呪い・たたりに関する本はS-109281の棚にございます
木の枠は真っ黒なペンキで塗られ、ところどころにまじないのような文字が書かれたお札が貼られている。中で眠っている本たちも朽ちかけたものばかりでどこか手に取りがたい。書物でギッシリな本棚ばかりの霊界図書館に似合わず、一番上の棚には一冊の本の姿もなかった。代わりに中央には目にブルークォーツを埋め込まれた骸骨が置かれている。
見るからに不気味はオーラを放っているS-109281の本棚だったが、仕事柄霊的なものには慣れているメイは、本の列の中にめぼしいものがないか探す。リュウカも横から覗き込む。
そして手を伸ばすと、念力を使って一冊の本を取り出し、空中でページを開いて見せた。
「失礼します。この本はどうですか?『ジャッガ・ババの恐怖の黒いジャーナル』の原本です」
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ジャッガ・ババの黒いジャーナル......1998年、ジャッガ・ババ著。インドのスピリチュアルリーダーにして超自然現象研究家であるジャッガ・ババが、決して読んではならない禁断の書物をリストにしてまとめた書物。解説されているのは、呪いの本から黒魔術に関する書物までさまざまである。
なお、「凄まじい力を持った本が悪人の手に渡らぬよう」という思いでジャーナルを書いたジャッガ・ババだが、結果として一冊あれば危険な本の情報をあらかた入手できてしまう出来になったため、今ではジャーナル自体が禁書扱いされつつある。
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メイはジャーナルに目を通そうとしてみたが、全ページヒンドゥー語で書かれており、彼にわかるのは数字程度だった。
「お前ヒンドゥー語も読めるのか?一体何カ国語わかるんだ」
「読むだけでしたら200カ国語くらいでしたら。ずっと本で勉強してきましたから」
そう返しながらリュウカはフランス語で書かれた怪物の辞典を読み始めている。平然とした様子をしているが、メイはそんなリュウカをますます奇妙に思った。
「他の本も持っていきましょう。この棚は不人気なので多めに持って行っても怒られませんよ」
リュウカが手を振れば、何冊かの本がスルスルと本の並びから飛び出て、束になって舞い降りてきた。一度読んだ本の場所なら覚えているようで、また念力を使って引き寄せたようである。
メイは浮かぶ本の一冊を手に取りつつ、リュウカに一歩近づく。
「そろそろ聞かせてもらってもいいか?」
「何でも聞いてください。この図書館のことなら誰よりも詳しいですよ、私は」
そう言いながら辞典を読み進めるリュウカと、その頭上をただよう本の束を見比べる。
「図書館のことはよくわかった。俺が聞きたいのはお前のことだ」
自分のことを問われるとは思っていなかったのか、リュウカは元から丸い目をさらに大きな丸にする。
「私ですか」
「ああそうだ。一体何者なんだ?ただの本好きってわけじゃないだろう」
リュウカはメイの方は見ず、本に視線を落としたままになってしまう。元気を取り戻したらしいグリーがカバンの中で跳ね始めると、「こら」と言って外に出させ、本棚の方に飛ばせた。
「私は......ただの本好きですよ」
「いいや、『ただの』と言うには不思議すぎるな。さっきから使ってる念力みたいな力も何なんだ。手伝ってくれたことには感謝してるが、俺には妙な敵が多くてな。正体の知れないやつを簡単には信用できない」
メイはそう言うと、かがんで本を読んでいるリュウカのすぐ後ろに立った。目の前のリュウカを危険とは思っているわけではないが、念力を使い200カ国語がわかる子どもを、へえすごいねの一言で片づけることはできなかった。
リュウカはページをめくる手を止め、赤い髪をいじる。
「説明したいところですが、できません。記憶がないので」
想定外の答えが返ってくると、メイは言葉を止める。
「物心ついた頃から、私はこの図書館にいました。思い出せないくらい昔から。この念力も、教わることなく声の出し方を知っているように、気づいたときには使えるようになっていました。ですので何を聞かれても『わかりません』としか言えないんです」
淡々とした口調で話すリュウカの手首には、流れるような形をした描かれた文字状の模様が浮かび上がっている。タトゥーのようにも、あざのようにも見える。しかしメイが「それは?」と聞いても、やはりリュウカからは「わかりません」しか返ってこない。
「気づいたときから、ずっとこの図書館に?そんなことがあり得るのか?じゃあ普段はどこに住んでるんだ」
「住んでるのもこの図書館ですよ。食堂も、シャワーも、寝る場所もあるので」
そんな馬鹿なと思いながらメイは何かを言おうとするが、『記憶がない』と言われればそれ以上聞けそうなこともなく、「そうだったのか」としか言えなかった。何となく気まずい間を誤魔化すように、本棚の方に向き直る。
そして、S・ヘルシンガーという著者名が書かれた一冊に目線が止まると、特に探していたわけでもなかったが、無心で手に取った。そのまま表紙を眺めているメイに、今度はリュウカが質問する。
「私からもよろしいですか?本名がヘルシンガーと言っていましたね。もしかして、あのスティーブン・ヘルシンガーの......」
リュウカは、メイが図書館に入ったときに語った名前を覚えていた。
かつて本で読んだことが正しければ、ヘルシンガー家と言えば、ゴーストハントの名家と呼ばれる一族の一つである。特にスティーブン・ヘルシンガーの名は有名で、リュウカも彼が記した書物を読んだことがあった。
メイは本に載った名前を指でなぞりながら答える。
「スティーブン・ヘルシンガーは俺の親父だ」
リュウカは彼の言葉に興味を持ったように、読んでいた本をやっと閉じた。
「やはりそうでしたか。では白書を探しに来たことにも、ゴーストハントと関係が?」
メイは父親の名前を見つめたまま、今までと同じく「話すことはない」と告げる。しかしリュウカもすぐには引き下がらなかった。
「そう言わずに、少しでもいいのでもっと教えてくれませんか。何か白書を見つけるヒントになるかもしれませんよ」
メイはわざと不愉快そうにリュウカを見たが、そんな視線をぶつけたところで、引き下がることはなさそうだった。それに、グリーが上の棚ではばたいて他の本にちょっかいを出してるのを見ると、不思議と肩の力が抜けた。
本を棚に戻してジャケットの袖をまくる。そして骨がむき出しになったような木の人形の腕を晒してフッと笑った。
「ゴーストハントのために来たわけじゃない。俺にはある宿命がある。それを果たすために、この人形の体を治したいんだ」
「宿命?」
「復讐だ」
次第にメイの口調は熱を帯びていく。『復讐』というあまりにも単刀直入な答えに、さすがのリュウカも手を止めた。グリーだけは、せわしなく本棚を飛び回っている。
ようやくメイは、呪いによって人形の体に堕とされ、全ての呪いを解く本を探すに至った経緯を語り始めた。