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Prince of angel

作者: 畝澄ヒナ

アイドルっていつも夢を与えてくれる。どんなに辛いことがあってもその姿を見るだけで元気になれる。

「ごめーん、手が滑っちゃったあ」

 放課後、いきなり水をかけられても動じなくなった。髪から滴り落ちる水を見て自分の名前を呪った。

「木下さんにぴったり。だって名前、雫ちゃんだもんね」

 ギャルみたいな見た目のカースト上位の女子は私をいじめるのが楽しいみたいだ。男子たちはそれをいつも見て見ぬふりする。関わらないのが一番だと。

 一つにくくった黒髪もメガネも濡れたままで一目散に家に帰った。急いで二階の自分の部屋に駆け上がり、ジャージに着替えてテレビをつける。そこには私の推し、『のんたん』が映っていた。

「はあ、癒される。のんたんはいつだって可愛いなあ」

 私の日課は、学校から帰ってすぐにのんたんのライブビデオを観ること。これだけで一日の嫌なことは全て帳消しにできる。オタクだなんだといっていじめてくる人たちのことも、どうでもいいと思えるのだ。

「はーい! みんなの癒しの源、のんたんだよー!」

 ピンクのショートヘアーにピンクのフリフリワンピース、靴までピンクの私の推し。自己紹介だって何度聞いても飽きない。むしろどんどん愛おしくなるばかりだ。

「私の名前、大きな声で呼んでくれるかなー? せーの!」

「のーんたーん!」

 私もテレビの前で観客とともに名前を叫ぶ。

「ありがとー! でもお、のんたんって呼びすぎて、私のフルネーム忘れちゃってないかな? ちょっと確かめたいから、私のフルネームをまた大きな声で呼んでくれるかな? せーの!」

「さくらざかのぞみー!」

 のんたんのフルネームを知らないなんて本当のファンとは言えない。私はのんたんの全てを熟知しているから当然言える。

「だーいせいかーい! ほんとはもーっとお話ししたいけど、お歌も聴いて欲しいから早速歌っちゃいます! それでは聴いてください、ときめきキューピット!」

 のんたんは十八番である『ときめきキューピット』を一番最初に歌う。このライブビデオを観るのは実に三十回目。この後三曲続けて歌い、観客とのトークタイムを挟み、また三曲歌った後にアンコールでも『ときめきキューピット』を歌うのだ。

 のんたんはいつだって笑顔を絶やさない。こんな天使が他にいるだろうか。

 翌日の夜九時、私は塾帰りの路地裏でのんたんの歌を聴きながら歩いていた。すると私より遥かに大きい男性二人が目の前に現れた。

「お嬢ちゃん、こんなところで何してんの。暇だったら俺らと遊ばね?」

 どくろ柄の服にチェーンのようなネックレス、腕には蛇の刺青が入っている。絶対について行ってはいけない人だ。

「え、あ、いや、用事があるので」

「そんなこと言わないでさ、ほら」

 男性たちは私の腕を掴んで無理やり連れて行こうとした。抵抗しようにも力が強すぎる。大人の男性、しかも二人相手に逃れられるはずがない。

「や、やめてください!」

 涙目で訴えても聞いてくれない、もう無理だと思ったその時。

「何やってんだゴリラども」

 後ろから声をかけたのは、フードを目深にかぶった男性のような、女性?

「あ、兄貴、これはその、あのですね」

 どうやら知り合いのようだ。男性たちはフードの人を見るや否や私の腕から手を離し、両手を上げて何事もないように振る舞った。だけどもう遅い。

「俺の女に何してんだって聞いてんだ、言ってみろよ」

「すみません、もうしません!」

 男性たちは路地裏を猫のように駆けていった。フードの人は私に近づいてきて、フードの下から少しだけ覗いている瞳をこちらに向けた。

「気をつけろよ」

 声はわざと低く作っているような感じで、背は私と同じくらいで少し小柄だ。そしてこの瞳と雰囲気、私はこの人を知っている。

「のんたん?」

 思わず口にしてしまった私の言葉に、フードの人は去ろうとしていた足をぴたっと止めた。

「ついてこい」

「え?」

「いいからついてこい」

「あ、はい」

 私たちは会話もないまま歩き続けた。ひらけた道に出ると、そこには黒いバンが止まっていた。フードの人が後部座席に乗り込むと、手招きをして「乗れ」と私に合図を送ってきた。

 そこから約二十分ほどで怪しげな豪邸にたどり着いた。車を降りてそのままついていくと広いリビングに案内され、フードの人はふかふかのソファーに腰掛け私に質問をする。

「どうしてわかった」

 茶髪に茶色い瞳、のんたんとは全く違う姿なのに何故かのんたんだと思ってしまう。

「ど、どうしてって、瞳とか雰囲気とか、ってあなた本当にのんたんなんですか?」

 フードの人は深いため息をしてから部屋を出ていった。ほったらかしにされること約二十分、ドアを開けて部屋に入ってきたのは、間違いなくいつも見ているのんたんだった。

「のんたん!」

「これで信じてくれたかな? みんなの癒しの源、のんたんだよー」

 のんたんはゆっくり私に歩み寄り、両手をぎゅっと握ると改めて質問してきた。

「それで、なんでわかったのかな。私に教えて欲しいなー」

 瞳にハートマークが浮かぶピンクのカラコン、いつも見ている笑顔だけど目が笑っていない。

「私、のんたんの大ファンで、毎日ライブビデオ見てるし、ライブ会場にも必ず行くし、とにかく大好きなので、わかっちゃったというか」

 のんたんは私の手を優しく包み込むように握り、ライブと同じような完璧な笑顔で私を見つめている。

「そっかあ、今まで気づく人いなかったからびっくりしちゃった。でもお、恥ずかしいから内緒にしてくれるかな?」

「もちろんです!」

「よかったあ。そうそう、お名前教えてくれる?」

「木下雫です」

「雫ちゃんかあ、学校はどこなの?」

 なんだかスムーズに会話が進んでいる。上手くいきすぎている気がするけど、目の前にのんたんがいるのだからそんなことはどうでもよかった。

 一通り話し終えると、のんたんが時計を見て言った。

「あ、もうこんな時間! 今日は楽しかったね、お家まで送るよ」

 私はお言葉に甘えて家まで送ってもらった。翌日から私の人生が大きく変わり始める。


 先生が転校生を紹介すると言って、教室に入ってきたのは制服姿ののんたんだった。教室の外にはカメラが一台待機している。

「はーい! 転校生の桜坂希です! 一ヶ月間お仕事で体験入学させてもらいました! ちょっとカメラがお邪魔かもしれないけど、みんなと仲良くなれたら嬉しいな」

 教室中がざわざわしている。私は興奮で心臓が止まりそうだ。偶然、いや必然? こんなことがあり得るだろうか。

 放課後までのんたんは色んな人からの質問攻めで身動きが取れなくなっていた。だけど私が帰ろうとする姿を見て真っ先に駆けつけてきた。

「雫ちゃん、一緒に帰ろ!」

 私は周りを見た。いつもいじめてくる女子たちが私を見つめて何か言っている。

「何あれ、仲良しアピールかよ。木下さんも嫌なことするねえ」

 ああ、嫌な声が聞こえる。のんたんにも聞こえてしまっただろうか。

「雫ちゃんどうしたの? 早く行こ」

 のんたんは私の腕を引っ張って教室を後にした。私たちは外に出るまで一言も喋らなかった。

「あの、のんたん……」

「希でいいよ。雫ちゃん、いじめられてるんだね」

 その言葉は私の胸に一直線に突き刺さった。もう仲良くしてくれないに決まっている。

「でも、私がいるから大丈夫だよ。気にしない気にしない!」

 のんたん、いや希ちゃんはまさしくアイドル、というように私を励ましてくれた。希ちゃんは次の仕事があると言ってすぐに行ってしまった。今日は塾の日、また会えるかな。


 塾の帰り、路地裏は避けてなるべく明るい道を通って帰っていた。ふと後ろに気配を感じ、期待を膨らませて振り返った。でもそこにいたのは希ちゃんではなかった。

「オタクに友達はいらないでしょ?」

 なんでここにいじめっ子がいるのかわからない。笑顔を浮かべ意味のわからない理屈で私を突き飛ばしてきた。後ろは下りの階段、もうどうにでもなれ、と死を悟った時、落ちかけた私の体を支えたのは、フードを目深にかぶった希ちゃんだった。

「雫、大丈夫か?」

 耳元で囁く言葉に私は安心した。相手は希ちゃんだと気づいていないようだ。

「ちょっと待ってろ」

 希ちゃんは私を優しく階段に座らせた後、逃げようとしていたいじめっ子を捕まえ、うつ伏せの状態で手を後ろで拘束し、いじめっ子を地面に押さえつけた。

「ちょ、ちょっとあんたなんなのよ」

「それはこっちのセリフだ、お前こそ雫に何してる。生意気な口聞けないようにしてやるから、その前にさっさと吐けよ」

「関係ないでしょ、あんた誰よ」

「桜坂希って言ったらわかるだろ」

 希ちゃんは内緒にしてきた姿をついに晒してしまった。

「希ちゃん、もういいから!」

 私の言葉に反応して希ちゃんは押さえつけるのをやめた。

「アイドルが暴力振るったって暴露してやるから」

 そう言っていじめっ子は逃げていった。

「ごめん、希ちゃんの秘密が……」

「別にいい、暴露して消えるのはあいつだ」

 希ちゃんは私を家まで送ると、とぼとぼと一人帰っていった。


 あの騒動以来いじめはなくなった、というかいじめっ子が急に転校したのだ。おかげで学校では平和に過ごせている。

「もしかして、希ちゃんなんかした?」

「んー、正確には私じゃなくて親かなあ。色々あって絶縁したけど厄介ごとは嫌いだから」

 希ちゃんの家庭には少し暴力団が絡んでいるらしい。だけどアイドルになってからは絶縁し、親が放棄した別荘に住んで、元付き人が今のマネージャーとして色々してくれているという。

 私には気になることが一つだけあった。

「アイドルの時と夜の時、どっちが本当の希ちゃん?」

 希ちゃんは私の質問に一瞬固まったけど、柔らかい笑顔で答えた。

「どっちも私だよ。だって、一つの姿で居続けるのは誰にとっても苦しいでしょ? たまには息抜き大事だもん」

 ピンク色の可愛いを纏った私の推しは、私を癒してくれる天使から私を救ってくれた王子様となり、今では最高の友達としてそばにいる。

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