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水戸霊界図書館へようこそ  作者: リー・ヒロ
「呪いを解く本」を探して
4/10

水戸という街

 霊界図書館を目指すメイとリュウカは、駅へと伸びる通りを歩いていた。

 そろそろ夕日が西へと沈んでいく頃で、百貨店の窓もオレンジ色に輝いている。アスファルトを駆ける車やバスも増えてきた。

「信じられないな。こんな穏やかな街に、霊界図書館なんて場所があるとは」

 少し前を歩くリュウカの背を追いながら、メイ思わずそんなことをこぼす。

「人間からすれば何の変哲もありません。けどこの街は、普通とはちょっと違うんです」

「……言われてみれば、少し空気が冷たいな」

「11月ですから」

「そう言う話じゃない」

 メイは周りに目を光らせていた。水戸に入ってからずっと、街全体を包むような霊の気配を、体に覚えさせていたからだ。

 カフェやクレープの店も並ぶ通りは道行く人々で騒がしくなっている。一方で街の賑わいと同時に、建物と建物の隙間や、どこか遠くの方角から、人ならざるものの匂いを感じる。メイは昔から、そのような空気に敏感だった。

「おやリュウカじゃないか。こんなところで会うなんて珍しいね」

 遠くばかりをき気にしていたところ、目の前のリュウカが、少し腰の曲がった老人に話しかけられていた。

「こんにちは。今日は夕焼けが綺麗ですね」

 老人とは既知の仲らしく、リュウカは小さくお辞儀をして挨拶する。隣に並んだメイは、リュウカと話しているのが、先程帽子を探していた老人であることに気がついた。

「おやおや先程はどうも。無事に見つかったよ、この帽子ね」

 メイに気づいた老人は、そう言ってくるりとハットを回す。メイは「それは良かった」とだけ返して、リュウカに先を急ぐよう目で合図した。

 しかしリュウカは本を一冊取り出しては話を膨らませてしまう。

「教えていただいたマーダー・ラビットの物語、とても面白かったです。50年前に書かれた本とは思えません。特に……」

ーーーーー

マーダー・ラビット……1970年、ピーターソン・ザイシナー著。一匹のうさぎが悪魔を追い払う話が主だが、およそ200巻も続いた。

ーーーーー

 老人は満足そうに笑って肩を揺らす。しかし2人の談笑を眺めるだけのメイからすれば、そんなことよりさっさと図書館に案内してくれと言いたいところだ。

「なあ、楽しいお話の最中で悪いが、先を急いでくれないか」

 メイは老人とリュウカの間に割って入ろうとした。

 その直後、突然後ろから走ってきた少年が老人にぶつかった。しかし奇妙なことに、少年は老人の体をするんっとすり抜けてしまい、ぶつかったことに気づいてすらいないようだった。

 メイは思わず「なっ」と声を漏らし、動けなくなる。

 老人の体を通り抜けた少年は、まるで何事もなかったかのように通りを走っていく。後に続く他の子も同じだ。さらには老人の方も、「こらこら走ったら危ないよ」と言いながらほっほっほと笑っている。

「アンタ、人間じゃねえのか?」

 そう言ってメイは一歩下がる。手をポケットから出して、無意識に臨戦態勢を取ってしまいさえした。

 老人と、そのすぐそばにいるリュウカは、今更そんなことを聞かれても......とでも言いたげに、警戒した様子のメイをきょとんと見つめる。

 つい身構えてしまったメイだったが、足元にコツン、と何か軽いものが当たると、素早く視線を下げた。見ると、夕焼けを浴びて鮮やかに光る犬の銅像が、あろうことか舌を出しながら丸い目を彼に向けていた。

 明らかに普通の犬の姿ではない。メイは警戒を通り越して固まってしまう。

 何だ、この犬……いやコイツだけじゃない。何か、何か変だ。妙な気配が、辺りを動いてるような……

 耳を澄ませてみれば、ざわざわ、ぞわぞわと、何かが群れをなして歩いてくるような音が、街を包むように広がっていくのを感じる。

 夕焼けのオレンジに夜のパープルが混ざり始めた空の下、顔を上げたメイは、怪異たちが続々と姿を現し始めるのを見た。

「これがこの街の正体ってわけか?」

「正体だなんて、そんな大掛かりなものじゃありませんよ」

 リュウカの落ち着き払った話し方とは対照的に、水戸の景色には、騒がしいほどの怪異が集った。

 ビルの影から、真っ黒で首の長い竜が通りを見下ろす。歩道橋の登り階段を、ぼんやりと明るいひとだまが飛んでいく。道を歩く子どもたちの後ろには、草鞋を履きおかっぱ頭をした着物の子が、楽しそうに小走りでついていっていた。

「どうなっていやがる。ここまで怪異が街に溶け込むなんて」

 メイは腕の中に仕込んだ武器を出そうとしていた。しかし不思議なことに、街を行き交う人ならざる者たちの誰からも、敵意や凶暴さを感じることはなかった。

 まだ不穏には思いつつも、目を見開いたまま手を下ろす。

「ご心配なく。人を襲ったりしませんよ」

「お前はさっき鳥にひっかかれてただろうが」

「あれは私も初めてでしたよ......」

 リュウカはそう言いながら首をかしげている。あのときリュウカを襲った三首カラスは確かに敵意を持っている様子だった。

「でも街が騒がしいのは、皆起きたばかりで、元気が有り余っているだけです。人の世からすれば夜更けの時間ですが、ゴーストにとっては夜明けですから」

 鳥の群れと並んで飛ぶ羽の生えた馬を見ながらリュウカがつぶやく。リュウカが言うところの「普通とはちょっと違う」というのがどういう意味か理解すると、メイも同じように空を仰ぎ見た。

「随分賑やかになりやがった」

「そうでしょう。水戸という街は、人の世と霊界の境界近くに位置しているんです。それ故、人にとってはご縁を呼ぶ土地に、ゴーストにとっては憩いの場になる」

「それでずっと霊気を感じるわけか。それにしても、よくもそう普通にしていられるな」

 中々足元から離れようとしない犬の像を尻目に、納得したメイは肩の力を抜く。

 この世には二つの世界がある。生き物が暮らす世界と、それ以外が暮らす霊界だ。それ以上でもなく、それ以下になることもない。

 こちら側の世界にも幽霊や妖怪と呼ばれる類のものは多くいるが、それらは皆霊界に行き そびれた者や、何らかの理由でこちら側にとどまっている者、あるいは、霊界からこっちの世界に立ち寄っている者たちである。霊界に近い位置であれば、当然そんなゴーストや怪異も増えるというわけだ。

「諸説はありますが、間を意味する”mid”が、水戸という名前の由来の一つという話もあります。それくらい水戸は霊界と近い。霊界図書館は、そんな2つの世界を繋ぐ場所に建てられたんです」

 リュウカの言葉に、メイは「図書館」のためにここまでやって来たことを思い出して我に返る。過去に見たことのない独特な喧騒にしばし圧倒されてしまったが、本来彼には街を観察するつもりも、ぼーっと怪異たちを眺めている時間もなかった。

 2人の会話を聞いていた老人は、

「私はおいとましようかね。じゃあまた後で」

と言って微笑むと、リュウカたちに背を向け歩いて去っていく。彼もゴーストというだけで危険ではないらしい。

 もっとも老人の歩く姿は、一歩、一歩と足を踏み出す度に、あたかも見えない階段を昇っていくかのように体が浮き上がっていく、お世辞にも普通とは言い難い歩行ではあったが。

 老人がビルより高い位置に達したのを見届けると、リュウカは「行きましょうか」と言って先へと進む。もはやメイは何も言えず、黙ってその背中を追うほかなかった。

 駅に近づくほど車通りは増え、人もどっと多くなる。代わりにゴーストの姿は少なくなってきたようだったが、時折バスから、背の高い骨の怪人が降りてきたりもした。人の目には触れられないとはいえ、スーツ姿のサラリーマンや学生にまじって怪異なものが歩く景色は、目の肥えたメイから見てもいささか奇天烈に見える。

「そんなに気になりますか?貴方こそ、その……個性的なようですが」

 言葉を選びながらそう言って、リュカは首をかしげる。コートとフードで覆い隠している上、ビルほど大きい竜に比べると見劣りしてしまうものの、メイの体もまた一般的な生物のそれではない。

 地面に靴が触れるたびにカタン、カタン、という軽い音が鳴り、仕方なく抱き上げている犬の像に舐められる頬には、流れるような木目が浮かんでいるのだから。ついには犬の像がガラスの目玉を面白そうに覗いてきたものだから、メイはたまらず近くのベンチに座らせて置いていった。

 リュウカもチラッと窓に写るメイの姿を見ては、興味を持ったように腕を組む。

「人形の体……ですか?アニマトロニクスではありませんよね。私からすれば、貴方の方こそ不思議です」

「生まれ持った体じゃない。ふざけた呪いでこんな体にされただけだ」

「それで白書を探しているんですか。ですが一体どんな......」

「いちいち説明してやるつもりはない」

 メイはリュウカの言葉をさえぎってしまうと、会話を避けるようにフードを深くかぶり直す。リュウカも「失礼しました」と言ってそれ以上は聞かず、通りを下って行った。

 しばらく歩いた末に、二人は大樹の前で足を止める。台の上で悠々と背伸びをする、大きなイチョウの木である。

 その木を指して「こちらです」などとリュウカに言われたものだから、メイは「あ?」と言って顔をしかめた。

「まあその、立派な木だな。見せてくれてありがとう。で、図書館はどこにある」

「ですから、こちらですよ」

 リュウカはふざけている様子もなくイチョウの木を指す。メイは腕を組んで大木を見上げた。見事に育った木であるが、どう見ても図書館には見えない。

 不機嫌そうな目を向けるメイを気にもせず、リュウカはカバンから一枚のカードを取り出す。

「少し待ってください」

 そしてカードをかざしてみせると、突然イチョウの木が動き出し始めて、ズズズズと音を立てた。枝と枝が絡まり、土からは細かな木が生えてきて、大木に巻きついていく。

 メイは組んでいた腕を解く。地鳴りさえ感じたが、彼のすぐ後ろでは、サラリーマンや学生が何も気づいていない様子で歩いている。近くで休んでいた鳥も騒ぐことはない。

 ただ、通りでじっとしていたフクロウの霊だけが、異変に気づいて首をひねっていた。どうやら普通の生き物には、イチョウの木の変わりゆく様は見えていないらしい。

 しばらく待てば、大木の中央に、これまた大きな顔が浮かび上がってきた。細い枝は、メガネの形になって目に上にかかっている。

「今更驚くのも癪だが、これは一体何だ?」

「何だ、なんて言い方をしたら怒られますよ。鬼武羅さんは地獄耳なんです」

 大木の動きが泊まれば、浮かび上がった顔はパチンとまぶたを開いた。鼻が高く、魔女を思わせる老婆の顔である。

 老婆は目をキョロキョロさせていたが、目の前のリュウカに気づくと、唇の端をゆっくり持ち上げた。

「おやおやリュウカ。お帰りかい?思ったよりも早く帰ってきたね」

 思っていたよりも老婆の声は甲高く、まさに猫なで声といった聞き心地だった。リュウカは頭を下げては、再びカードを見せる。

「少し帰る事情ができたんです。ドアを開けていただけますか」

 そう聞かれると、木がぐんぐんと縦にスイングを始めた。何事かとメイは思ったが、どうやら頷いているらしい。

「もちろんさね。見ない顔だけど、隣にいるのはお連れ様かい?じゃあロビーにおいで。案内してあげなよ」

 老婆はほどけたようなスマイルのままにこやかに話す。どうもリュウカは顔を知られているようで、その後も老婆の顔と話をしていた。相変わらず読んだ本の話題である。

 メイは黙って話が終わるのを待っていた。しばらく話したリュウカは、カバンを持ち直してメイの方に顔を向ける。

「お待たせしました。それでは向かいましょうか」

 メイは頷きながら、リュウカが持っていたカードに人差し指を突きつける。

「頼む。ところで、そのカードは何だ。木を動かしたように見えたが」

 リュウカは特に躊躇いもせず、カードをメイに渡す。カードにはリュウカの写真と名前、そして0A-00001という番号が書かれている。

「会員証ですね。霊界図書館に入るドアは水戸のあちこちにありますが、これがないとどのドアも使えません」

 メイはしばらくカードの感触を調べたあとでリュウカに返した。少なくとも人の世には出回っていない素材でできているらしく、薄くて軽いが力を入れても折れなそうで、ぼんやりと光ってもいた。

「確かに、普通に行ける図書館じゃないみたいだな。この木が入り口になってるなんて、何も知らないままじゃ気づきもしないだろう」

 リュウカは頷きながらカードをカバンにしまった。そして、何かを思い出したように顔を上げる。

 リュウカたちの目の前では、大樹に浮かんだ顔が目を閉ざして、何かを待っているようだった。

「そういえば、酔い止めは持っていますか」

「酔い止め?バスにでも乗せられるのか」

「いえそうではなく……」

 リュウカが説明しようとしたのもつかの間、突撃伸びてきた枝に肩を掴まれたかと思うと、ぐわんっと開いた大樹の口に、2人は放り込まれてしまった。

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