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この2人とは距離を置こうと何となく思って、心なしか離れた場所に立ち、周りを見回すと、どうやら2人と私を除いた聖人候補は3人だけしかいないらしいと分かる。
そのうち2人は見覚えがある人で、1人はキュリさん。もう1人は、初日から存在を意識していた、真っ赤な髪とゴテゴテのドレスを着たお嬢さんである。
だが、声をかけることはしない。何しろ、内容はよく聞こえないが、言い争っている感じの雰囲気が物凄くするからだ。
面倒ごとに巻き込まれたくないし、私が介入しても解決できるはずがないので、最初から近寄らないでおこうと考えた瞬間、「そこのお前!」とお嬢さんが声を大きくした。
あらまあ誰か知らないけど巻き込まれて可哀想、と他人事気分でいると、「お前よ、聞こえないの⁉︎」と怒鳴られる。
あらまあ誰を呼んでいるのかな、と興味本位で視線を巡らせると、なぜかがっつり視線が合った。……え、まさか私をお呼びですか?
気のせいってことにしようかとも考えたけれど、「お前よ!お前!ちょっと聞いているの⁉︎」と怒鳴り続ける上に、どうにも視線が外れないので、巻き込まれるのは面倒だが、このまま無視したらもっと面倒だと判断し、渋々2人の間に向かうことにした。
「あら。あなた、数日ぶりね」
「あ、はい。どうも」
キュリさんにぺこりと会釈すると、なぜか目の前のお嬢さんは目を釣り上げた。
「お前、この女の知り合いなの⁉︎」
それに答えたのは、なぜか私ではなくキュリさんだった。
「そうよ。けれどそれが何か?」
「元からの知り合いなら、公正な判断などできないでしょう!帝国出身のわたくしには分からないと思って図ったわね!?」
「あら嫌だ。彼女を選んだのはわたくしではなくあなたでしょう。記憶を失くすにしても早すぎではなくて?」
話は読めないが、とりあえずキュリさんが煽りまくっているのは分かる。
髪だけでなく顔も真っ赤に染めたお嬢さんに、キュリさんは余裕の笑みを見せた。
「だいたい、どうして侯爵家のあなたがこんな平民とっ…………平民?」
私を上から下まで見て、お嬢さんが怪訝そうな顔をする。
「平民にしては……妙に上等な装いね」
言われて私は自分の姿を見下ろす。
正直な話、私は私の着ている服の価値について、正確なところは分かっていない。何しろ聞いたことも教えられたこともない。
けれど、上位神官である家族や、王子殿下なエドや、帝国皇族の親戚たちが贈ってくれる服なので、価値が高いのであろうことは何となく理解している。
ちなみに今日の服は、両親が先日買ってきてくれた服である。膝下丈のワンピースで、軽いながらも丈夫な生地を使っていると聞いた気がする。
「……あなた、もしかして貴族?」
「いえ、違います」
「それなら、商人の娘かしら?」
「いえ、違います」
「それなら……やはり平民ではなくて?」
「……違う気がします?」
首を傾げると「意味が分からないわ!」と怒られた。なんかごめんなさい。
でも、嘘は言っていない。
というのも、厳密にいうと、私は貴族でも平民でもないのだ。
そもそも、貴族や平民といった括りは、国家に所属していなければ生じないものである。つまり、国家に国民として登録されて始めて、そこに身分という名の分類が生じるというわけだ。
それに対し、教会は国家から独立した存在である。
よって、教会に所属する神官も、国家という枠に縛られないこととなる。教会内においては、聖人又は神官長を頂点とした独自の位が存在し、そこに元々の国家における身分は関係ない。
もっとも、神官となれば即座に国民としての登録が失われるわけではなく、手続きを必要とするわけだが。
この手続きというのが割と大変らしく、まあそれも、本人にとっては国民としての地位を失うこと、国家にとっては貴重な人材を失うことに繋がるのだから当然の話だ……と、昔誰かが言っていた。
そういうわけで、例えば、エドはまだ手続きをしていないので王子殿下なままだし、父も叔父から頼まれて、次代伯爵に代替わりするまではリュースフォルト王国の国民登録を外さないこととなっている。
もっと細かく説明すれば、父は母の家に婿入りしているため、本来ならばシュベルト家の人間となる。
だが、母もまた神官である両親から生まれており、母の両親、つまり私にとっての祖父母が祖国の国民登録を外れていたことにより、父はリュースフォルトの国民登録を外さないままでいられるのだ。
仮にシュベルト家が帝国所属であれば、父は一旦帝国の国民として登録を受けるところである。
一方、神官の子供として生まれた場合、その子供は成人まではどこの国家にも所属しないものとして扱われる。
ただし、成人前にどこかの国家に所属したい場合、手続きさえすれば希望は叶う。ちなみにこの場合、通常の手続きをすれば平民となり、貴族当主の後見が得られれば貴族となる。
ーーー話を戻すと、私の場合、特に何も手続きをしていないため、どこの国家にも属しておらず、平民でなければ貴族でもない。
だから、目の前のお嬢さんの質問に答えるとすれば、先ほどのような答えになるのである。
キーッと言い出しそうなお嬢さんに、さてどう対応しようかと悩んでいると、横からスッとキュリさんが出てきてくれた。
「そもそも、聖人を目指そうという者が、貴族か平民かなど気にするものかしら」
「……どういう意味よ」
「聖人ならば、誰にでも平等に接するべきではなくて?王侯貴族や平民といった『身分』という言葉に縛られないのが教会でしょう。そういった教会の頂点に立つ存在が、選民思想だなんてこと……あるのかしらね?」
なんと、さらに煽り始めた。
助けに来てくれたと思ったが、……いや、助けてくれたのかもしれないが、これは感謝するべきだろうか。よく分からない。だって、これ全力で火に油を注いでるよね?
グッと言葉に詰まったお嬢さんが、振り切るように声高に言う。
「っならなんですの!?自分なら、聖人に相応しいとでも!?」
鋭い視線の先、キュリさんはというと、
「いいえ、まさか」
なんと、バッサリと切り捨てた。
想定と違ったのだろう。お嬢さんが驚きに目を見張るのに対し、キュリさんは平然とした顔を崩さない。
「だって、わたくしには別の神がいますもの」
え、それってもしかして……。
キュリさんは、私の疑問を肯定するかのように大きく頷くと、
「もちろん、わたくし自身が魔法を使う身である以上、各属性を司る神々を否定するわけではありません。日々感謝しております。けれど、わたくしが生涯をかけて信仰する神は、既に定まっているのです。そうである以上、わたくしに聖人という座は相応しくないでしょう」
堂々と胸を張っての宣言である。あまりに堂々としているので、思わず頷いてしまいそうになった。
「……っ……なによ…」
お嬢さんが憤るように小さく言う。
上手く聞き取れずにいると、キュリさんが「何かしら。はっきりとおっしゃって」とはっきり伝えてしまう。
ガバリと顔を上げたお嬢さんの目は赤く充血していて、私は全力で逃走したくなった。
「なによっ。一人だけ立派なことを言って!」
あれ?立派なことなんていつ言ってたっけ?
よく分からないな、と思わず首を傾げる。けれど、そんな私に構わず、2人は会話を続ける。
「あら。羨ましければ、あなたも口にしてはいかが?」
キュリさんが挑戦的に笑う。
「は?何を……」
「知らないふりなどお止めなさい。それとも何かしら。あなたの思う御方は、口にできないような方なのかしら?」
「……っ…そんな訳ないでしょう!」
視線を鋭くして、お嬢さんはハッキリと否定する。
それから一歩前に出て、キュリさんを真正面から見据えながら、胸を張って口を開いた。
「わたくしの神は、アニュタルプリエステル様よっ」
「……え、なんて?」
「アニュタルプリエステル様よっ」
「あ、はい」
なんかどこかで聞いたような名前だと思っていると、キュリさんが小声で「アニュタルイエルスタス様の兄君よ」と教えてくれた。ほうほう、なるほど。タルさんのお兄さんか。
うん?つまり、2人はただの同類ってこと?




