18
ーーーどうしたものか。
目の前に広がる光景に、私は頬に手を当てた。
部屋の半分ほどを覆い尽くす茎と葉と、人の顔くらい大きな花々。
ここまで言えばお気づきの方もいるかもしれないが、そう、こちらは噂のシュアである。
それにしても、このシュアという植物は、こんなにも急激に大きく育つのが普通なのだろうか。
でも、もしそうであれば、少しくらい注意喚起されてもよいのではないだろうか。
何しろ、お昼寝から起きたらこうなっていたのである。種の状態からこの状態になるまでの時間は、たったの3時間程度。ねえちょっと、さすがに早すぎませんか?
この成長速度を考えると、もしこのまま放置した場合、きっと足の踏み場もないほど成長するに違いない。
ここまでいくともはや怪奇現象である。シュアが芽吹いたと素直に喜んでいる場合ではない。
「……とりあえず、誰か呼んでこようかな」
いっそ放っておこうかと一瞬思ったが、私にも多少の経験がある。こういうものは、黙っていると余計に怒られるのだ。
できるだけ踏まないように気をつけながら扉へと向かい、ーーーあ、やば踏んじゃった。気のせいってことにしておこうーーー外へと出た。
「この時間は、……あ、お母さーん!」
ちょうど近くを歩いていた母を見つけた。
ブンブンと手を振り回しながら呼ぶと、「あらあらローラ。どうしたの?」とこちらに歩いてきてくれた。
「あのね、シュアの種が芽吹いたの」
「まあ!良かったわねえ」
両手を合わせて喜んでくれる。
何だろう。素直に喜んでくれているのが妙に気まずい。
「うん。でも、なんていうか、凄く成長しているんだよね」
「あら、凄いわね。シュアって、成長が難しい植物なのよ」
……そっかあ。難しいのかあ。
私が微妙な顔をしたことで何かしらを察知したらしい。母が首を傾げた。
「どうかしたの?」
「なんていうか……部屋がね、ジャングルみたいになっているというか」
「え?」
母の笑顔が固まった。
数秒ほど、私たちの時間が停止する。
ハッと意識を取り戻した母が、若干強張った笑顔で尋ねてくる。
「ごめんねローラ。もう一度言ってくれる?」
「シュアが成長し過ぎてジャングルみたいになっているの」
「……どうして?」
「それが分からないんだよね。寝て起きたらそうなってたの」
私たちの時間が再び停止する。
今度は動き出すまでに数十秒かかった。
しばらく経ってから、決意を固めたような声で、「部屋に入りましょう」と言った母の姿は、物語の勇者を思い起こさせた。
敵と対峙する前のように深呼吸をして、ガチャリと扉を開けた母は、ーーーそのまま扉を閉めた。
「ローラ」
「はい」
「あれは何?」
「シュアだと思います」
いつもにこにこ笑顔を浮かべている母の真顔は怖い。自然と敬語になってしまう。
もう一度大きく深呼吸をして、母が再び扉を開けた。そして、慎重に足を下ろしながら、部屋の中を進んでいく。
どうやらシュアの根元を目指しているらしい。真剣な目で周りを確認しつつ、葉をかき分けてどんどんと奥に向かう。
「ローラ」
「はい」
「これは何?」
「治癒薬です」
たどり着いた根元で、母が指差したもの。
それは、お昼寝の前に私が差し込んだ治癒薬の瓶だった。
「この治癒薬、最上級のものよね?」
「はい。その通りです」
治癒薬には、効能に応じていくつかの級がある。
今回私が差し込んだのは、その中でも最も効能が高く、値段も高い逸品だった。その価値の高さは、高位貴族でも所持している人が少ないと言えば伝わるだろうか。
要するに、普通は植物に使うものではない。
「どうしてこれを差し込もうと思ったの?」
「それは、そのう……」
遡ること数日前。神官長から逃げきれずに連行された私が、治癒薬作成を手伝っているときの話である。
必要な分の治癒薬を作り終わった後、材料が余っていたのでなんとなく作ったのがこの治癒薬であった。
作った後にサイラス先生に見せたところ、「頑張ったご褒美にそれはアウローラにあげよう」と言われたので、貰えるものは貰っておこう精神のもと、部屋に持ち帰っていた。
そして、時間軸は今日に進む。
昼寝前に、今日は試練の期限である3日目だけど芽吹く様子もないなあ、と思って、まあ別に試練に通過できなくてもいいけど一応努力した雰囲気だけは出しておこう、と思ったのがことの発端だ。
そういえば植物屋さんのおじさんが、植物を大きく育てるには偶に栄養剤をあげたらいいと言っていたなあと思い出し、ついでに、シュアは魔力で育つってキャロルが言っていたなあとも思い出して、栄養剤はないけど治癒薬も似た様なものかなと考えて差し込んだ後、心持ち多めに魔力を注ぎ込んだ結果が今である。
悪気はこれっぽっちもなかったんですぅ、と弁明しながら正直に答えると、母は「そう」と呟いて空を見上げた。
珍しい行動に、自然と頭が下がる。
なんかすみませんでした。
「ローラ。あのね」
「はい」
「シュアってね、普通はこんなに大きくならないの」
「そうなの?」
「普通はね、大きく育って……そうね、手のひらくらいの大きさなの」
「手のひら」
どう見ても成人男性5人分の身長くらいありますが。
そうねえ、と同意した母が、微笑みを取り戻した。少しホッとした。
だが、次の言葉で私は凍りつくことになる。
「まずは、神官長をお呼びしましょうか」
ちょっと何か急に用事がある気がしないでもないような気がします、と逃げ出そうとしたところ、首根っこを掴まれた。
お母様、私は犬猫ではありませんよ。え?知ってる?きゃふん。