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 あの後、全力で治癒薬を作製した私は、見事シュウェルのケーキを手に入れることができた。


 同じく治癒薬の作製に精を出していたマリーが「まあまあ。すごく頑張っているわね、ローラちゃん」と褒めてくれたので、シュウェルのケーキの話をしたところ、とんでもなく慈愛の籠った表情で頭を撫でられた。


 どうしたんだみんな揃って。もしかして、私の頭を撫でることが突発的に流行っていたのだろうか。ご褒美の話をする度に、みんなが頭を撫でていったんだけど。


 まあ、そんな感じで充実した日々を過ごしていたら、ある朝、ぐっすりと眠っていた私を兄が叩き起こしに来た。10時間睡眠をとるつもりだったのにと文句を言ったら、お前は12時間寝ていたぞと言われた。

 おっと、どうやら目標を達成していたらしい。やったね。


「今日は第6の試練の日だ」

「あれ?あの腕輪、前日にお知らせしてくれるんじゃなかったっけ?」

「前日も当日も変わらないだろう」

「そんなことないよ!朝を迎えるにあたっての心持ちが違うよ!」

「じゃあ、お前は昨日教えていたら1人で起きていたのか」

「……それは無理だよお兄様」


 ほら見ろ、と言わんばかりの顔をされた。くそう、一本取られたぜ。


 それから兄は、今日の気分はツインテールだと呟きながら、なんだかよく分からない複雑怪奇な編み込みをしつつ髪を結ってくれ、服はこれだと差し出した後、迅速に服を着て部屋を出てこい待ってるからなと3度念押しして部屋の外へと出て行った。

 ……ふむ。今日は可愛い系お嬢様の気分らしい。さては、服はお母さんが選んだな?お兄ちゃんが選ぶなら、もう少しフリルとリボンが少ないデザインになるはずだ。ちなみに、エドが選ぶと、キレイめのデザインになる。


 のそのそと服を着て部屋の外に出ると、「遅い」と苦言を呈された。

 おかしい。エドの時の1.5倍は急いだのに。


 その後、朝食をしっかりと残さず食べ切ったところで、「俺は忙しいから」と兄は去っていった。けれど、妹のことをよく知っている兄は、もちろん私を1人にしない。

 私は後任としてやって来たアンリにガッツリ両手を掴まれながら自室へと戻り、転移陣を使って本院へと移り、今日もまた部屋から閉め出された。

 ……おかしい。一応、そこの部屋の主は私ですよね?




「それではただ今より、第6の試練について説明いたします。本試練はわたくし、ミシェルが担当しますので、皆様、どうぞよろしくお願いしますわ」


 声高らかに宣言したミシェルに、会場の空気は盛大に揺れた。


 まあ、分からないでもない。ミシェルは話し方こそ生粋のご令嬢の様だが、その姿形は筋肉隆々の非常に……強そうな?見た目なのだ。初見の聖人候補たちが戸惑うのも無理はない。

 だが、その肉体を維持するために甘味を避けるミシェルは、しばしば私にデザートを譲ってくれる大変素晴らしい心を持った青年なのだ。候補者のみなさんには、ぜひ、その素晴らしさを理解していただきたい。

 え?あの話し方の理由?もちろん知らないけど?だって、そんなのいちいち聞かないよ面倒くさい。話し方なんて人それぞれ違うに決まってるでしょう。


「第6の試練では、祝福を皆様にしていただきますわ」


 ミシェルがパンッと手を叩くと、それを合図に神官たちがぞろぞろとなんか色々な物を持って部屋に入ってきた。


「今、神官たちが持参した物であれば、何を祝福しても問題ありません。祝福が終わったら、わたくしのところまで物をお持ちくださいませ。そこで確認がとれた方から、第6の試練は終了です。期限は本日の日没まで。ーーー祝福する品を選ぶ際は、どうかよくお考えくださいませ。『今後の試練に関わってくる品』でございますので」


 おお、なんか今、意味深なことを言われた気がする!ミシェルのキメ顔が眩しい。

 ヒューヒューッと指笛でも鳴らしたいところだが、会場内にいた顔見知りの神官たちから一斉に睨まれたのでやめた。

 ……ちょっとみんな、私の行動を読み取り過ぎてない?


「もちろん、祝福の仕方をご存知ない方もいらっしゃるでしょう。会場内にいる神官にであれば、誰に方法を聞いても構いません。もちろん、わたくしに聞いていただいても構いませんわ。ーーーそれでは、第6の試練を開始します」


 その宣言を皮切りに、候補者たちは神官持参の物に早速群がるーーーというわけでもなく、なぜか3グループに分かれた。

 ……え。何。何が起こっているんですか?


 1つ目のグループは、以前から目立っていた、真っ赤な髪とごてごてのドレスを身に纏うお嬢さん。

 今日も元気に高笑いが響き渡っている。


 2つ目のグループは、緑色の髪が森を思い起こさせる爽やかなお兄さんである。

 遠目にはよく分からないけれど、穏やかそうな笑顔で何かを言っていた。教師みたいな人だなと思った。


 最後に、3つ目のグループは、前者2つのグループに所属していない人たちの集まりである。一応、私もこのグループに属すると言えるかもしれない。


 会場内にいる候補者は、おおよそ80人程度で、お嬢さんグループに約30人、お兄さんグループに約40人、その他約10人といったところか。

 ……聖人の選定が始まってそれなりに日が経っているもんな。私と違って本院で過ごしているんだから、派閥ができていてもまあおかしくないか。


 ふむふむ、と1人考えていると、袖を軽く引かれる感触がした。……うん?


「あの、お姉さん。お姉さんは、祝福……わかりますか?」


 斜め下に目を向けると、10歳くらいの女の子がいた。

 明るくも暗くもない丁度真ん中くらいの明るさのこの茶髪は…………誰だったっけ?


「分かると思いますよ」


 とりあえず笑顔で答えると、「そっかあ…」としゅんとされた。なぜ?


「わたし、祝福なんてしたことない、から。やり方がわからないんです」

「神官に聞けば教えてくれるそうですよ」

「……むりです。神官さまに教えてもらうなんて、そんなのもうしわけないです……」


 ええ?そんなわけないよ。だってさっき、ミシェルも聞いていいって言ってたじゃん。


「だってわたし、この前も、治癒魔法がぜんぜん使えなくて、神官さまにたくさんめいわくかけたんです……。これ以上めいわくなんてかけられないもん」

「そんなことないですよ」


 候補者といっても、その者が育ってきた環境はそれぞれに全く違う。魔法を教えてもらえるような環境にいた人もいれば、そうでない人だって当然いる。

 その意味では、必ずしも試練が平等とは限らないけれど、その差を少しでも埋めるためにいるのが神官たちだ。

 そして、そこでその差を埋められるような人間が、聖人となる。


 だから、まったくもって遠慮する必要はないのだ。ガンガン相手がドン引きするくらい勢いよく質問しても問題ない……え、そんな聖人嫌だ?でも、やる気があっていいと思いません?


「ダリアさんもいなくなっちゃって、もう、どうしたらいいのかわかんない」


 うるうると瞳に涙を溜めていく女の子に、ーーーああ!とようやく思い出す。

 あれだ、光玉の時の震えていた女の子だ!


 なるほど、あの時私の後ろにいた女の人は第5の試練を突破できなかったのか。まあそれも仕方ない。治癒魔法なんて、使える人と使えない人がいるって誰か言ってたし。相性だよあんなもん。多分。


 とはいえ、さて、どうしたものか。

 そもそも私に助けを求めるなんて相当切羽詰まっているなあ、私を頼るなんて最終手段みたいなものだよと思っていると、「おーい、君たち!」と爽やかな声が我々を呼んだ。


「良かったら、一緒に祝福をかける練習をしないかい?人が多い方が、コツも多く見つかりやすいと思うんだ」


 声の主は、もちろん先ほどの爽やか緑のお兄さん。良いところに現れてくれた!


 女の子、ええと……そうだリリアだ。リリアちゃんを伺い見ると、なんだか前向きに検討している顔をしていた。よし、これはいける。


 念のため、「行きます?」と尋ねると、こくりと頷きが返ってきた。よーし、と心の中で親指を立てながらリリアちゃんと手を握り、お兄さんの元へと送り届ける。

 そのまま「私はこれで」と去ろうとしたら、「あれ?君はいいの?」と驚いた顔で引き止められた。

 それに返事をする前に、


「お姉さん、祝福の仕方わかるんだって」


 リリアちゃんが答えてくれたので、そういうことでと言って速やかにお兄さんグループを後にした。


 だって、よく見たらお兄さんの周りの女の人2人が怖かったんだもん。さらにその周りにいた男の人と女の人たちは歓迎してくれてた気がするけど、あの2人が怖いのでちょっと。

 でもまあ、リリアちゃんくらい幼い女の子であれば、きっとあの2人も優しく接してくれると思うので大丈夫だと思う。それでも怖かったら周りのお兄さんお姉さんに助けを求めたらいいよ。


 心の中でエールを送りながら、私はさっさと試練を終わらせるべく、足を進めることにした。




 結局、3分の熟考の上、私が選んだのは靴だった。白色の足首まである編み上げブーツである。

 ペイっ、ペイっ、ペーイっ、と祝福をかけた私は、ミシェルのところに靴を持って行き、見事試練を通過した。


 ちなみに何の祝福をかけたのかと問われたので、「靴が傷ついたり汚れたりしない祝福と、靴の中が快適になる祝福と、ついでに水の上を歩ける祝福だよ」と答えると、なぜかミシェルは少しの間瞑目した後、「とっても素敵だわ」とウインクをしてくれた。きゃっ。照れちゃう。


 次の試練は明日あるとのことなので、今日はゆっくり過ごそうと思う。

 ……ん?今までと同じだろうって?そんなこと言っちゃ駄目だよ泣いちゃうぞ?


 そして、私の決意どおり、その日は穏やかに幕を閉じた。


 たとえ、お兄ちゃんのプリンをこっそり食べたことがバレて正院内を全力疾走で駆け抜けることになったり、花壇の近くに巣を作ろうとしていたあんまり可愛くない小動物を神官長に見せたら絶滅したはずの古来種だったり、夕寝しようと屋根に上がったら先客としてそこにいた大きな鳥がどうでも良さそうに蹴飛ばしてきた紙がどこかの貴族の不正資料だったりしたとしても、全体的に見ればおおむね穏やかだったと言っていいだろう。


 とりあえずお兄ちゃんは厨房にいた料理長がくれたプリンで許してくれたし、あんまり可愛くない小動物は神官長とお父さんが保護活動っぽいことをしていたし、不正資料はエドが王城に持って行った。


 ……うん、穏やかだった。間違いない。うん。



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