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水戸霊界図書館へようこそ  作者: リー・ヒロ
「呪いを解く本」を探して
7/10

館内でのテレポートには注意が必要です

 カバーがある方を下にしてカモメ状に飛んでいる緑色の本、グリーを見ながら、リュウカとメイはしばらく黙ってしまう。

 本が生きて動いているだけでも驚きだが、身軽にひるがえったり、二人に急接近してはターンをして煽ってきたりするものだから、メイはただその動きを目で追うことしかできなくなった。一方リュウカはため息をつく。顔も目もついていないものの、グリーが何やらご立腹であることを、その暴れぶりから察していたからだ。

「おいリュウカ。改めて聞くが......コイツは何だ?本当にこれでも本なのか?」

「これでも本です。作られたときに何か呪いをかけられたようで、生きていますし動きもしますが。中身は『ベルモットも持つ人(I hold the vermut)』という小説。ですが緑色なので皆はグリーと呼んでいます。とてつもない暴れ本です」

「暴れ本なんて言葉はないだろ。うわ、うわ。何をやってるんだ、コイツ。飛びながら線を描いてやがるのか?」

「賢いところもあるんですよ。本ですから。今は飛ぶ軌道で......ああ、アルファベットを書いてるみたいです」

「I、D、I……IDIOT(ばかまぬけ)?おい本のくせに随分と口が悪いな」

「多分拗ねてますね。今日外に連れていってあげなかったので」

「コイツは子犬か?ぐえっ」

 観察しながら油断してしまっていたメイは、突然空中でホップしたグリーに突進され、気の抜けた声を漏らしてしまった。思いがけずむきになると、再び手袋を外して臨戦態勢を取る。

 それを見たリュウカは慌てて止めに入った。

「ま、待ってください。あまり乱暴なことは」

「コイツの存在がもう十分乱暴だろうが!それに、この野郎......」

 メイは自分の胸元に手を当てて、つい先ほどまで首から下げていたはずの”それ”が無くなったことを確かめる。

「......盗りやがった。紙の分際でふざけた真似をしやがる!」

 「え?」と聞き返してきたリュウカに答えもせず、メイはグリーを捕まえようと走り出した。グリーは、十字架が付いたペンダントをぶら下げながら、ぐるんと旋回する。

 一目散に逃げたのを見ると、メイは舌打ちをして追いかけていった。リュウカもその背を、走り慣れていない不器用な猛ダッシュでついていく。

「人のペンダントをひったくるなんて、こんなはた迷惑な本は初めてだ。捕まえて、叩き潰して、燃やしてやる!」

「許してあげてください。光る物を見ると欲しがるんです」

「アイツは猫か!?」

 メイはますます憤りながらも、彼のペンダントを揺らして遠ざかっていくグリーを追った。

 ツバメを思わせる素早さで羽ばたくグリーは、柱に飾られていた天使の絵に突っ込んだ。霊界図書館にて、他の館へとつながるドアとして使われている絵である。グリーはそのまま絵の中に吸い込まれて消えてしまった。

 その絵がどこにつながっているのかは定かではないが、とりあえずメイは、その後を追うしかなかった。そのままリュウカとともに絵にタッチして、光に包まれテレポートする。

 光が晴れれば、二人は新たなフロアに一歩を踏み出した。

 まず目に飛び込んできたのは、まばゆい存在感を放つ太陽のオブジェだ。その周りで円を描くように、水星、金星、地球......といった順で、星々がゆっくりと動いている。どの星も一部がケーキのように切り取られており、断面にはびっしりと本が詰まっていた。

 全ての惑星や宇宙ステーションまでもが本を抱えている。言わば全てが本棚である。

「ここは宇宙館ですね。置かれているのも全て宇宙に関する本です」

「そのようだな。で、あのふざけた本はどこ行きやがった」

 フロア中を見回したメイは、土星と木星の間を、一冊の影が横切っていくのを見た。彼のペンダントが揺さぶられているのも見える。

 同じ方を見たリュウカも、グリーをたしなめるようにその名を呼ぶ。

「グリーいい加減にしなさい!いたずらがすぎますよ!」

 リュウカの声に反応を見せたものの、縦横無尽に飛び回る緑の本は、知ったこっちゃないと言わんばかりの様子だ。木星型の本棚が散らせていたミストを抜けると、近くを動いていたロケットに引っ付いていた天使の絵にダイブし、別の館にテレポートしてしまう。

 メイは「待ちやがれ!」と怒髪天を衝いた状態で叫び、グリーを追って額の中に飛び込んだ。

 次にメイとリュウカを待っていたのは、まぶしいほどの白銀の世界。

 フロア一面に雪が積もり、天井にはオーロラが映し出され、本棚は真っ赤なレンガでできている。何より、寒い!読書用のスペースなのか、ストーブが置かれた丸いかまくらまで作られている。

 ウィンター館に入った途端図書館の中であることを忘れるほどの寒さに包まれ、メイは身震いした。人形の体でも寒さはしっかりと感じるのが、彼の体の不便なところだった。

 「あ、あっちに飛んでいきました。グリーはすっかり追いかけっこを楽しんでいるみたいですよ」

 そう言いつつ雪男についての本を手に取っているリュウカが指さす先には、かまくらの中で本を読んでいる来観者たちを「うわ」「何だこいつ」と驚かせるグリーがいた。メイはますます立腹し寒さを吹き飛ばす。

 「ふざけるな!俺は追いかけっこをするためにここまで来たわけじゃない!」

 雪にくっきりとブーツの跡を残しながらメイは走る。リュウカが思い出したように「走るのは厳禁ですよ」と言ってきたが、今となっては知ったことではなかった。

 またグリーが絵の中に飛び込み、メイ、リュウカといった順で続く。

 ピラミッドを模した本棚と乾いた暑さの『砂漠館』、青々としたヤシやツタが茂った『ジャングル館』、カチャカチャという食器の音とコンソメスープの匂いが広がる......おっとここは食堂だ。ともかく、フロアからフロアをまたにかけ、メイは緑の本を追いかけ続ける。

 そんな彼らに続くリュウカは気になる本を見つけるたびに手に取るものだから、本のバーゲンセールから帰ってきたかのような大荷物になっていた。

「すばしっこい野郎だ。本のくせに!おいお前の念力みたいな力で、この辺りの本を全部ぶつけられないか」

 再び本館に戻って来たメイはグリーを追いながら、並び立つ本棚を指さしてリュウカに問う。しかしリュウカは言語道断と言いたげに首をブンブンと横に振った。

「そんなことしませんよ。本たちが可哀そうです」

 メイはため息をつきつつ、人魚の姿をした天使が描かれた絵に、グリーを追って飛び込んだ。

 そして次の館にテレポートした途端、突然視界が青と泡に包まれ、体が浮き上がるような感覚に襲われた。

 水?......いや、海だ!

 そう思ったメイは一度閉じてしまった目を開ける。目の前には、透き通った水の世界と、その底で静かに本たちを眠らせる本棚が広がっていた。半魚人のようなゴーストが泳いで本を探しているのも見える。

「水中館です。ご心配なさらず。本には濡れない加工がされていますから」

 リュウカはそう言いながら水中を泳ぎ、一台の本棚に手を伸ばす。すると一冊の本がひとりでに彼の手に引き寄せられた。『危険なゴースト、モンスターにあったら?水中編』と書かれている。

 水の中というだけあり、フロアの中はこれ以上ない静寂に満ちている。ただしその分、元気に泳ぐグリーの音だけは、はっきりと響いてきた。

「いましたね。今度こそ捕まえて......あれ、どうしました?」

 リュウカは、となりのメイが自分の喉を指さしながら、何かを必死に訴えていることに気が付いた。

「......ああ、もしかして息が?」

 もしかしても何もあるか!と言いたそうに、メイはリュウカの方をつかんだ。ちょうどグリーもまた別の絵に飛び込んでいったので、二人は早々に水中館を後にした。

「何なんだこの図書館は!イカれてる!」

 やっと空気に触れたメイは呼吸を整えながら膝に手をつく。幸いなことに次のフロアには水はなかった。びしょ濡れになったコートを脱ぎ、ぺしゃんこになった毛糸の髪を振って乾かす。

「ごめんなさい、呼吸が関係ない来観者の方が多いもので......大丈夫ですか?」

「ああこれ以上ないくらいだ。あのクソッタレ本はどこに行きやがった!」

 そう言いながらリュウカを見る。しかしグリーの姿は、リュウカが抱えている本の数々の一番上にあった。さすがに疲れてしまったのか、本たちに重なって大人しくなっていた。

 リュウカは取り返したペンダントをメイに見せる。

「やっと疲れたみたいです。それに、本当にごめんなさい。欠けてしまったかも......」

 水浸しになったペンダントの十字架は一部が欠けていた。しかしメイが「元からそうだ」と返せば、リュウカは安堵し胸をなでおろす。

「本当ですか。良かった。どうか許してあげてください。普段は悪い子じゃないんです」

「いいや悪い本だ」

 メイはそう返してペンダントを手に取る。傷や欠けが増えることもなかったようで、望地度首からかけた。

「ごめんなさい。大切なものでしたよね?」

 たまにバタバタと揺れるグリーを落ち着かせながらリュウカが聞いてくる。ひとまずはペンダントを取り返せたこともあり、メイの怒りも収まってきた。

「......親父がくれたものだ」

「そうでしたか。グリーにはきつくお灸をそえておきますので」

 メイはまだ不機嫌ではあったものの、本にどうやってお灸をそえるんだ、と思うとバカバカしくなり、怒る気もなくなってしまった。そして「いや、もういい」とだけ言うと、コートを肩にかけて顔を上げた。

 2人が導かれるようにしてやって来たのは、やや古びて見える木の本棚が立ち並ぶフロアだった。四方が本であることに変わりはないが、何故かあちこちお札や、祈りをささげる手を模した像の姿がある。さらに、他のフロアよりも、どこかじめっとした空気に満ちている。

 ひと際大きい本棚に目をやると、ようやく覚えられた番号が書かれていた。

「まさかここが、呪いに関する本がある場所なのか?」

 そう言われてリュウカも、偶然にも目的としていた本棚にたどり着いたことに気が付く。

「これはラッキーですね。まさしくこれが、S-109281の本棚。呪いとたたりに関する本たちです」

 2人と一冊の前に立つ本棚は、どこか近寄りがたい、おどろおどろしい霊気を放っていた。

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