
「ねえ。ところで、神官長たちはどうしてるの?」
「サイラス様と神官長は神殿に残っている。他の教会との連絡役が必要だからな。お2人以外の神官は、試練に関係する者はその方向から、試練に関係しない者は、各地に散らばって探している」
「じゃあ、お父さんとお母さんもどこか行っているの?」
「父さんは間違いなく出ているだろうが……母さんは、教会に出たり入ったりを繰り返しているはずだ。母さんは、光玉に好かれているからな」
こういう緊急事態だからこそ、光玉を通した魔素の調節が重要だ、と兄は語った。
ふむ、なるほど。
「ミューちゃん、どこに行ったのかな?迷子とか?」
「聖獣が迷子になるとは考えられないな。……とはいえ、聖獣を、それも複数に危害を加えられる存在もそう多くないはずだが」
「でも、いるのはいるんだね?」
「まあな。考えたくはないが」
そこまで言って、兄は口を閉ざす。
どうしたの、と問いかけるよりも早く、兄が私の口を手で塞ぐ。
突然のことに驚いて横を見ると、思いの外真剣な表情が目に入って、私はそっと口を噤んだ。
そのまま数秒間、兄は何かを探るように周囲を見回した後、「あそこか?」と私の腕を引っ張って再び歩き出した。
湖から少し離れた木々の中、かき分けるようにして進んでいく……ように見せて、兄は器用に魔法で自分の通り道を作っていた。
まあ、神官服は白を基調としているし、私の服も似たようなものなので、お兄ちゃんの魔法はありがたい。
木々の抵抗を一切受けることなく進んだ先、突然緑が途切れた場所があった。土が剥き出しになっており、周囲と比べて明らかな違和感がある。
兄が地面に手を当て、目を伏せる。
「残滓があるな」
再び目を開けて、事実を確かめるように呟く。
「……残滓って、ミューちゃんの?」
「アミュリエット様の神力も僅かにあるが、どちらかといえば、火の聖獣の方だな」
「つまり、他のみんなも一緒ってこと?」
「その可能性が高い。だが、既にこの地からは離れているようだな。……さて。ここからどう動いたのか……」
しばらく考え込んだ後、「分からないな」と首を横に振った。
「ローラ。どこに行ったと思う?」
「うーん……。とりあえず北で!」
「理由は?」
「勘!」
「勘か……」
まあいいか、と一度頷いて、
「それなら次は、ヒュゼル湖に行くぞ」
私の腕を掴んで、兄はあっさり転移した。
転移したヒュゼル湖には、なんとニナがいた。
「あら。ルイにアウローラ」
いきなり現れた私たちに、先ほどの私と同じように、驚きに目を瞬かせる。
「あなたたちも、ここが怪しいと思ったのですか?」
「ローラの勘です」
「……そうですか。それは、何かあるかもしれませんね」
「ただの勘だよ?」
そんな過度な期待をかけられても困る。
だが、私の内心に反して、ニナは「勘だからですよ」と言う。
「シュベルト兄妹の勘は当たる可能性が高いと、神殿の者なら承知しています」
……そんなこと言われたことあったかな?
首を傾げて思い出を辿るが、そんな記憶は出てこなかった。だが、兄が反論しないので、私の知らないところで言われていたのかもしれない。
……まあ、お兄ちゃんは、自分に都合の悪いことでなければ放置するところがあるので、実際のところどうか分からないけれど。
「ニナは一人?」
「先ほどまでノアもいましたよ。今は神殿に戻っていますが」
「お父さんが?」
「はい」
ここで、周囲を探っていた兄が会話に戻ってくる。
「俺としては、あそこの島が怪しいと思います」
兄の指さす先には、確かに小さな島がある。だが、本当に小さな島だ。
もし聖獣が複数いれば、遠目にでも見つけられそうな気がするけれど、パッと見た感じでは見つけられない。
けれど、ニナは「そうですね。私もそう思います」と頷いた。
え、本気で?私は別にそう思わないんだけど。
「ノアは、ここからあの島まで行けるよう、飛行魔法の神具を取りに戻っています」
「転移魔法では行け……ますが、飛行魔法の方が無難ですね」
なぜ飛行魔法の方が無難なのかさっぱり分からないけれど、二人が納得しているので、おそらく無難なのだろう。
ふうん、と一歩後ろで頷いていると、なぜか兄が何かを思いついた顔で振り返ってきた。
「ローラ。お前、あそこまで行けるよな?」
「え?むりむり」
「その靴があるだろう」
「え?この靴?」
下を向くと、いつしかの試練で作成した靴が目に入った。
「靴の損傷を防ぐ祝福と、靴の中を快適にする祝福と、水上歩行を可能にする祝福だろう?聞いた時は祝福の無駄遣いだと思ったが、存外役に立つ時が来るものだな」
「うんまあ、言いたいことは分かるけど、もう少し優しさに包むことの大切さを思い出してほしい」
私のささやかな希望に、兄は無駄に真面目な表情を作った。
「いいか、ローラ。そういうのは、遠回しに言っても伝わる相手に使うものだ」
「つまり私は違うとおっしゃる?」
尋ねると、兄はきょとんとした顔で首を傾げた。
「むしろどうして自分は違うと?」
「ひどい」
あんまりな言い様に反逆を企もうとするが、どうせ失敗することは目に見えている。何かよく分からない理屈で、何を言ってもどうせ論破されるに違いない。
簡単に予想できる未来を考えて、私は渋々引いてあげることにした。決して、引かざるを得なかったわけではない。私はあくまで、引いてあげたのだ。その辺りをどうか間違えないで欲しい。
「とりあえず、見てくればいいのね?」
「頼んだ。大丈夫だと思うが、危なそうだったら引き返してくるように」
「はあい」
了承の意を返して、私はくるりと湖へと身を翻す。
足を一歩前に出して、ちゃぽん、と湖に靴裏を浸けた。
続けてもう片足も前に出して、両足で湖の上に立ってみせた。そのまま数歩進んで、問題なく歩けることを確かめる。
「じゃあ、見てくるね」
ニナと兄に手を振って、私はどんどん進んでいく。水の上を歩いたこと自体は過去にも数度あるので、今さら感動することでもない。
陸から見た時には結構遠いような気がしていたが、どうやらそこまで遠くなかったらしい。あまり時間をかけずに目的の島に辿りつくと、私はそのまま島に上陸した。




