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結論から言うと、怒られはしなかった。
正直に申告したことと、そもそも悪いことをしたわけではなかったことが理由である。
だが、神殿内にいた上位神官たちが自分の部屋に集まり、何とも形容し難い表情で室内を見回したときは、若干の気まずさを覚えた。
ちなみに、父や兄、サイラス先生に至っては、驚きを通り越して感心の域に到達していた。
人間は、ある一定のラインを超えるとそうなることもあるらしい。
もちろん、そうならないことも多々あるらしいが。他の人はまだラインを超えてないんだねと言ったら、エドに頬を引っ張られながら教えられた。
手加減はされているのでそんなに痛くないが、喋りにくいので放してほしい。
「それにしても、シュアがこれほど育つだなんて……」
興味深そうにニナが言う。
ニナは、30代後半の3級神官だ。
ありとあらゆる知識を手に入れたいと、四六時中、本を読んだり外へ調査探索に出かけたりしている……ええと、研究者気質?の神官である。
そんなニナは、どの方面かは知らないが、どこかの方面では非常に有名な人物らしく、ニナに会いたいと願う人が多くいるそうだ。
しかし、ニナは自身の興味が惹かれないと行動に移さないので、神殿関係者以外の人と会うことはほとんどなく、それがまた、彼女の希少性を高めているらしい。
基本的に、ニナの興味関心と私の興味関心が重なることはないので、普段の生活における接点は少ない。
だが、偶に気まぐれでふらっと図書室を覗いてみると、本に熱中しているところに会えたり、正院内をを散策していると、何らかを観察しているところに会えたりするので、頻度は高くないが、意外と話す機会はあるのだ。
それに、ニナの話は面白い。真面目なお勉強の話をされたら全力で逃げ出す所存だが、彼女から純粋な勉強を教えてもらうことは滅多にない。
というのも、私のお勉強担当は、サイラス先生と神官長だと見なされている節がある。そして、真面目な勉強の話など、その2人以外は私にしようともしない。……なぜだろう。私が逃げるからかな?
ちなみに、サイラス先生と神官長から教わっていることについて、他の神官からは恐々としながらも羨ましがられるけれど、正直なところ、幼い頃からその2人に教えられてきたので、私にはよく分からない。
話を戻すと、ニナが私に話す内容は、ただの日常会話はもちろん、雑学的な話を教えてくれる。
たとえば、人に知られていない美味しい料理を教えてもらったときは、即座に料理長に突撃した。あれはとっても美味しかった……って、なんかまた話が逸れたな。まあいいか。
「最上級の治癒薬は、こういった効果もあるのですね。他の植物もそうなのでしょうか」
「……まさか、試そうと考えているのか?」
眉間に皺を寄せながら、神官長が確かめる。
「いいえ。さすがにそれはしません」
どうも。さすがにしないことをした者です。
内心ぺこぺこ頭を下げていると、何かを察知したのか、エドと兄が同時に私を見た。
おかしい。私は物理的にはまだ何もしていないのに。
彼らは一体どこで勘付いたというのだろう。
「でも、治癒薬が植物の成長を促進するとは、新しい発見だろう?たとえば、初級の治癒薬であれば、試す価値もあると思う」
リリーの言葉に、ニナが「それはそうですね」と頷く。そして、そのまま神官長とサイラス先生とも頷きあった。
……うん?何か合意でも?
大人たちの反応を疑問に思っていると、ニナが私を振り返り、
「あのですね、アウローラ。なぜシュアの花を咲かせることが難しいのか、アウローラは知っていますか?」
「いいえ全く知りません」
「そうだと思いました。そうですね、では、シュアのことについて、知っていることはありますか?」
「ええと……色鮮やかな種?」
本当は気持ち悪い色だと思うけれど、場の雰囲気を読んで言い方を変えた。アウローラちゃんだって、それくらいはできるのである。
「そう。色鮮やかな種子を生み出します。では、具体的に何色に分かれているか分かりますか?」
……え、何色だったかな?思い出せ。思い出すんだ私。
確か、黄色と、赤色と、青色と……っそうだ!
「5色!」
「違います6色です」
「あ、そうですか」
なんかすみませんね、と頭を掻く。
おかしいな、当たったと思ったんだけど。でも、確かに言われてみれば6色だった気がしてきた。
まあ、人間の記憶なんて所詮そんなものである。広い心で許してほしい。
「6という数字に、何か聞き覚えがありませんか?」
「……聞き覚え?」
数字だから聞き覚えはある。
だがおそらく、ニナが言いたいのはそういうことではないのだろう。
6ねえ。6、ろく……。パッと思いついたのは八百屋さんの安売り日だが、それがニナの求める答えでないことだけは確実である。
しばしの沈黙の後、さっぱり分からないという顔をした私を見て、先にニナが諦めてくれた。
うんうん、待ったところで答えなんてどうせ出てこなかったよ。諦めてくれて良かった、本当に。
「6というのは、魔素の種類と同じ数です。光、闇、火、風、水、地」
ほうほう、なるほど。
「そして、シュアの種には、非常に珍しい特徴があります。それは、全属性の魔力を微量ですが蓄えていることです」
ほう?
「シュアは基本的に人里離れた場所で育ちます。けれど、ただの『人里離れた場所』ではありません。正確にいえば、『人が寄らない場所』で育つのです」
「なんで?」
「魔獣や竜の元住処だからですよ」
……え、そうなの?
ねえ知ってた?とエドを見ると、前を向けと冷たくあしらわれた。ひどい。さては知らなかったに違いない。絶対そうだ。間違いない。
「竜の住処は最もたるものですが、魔力量の多い生物が拠点にしていた場所は、その生物がいなくなったとしても、魔力を含む土や植物が残ります。シュアは、その残された魔力を糧に育つのです。そして、次の世代に自らの命を繋げるために、種子にも魔力を蓄えます。それがどこで芽吹いてもいいように、全属性の魔力を」
「どこで芽吹いてもいいようにっていうのは?」
「魔獣や竜にも身に宿す魔力には属性があります。元々、適性魔力以外も使える人間の方が、自然界からすれば珍しいのですよ。……まあ、これらは最近判明した話なので、世間的にはまだ知られていませんが」
なるほど。だから勉強熱心なエドも知らなかったわけか。でも、それなら……。
「でも、シュアって育てるのが難しいんでしょ?今の話だと、魔力をどばどば流し込めばいいんじゃないの?」
「それが、そうではないのです。魔力をいくら注いだとしても芽吹かない種もあり、反対に、ほとんど注いでいないのに芽吹く種もある。もちろん、種から発芽させるためだけに魔力を消費する人が、研究者といえども多くはなかったことも原因でしょうが……」
魔力なんて寝て起きれば回復しているのに?と首を傾げたら、世の中はアウローラのような人ばかりではないのですと返された。あっれ?
「ですから、今回の件は非常に興味深いです。アウローラの魔力が原因なのか、治癒薬が原因なのか。あるいは、その両方か。ここまで成長したシュアは、おそらく過去を遡ってもないでしょうね」
「たぶん、治癒薬が原因だと思うけど。だって、私の魔力は偶に流し込んでいたけど、何もなかったよ?」
「……そうですか」
ニナが難しい顔をする。きっと、彼女の脳内は大忙しなことだろう。新しい知識や現象を目の前にしたときの彼女は、いつもそんな感じだ。
すっかり黙り込んでしまったニナに代わって、父が口を開く。
「シュアの花は、幸運の象徴として有名なんだよ」
「へえ、そうなの?」
「見つけるのが難しいということも理由の1つだけれど、魔力を糧に育つからか、花も僅かに魔力を宿していてね。手に持ったり身につけたりしたときに、その人の適性の色で僅かにだが輝くんだ」
「ふうん。じゃあ、私は黄色かな」
呟いて、近くにあった花に手を触れる。
すると、確かに淡い黄色に輝いた。おお、すごい。
「お兄ちゃんとエドも触ってみれば?」
手招きすると、微妙な顔をしながらも2人揃って近づいてくる。
そして同じように花に手を触れさせると、それぞれの適性の色に輝いた。
へえ、と途端に興味深そうな表情を浮かべたので、やだわ本当は興味あったのにすかした顔しちゃって、と小さく笑う。
すると、最上級の治癒薬を使った経緯さえなければもっと素直に感心できたと言われた。えへへ。そんなに褒めないで。
これっぽっちも褒めていない、とエドに頬をぷにぷにされていると、扉が勢いよく叩かれた。
……え、何。何ですか?