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01


 前を見れば、遠い目をした人が長々とありがたそうな言葉を紡いでいた。

 右を向けば、死んだ目をした人が乱れなく姿勢を正して立っていた。

 左を向けば、殺伐とした目をした人が獲物を狙う狩人のように一点を見つめていた。

 そして私はというと、やる気なく膝をついていた。


 そんな、厳粛な雰囲気とは相反する心を持った私たちであったけれど、多分、きっと、確実に。思いだけは同一であった。


 ーーーなぜ、アウローラ・シュベルトが聖人に選ばれたのだろうか?


 もちろん答えはどこにもない。




 私の名前はアウローラ・シュベルト。


 教会内でも、割と上位の神官位を持つ両親のもとに生まれた私は、世間一般に言う金持ちの娘である。とはいえ、屋敷で侍女やメイドに囲まれて、うふふと優雅に暮らしているお嬢様ではない。

 一応屋敷があるにはあるけれど、私の感覚としては神殿が実家みたいなものだ。何しろ、両親は上位神官として日夜動き回っていたし、2つ年上の兄は幼いながらも神官を目指して頑張っていたしで、家族は全員神殿にいる状況。子供としては当然、みんながいる場所に行きたがる。


 神殿に来たがる娘にさあどうしようか、と悩む両親に、上司が「じゃあ神殿に来ればいい」と言ったことで、私は晴れて家族みんなのいる神殿に遠慮なく行けるようになった。言い換えれば、住み着くようになったとも言えるが。


 さて、ここで、よくある疑問その1「神殿って誰でもいつでも入れる場所でしょ?」にお答えしたいと思う。


 この疑問は、正解でもあるし不正解でもある。


 まず、神殿の有する土地は広い。それはもう広い。正直、王城と同じくらいはある。

 建物も両手で足りないくらい存在しているのだが、『誰でも入れる』のは、そのうちの参拝用に建てられた1棟のみである。この1棟は入り口に最も近い位置にあり、まあ、見た目も人々の思い描く神殿っぽい。事実、正真正銘の神殿だけれど。


 で、もちろんその建物にも神官はいるが、そこにいるのは全体の一部。曜日ごとに決められた、比較的位の低い神官が多いのだ。

 じゃあ位の高い神官は、というと、この建物の奥にいる。この建物の最奥に扉があり、そこから奥の敷地に行ける仕組みで、なかなかがっつり表と奥を区別しているのだ。

 この奥には、基本的に神殿関係者しか入れない。王族とか国の高官とか、特別に入れる人はいるけれど、あくまでそれは別枠であって、基本的には神官のみの空間である。


 だから、そんな場所に私が入れたのは、ひとえに両親と、なによりその上司の言葉があったからこその特例であった。事実、私以外に、私のような立場で神殿にいる人はいなかった。


 もっとも、私がそんな許可をもらえたのにはそれなりの理由があった。それは、私と同い年の王子が神殿に預けられていたからである。


 この王国、リュースフォルト王国の第3王子として生まれた彼は、生まれつき、それはもう大層巨大な魔力を有していた。有しすぎて、周囲の人間に危険を及ぼす可能性があるくらいだった。


 魔力というのは、身体の成長に合わせてともに保有量も多くなるものであるが、この王子の場合は違った。いや、これは語弊がある。正しくは、身体という器にはとても収まらない魔力を有していたのであった。

 ここまでいくと、周りも危ないし、本人自身も危ないし、ということで、大人が色々と考えた結果、王子は神殿に預けられることになった。


 神殿に預けられた理由は簡単である。神殿にいれば、ほいほい魔力を消費できるからだ。

 神殿には、大きな大きな玉がある。神具だと聞いたことがあるそれは、魔力をいくらでも吸い取ってくるのだ。なんかもう、いくらでも吸い取るのだ。

 ……え、理由?なんか、多分、吸い取るほど世界が良くなる的なアレだったと思う。もう少し経てば詳しく思い出せそうだけど、今はちょっと無理。でも確か、魔力の分配とか、なんかそんな感じだったはず。おそらく。きっと。


 まあ要はそんな感じで、魔力を定期的に身体から抜くために、王子は神殿に預けられた。

 ちなみに、魔力は神力とも読み替えられるけれど、言い方は違うだけで中身は同じなので、最近はもっぱら魔力という呼び方が使われている。

 神力と魔力を呼び分けていた時代もあったらしいが、魔力と呼ぶ人数の方が圧倒的に多いため、徐々に神殿関係者もそちらで呼ぶことが多くなっていったらしい。人は数に負けるのだ。


 話を戻して、王子は預けられた当時、まだ幼い子供であったため、世話は神官がしていた。その世話をする人間は、当然だが大人である。そんな大人だけの空間では王子が寂しいだろうと、遊び相手を見つけようとしたところに私の話が来た。

 私の兄もまあまあ年が近いはずだけれど、兄は神官になるために一生懸命だったので、遊び相手としては微妙だったのだろう。


 で、そんなこんな色々あって、私は神殿に自由に出入りできるようになった。大事なのはここである。ここだけである。


 ただ正直、大人たちが思い描いていたような遊び相手に私がなったかと聞かれると、素直に頷くのは難しい。

 理由としては、趣味というか、性格というか、とりあえずそんな感じのものが、いまいち似通っていなかったのが原因と思われる。


 とはいえ、神殿に来たばかりの頃は、人目を避けた暗がりで静かに本を読んでいた少年が、人目を気にせず青空の下、怒鳴りながら全力疾走するようになったのは、身体的健康にとってはそれなりに悪くなかったと思うのだ。たとえその足の向かう先がいつも私であろうとも、大まかに見れば悪くないと思うのだ。多分。


 で、時は経ち、私も王子も16歳になった今日この頃。神殿から世界中の国々へと、ある御触れが出された。文面は非常に厳かな感じで書かれていたが、簡単に言えば『今の聖人たちが歳をとってきたから、そろそろ新しい聖人を選ぶよ!』という内容だった。

 その御触れは、世界中の全ての国、僻地にある小さな村まで抜かりなく届けられ、世界中の人々が新しい聖人の誕生に思いを馳せた。思いの種類は様々であっただろうが、そこら辺は私の知ったことではない。


 ちなみに、私はその御触れの内容を王子から聞いた。御触れを出した場所そのものにいたはずなのだが、私が王子から話を聞いたのは、なぜか出てから2週間を過ぎた頃であった。

 初めて聞くと言った私に、王子は信じられないと怒っていたけれど、知らなかったのだから仕方ない。灯台下暗しとは、きっとこういうことを言うのだろう。


 私のような例があるのだから、教会は周知にもっと気をつけるべきだ、と兄に言ったら、無言で頭を叩かれた。暴力など聖職者にあるまじき行為だ、と反論したら、馬鹿には分かりやすいだろうと再び叩かれた。

 こうやって兄を含めたみんなが叩くから、私の脳細胞は次々と死んでいっているに違いない。つまり私が馬鹿になったら兄のせいだと宣言した。

 そうしたら、今度はなぜか残念なものを見る目で撫でられた。解せぬ。


 ところでこの聖人、言い換えれば聖なる人間は、当然男でも女でもいい。統計で見れば比較的女が多いとはいえ、教義的にはどちらでもいいのだ。


 聖人に選ばれるためには、10の試練を乗り越える必要がある。1の試練、2の試練、と数を重ねるごとに候補者が減っていき、最終的に1人に絞られていく。

 もっとも、1人と言っても、世界的には6人の聖人がいるのだけれど。


 なぜ6人もいるのかと問われれば、答えは『魔法(神力)属性ごとに聖人がいるから』である。

 光、闇、水、火、地、風の魔法6属性に対し、それぞれに聖人が1人ずつ存在するのだ。ついでに、私のいるのは光の神殿であることを言い添えておこう。

 ……え?神殿と教会の違い?よく知らないけど、光の教会を束ねる総本山的な存在が光の神殿……とかだったと思う。


 で、話を戻すと。光の教会は、他の教会よりも訪ねてくる人が多いと言われている。怪我や病気、浄化など、まあ割と分かりやすくて身近に必要とする力を駆使しているからだ、と私は見ている。

 もっとも、光魔法にも良い点と悪い点が存在しているため、望まれれば必ず使うわけでもないし、むしろ、人の怪我を完全に治すほど力を使うことなんて、一月に一度あるかな、くらいのものだ。

 教会の人間がするのは、なんかこう、……光属性の魔法を使う時に必要な素?みたいなものを一定量に保つことである……みたいな感じだ。詳しいことは、兄にでも聞いて欲しい。私は知らん。


 治療する人は治癒士がいるし、浄化する人は浄化士がいる。だから、実体的な光魔法を必要とする人たちは、そういう職業の者たちを尋ねるのが普通だ。

 そりゃ確かに、教会の上位神官やそれこそ聖人の方が力が強いけれど、仮に怪我をしたと教会に来たとしても、教会所属や提携を結んでいる治癒士を紹介されるのがオチである。つまり、まあ、そういうことだ。


 聖人の選定に話を戻すと、聖人選定のための試練は、立候補すれば誰でも参加できるというわけではない。通称:第0の試練と呼ばれているが、試練に参加できる候補者には、教会から招待状が送られてくるのだ。

 その招待状には特別な術が施されており、1つは候補者のみが光らせることのできる紋様を浮き上がらせるもの、もう1つは、教会に来るのが遅ければ強制的に神殿へと転移させるものである。神殿の下位神官がヒィヒィ言いながら作った一品である。


 せっかくなので、素直に神殿に来るのもいいが、誰か1人ぐらい転移で送られて来てもいいと思う。転移で来る聖人候補など、基本的にいないらしいが。


 ところでこの第0の試練、招待状が送られるのは今日らしい。神殿内の空気がどことなくそわそわしていた。

 まあ、聖人候補たちは早ければ今日、遅くとも明日には神殿に来るはずなので、そんな雰囲気になるのも分からないでもないけれど。


 ……しかし、まあ、どうしたものか。


 手元に視線を落として、うーん、と思案していたところ、ガシッと肩を掴まれた。女性の肩を掴むのなら、もう少し丁寧にして欲しいものだ、と思いつつ振り返る。

 すると目に入ったのは、怒りに染まった、それはもう美しいお顔の持ち主だった。


「あら、エド。どうかしたの?」


 エドアルド・リュースフォルト。正確には、もっと長い名前を持っているが、まあ名前と姓を覚えておけば問題ない。本人もそう言っていた。


 艶々の黒髪と空色の瞳を持つ、絶世の美男子エドは、何を隠そうこの国の第3王子である。得意魔法は闇。でも光魔法は使えるし、というか光の教会だからと言って光魔法師しかいないなんてことはない。光の教会とは、あくまで『光の聖人』がいる教会、というだけの意味なのだから。


「お、ま、え、は。何をしているんだ?」

「……かくれんぼ?」


 美しいはずの彼の声が、何かを押し殺すように震えている。もちろん、何か、とは怒りだろう。


 とりあえず適当に返した私に、エドの唇がわなわなと震える。

 あ、まずい怒鳴られる、と思った私は、彼の怒りを逸らすべく、手に持っていたものを彼の顔の前に掲げてみせる。エドの説教は長くて、ちょっと面倒なのだ。


「ね、見て。来ちゃった」


 意表をつかれたらしいエドが、ぴたりと動きを止める。

 それから目の前のものを認識し始めたのか、徐々に目を見開いていき、


「……お、前。それ、」

「来ちゃった。『招待状』」


 私の魔力に反応して、バッチリ光った光教会の紋章。今となっては立派な上位神官となった彼が見誤るはずがない。


「嘘だろ?」

「本当よ。偽物に見える?」

「見えない。……嘘だろう?」

「本当よ。さっき来たの」


 ついでとばかりに、てへ、とウインクしてみる。

 あ、う、と意味のない呻きを発した後、


「嘘だろおぉぉぉぉぉーーー⁉︎」


 とても王子様らしからぬ腹の底からの叫び声を、エドはあげた。

 後から聞いた話、その声は教会中に響き渡ったそうだ。


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